シベクトロ(テジゾリドリン酸エステル)とザイボックス(リネゾリド)は、ともにオキサゾリジノン系合成抗菌薬に分類される薬剤で、多くの共通した特徴を持っています。
参考)https://kusuripro.com/sivextro-zyvox/
作用機序の同一性
両薬剤は全く同じメカニズムで細菌に作用します。細菌リボソームの50Sサブユニットに特異的に結合し、50Sサブユニットと30Sサブユニットの結合を阻害することで翻訳開始を妨げ、細菌のタンパク質合成を停止させます。どちらも静菌的に作用する点も共通しています。
参考)https://passmed.co.jp/di/archives/6083
抗菌スペクトルの類似性
シベクトロとザイボックスの抗菌スペクトルはほぼ同等で、以下のグラム陽性菌に広く抗菌活性を示します:
組織移行性の優位性
両薬剤とも優れた組織移行性を示し、分布容積はシベクトロが0.85L/kg、ザイボックスが0.66L/kgと、バンコマイシン(0.39L/kg)やアルベカシン(0.20L/kg)を大きく上回ります。これにより血中にとどまらず、感染部位の組織内まで効果的に薬剤が到達します。
シベクトロは2018年に国内承認された比較的新しい抗MRSA薬で、ザイボックスと比較していくつかの特徴的な違いがあります。
限定的な適応症
シベクトロの適応は皮膚・軟部組織感染症に特化されており、以下の感染症のみが保険適応となります:
注目すべき点として、シベクトロは適応菌種がMRSAのみに限定されており、ザイボックスのようにVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)への適応は持っていません。
1日1回投与の利便性
シベクトロの最大の特徴は、1日1回200mgの投与で済むことです。これに対してザイボックスは1日2回600mgの投与が必要で、患者のアドヒアランス向上や看護師の業務負担軽減に寄与します。
錠剤と注射剤の両製剤が用意されており、バイオアベイラビリティが82.6%と高いため、注射薬から内服薬への経口スイッチ療法も可能です。
希釈液の工夫
注射用製剤では、シベクトロは注射用水4mLで溶解後に生理食塩水250mLに希釈して使用します。これは、ザイボックスが5%ブドウ糖液300mLに希釈済みの製剤として提供されるのと対照的です。
ザイボックスは2001年に国内承認された歴史のある抗MRSA薬で、より広範囲の感染症治療に使用されています。
幅広い適応症
ザイボックスは以下の感染症に適応を持ち、重篤な全身感染症にも使用可能です:
特に、肺炎や敗血症といった重篤な感染症への適応は、シベクトロにはない重要な特徴です。
VREへの適応
ザイボックスは適応菌種としてMRSAに加えてバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)への適応も有しており、多剤耐性菌感染症の治療選択肢として重要な位置を占めています。
輸液負荷の考慮事項
注射用製剤は5%ブドウ糖液300mL中に600mgが溶解された製剤として提供されるため、1日あたり600mLの水分負荷が生じます。高齢者や心不全患者では、この水分負荷が心機能に与える影響を慎重に評価する必要があります。
両薬剤の抗菌活性には定量的な違いがあることが各種研究で明らかになっています。
MICの比較データ
国内で分離されたMRSA株に対するMIC90(90%の菌株の発育を阻止するMIC)の比較では、シベクトロが0.5μg/mL、ザイボックスが2.0μg/mLと、シベクトロの方が4倍低い値を示しています。これは、シベクトロがより低濃度で細菌の増殖を抑制できることを意味します。
この抗菌活性の差は、シベクトロがリボソームのPTC(ペプチジル転移センター)への結合が増強するような化学構造を持つことに起因します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/155/5/155_20013/_pdf
臨床効果の同等性
興味深いことに、in vitroでの抗菌活性に差があるにもかかわらず、国内の臨床試験では両薬剤の治療効果は同程度であることが報告されています。微生物学的評価可能解析対象集団における治癒率は以下の通りです:
| 感染症分類 | シベクトロ(1日1回) | ザイボックス(1日2回) |
|---|---|---|
| 皮膚・軟部組織感染症 | 86.2% | 80.0% |
| 深在性皮膚感染症 | 80.0% | 100% |
| 慢性膿皮症 | 100% | 0% |
リネゾリド耐性菌への活性
テジゾリドは、一部のリネゾリド耐性グラム陽性球菌に対しても活性を示すことが報告されており、将来的な耐性菌対策の観点から注目されています。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/13-%E6%84%9F%E6%9F%93%E6%80%A7%E7%96%BE%E6%82%A3/%E7%B4%B0%E8%8F%8C%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E6%8A%97%E8%8F%8C%E8%96%AC/%E3%83%AA%E3%83%8D%E3%82%BE%E3%83%AA%E3%83%89%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E3%83%86%E3%82%B8%E3%82%BE%E3%83%AA%E3%83%89
両薬剤は同じ系統の抗菌薬ですが、安全性プロファイルには重要な違いがあります。
骨髄抑制リスクの差異
最も注目すべき違いは骨髄抑制の発現頻度です。国内臨床試験では、血小板減少の発現率はシベクトロが2.4%、ザイボックスが22.0%と、シベクトロで大幅に低い結果が得られています。
この差異は、両薬剤のミトコンドリア毒性の違いに起因すると考えられています。リネゾリドは長期投与により骨髄のミトコンドリア機能を阻害しやすいのに対し、テジゾリドはこの影響が軽減されています。
セロトニン症候群のリスク
オキサゾリジノン系抗菌薬はMAO阻害作用を有するため、セロトニン系薬剤との併用でセロトニン症候群のリスクがありますが、シベクトロではこのリスクがザイボックスより低いとされています。
参考)https://hokuto.app/antibacterialDrug/bTenyXteg3dvr8rZwvoI
長期投与時の安全性
皮膚・軟部組織感染症では比較的長期の治療が必要な場合があり、シベクトロの投与期間は通常7~14日間とされています。骨髄抑制リスクの低さから、長期使用が検討される場合の代替薬として選択肢となり得ます。
その他の副作用
両薬剤とも、悪心、嘔吐、下痢などの消化器症状が主な副作用として報告されていますが、発現頻度に大きな差はないとされています。
薬剤選択において、医療経済学的な観点も重要な考慮事項となります。
薬価の比較
2018年収載時の薬価は以下の通りです:
シベクトロ
ザイボックス
1日あたりの薬剤費で比較すると、シベクトロは1日1回投与のため単価は高いものの、ザイボックスは1日2回投与が必要なため、トータルコストでは大きな差はありません。
医療経済学的メリット
シベクトロの1日1回投与は、以下の間接的なコスト削減効果が期待されます。
後発品の存在
ザイボックスには既に後発品が存在するため、コスト面でのアドバンテージがありますが、シベクトロは新薬のため当面先発品のみの供給となります。