成長ホルモン分泌不全性低身長症(Growth Hormone Deficiency、GHD)は、下垂体前葉からの成長ホルモン(GH)分泌が低下または欠損することによって生じる成長障害です。本症は単に「低身長」という身体的特徴だけでなく、体組成や代謝にも広範な影響を及ぼす内分泌疾患です。
GHDの病態は下垂体からのGH分泌低下によるもので、その結果として成長率の低下、最終的には低身長をきたします。GHは直接的に、また肝臓などで産生されるIGF-1(インスリン様成長因子-1)を介して間接的に、骨・筋肉・脂肪組織などに作用し、成長と代謝を調節しています。
病因としては大きく2つに分けられます。
MRI検査では、器質性GHDの場合、下垂体茎離断、異所性後葉、下垂体低形成などの所見が認められることがあります。
近年の研究では、特に重症例や家族歴のある症例において、GH-IGF1系や下垂体の発生・分化に関わる遺伝子異常の同定が進んでいます。これらの遺伝子異常は、単独GH欠損症から複合型下垂体ホルモン欠損症まで様々な臨床像を呈することが明らかになってきました。
GHDの主要な臨床症状は成長速度の低下と、それに伴う低身長です。症状の発現時期や重症度は、GH分泌障害の程度やその原因によって異なりますが、典型的な経過と特徴を以下に示します。
成長パターンの特徴:
身体的特徴:
その他の特徴:
重症型GHDでは乳幼児期からの明らかな成長障害と代謝異常が見られますが、部分型では症状がより軽微で、学童期になってから成長率の低下が顕著になることが多いです。また、複合型下垂体ホルモン分泌不全を伴う場合は、甲状腺機能低下症、副腎機能不全、性腺機能低下症などの症状が合併します。
成人期のGHDでは、脂質代謝異常、骨密度低下、心血管リスクの増加などが問題となり、適切な治療がなければ健常者に比べて生命予後が短縮することが報告されています。
GHDの診断は、臨床症状、身体所見、成長記録の評価に加え、生化学的検査、画像診断を組み合わせて総合的に行います。日本の診断基準は「問脳下垂体障害に関する調査研究班」の「成長ホルモン分泌不全性低身長症の診断の手引き」に基づいています。
診断基準の主な要素:
その他の検査・評価項目:
鑑別診断すべき疾患:
GHDの診断は複数のGH分泌刺激試験による確認が必須であり、単一の検査だけで診断を確定することは避けるべきです。また、刺激試験の結果解釈には、性別、思春期の有無、肥満の有無などの因子も考慮する必要があります。
GHDの基本的治療は成長ホルモン(GH)補充療法です。遺伝子組換え技術で製造されたヒト成長ホルモン製剤を用いて、不足しているGHを補うことにより、成長促進と代謝改善を図ります。
治療プロトコル:
治療効果のモニタリング:
治療効果:
早期に診断し適切な治療を開始することで、多くの患者で良好な身長獲得が期待できます。治療開始後の最初の1年間(キャッチアップ成長期)は特に成長速度が良好で、その後も適切な用量調整により持続的な成長が得られます。最終的な成人身長は、治療開始年齢、治療前の身長SD、治療の継続性、GH用量などの因子に影響されます。
その他の治療:
治療上の注意点:
成人期GHD治療:
小児期GHDの患者は、成長終了後も代謝調節のためのGH補充療法が必要な場合があります。成人GHD患者では、適切なGH補充により体組成改善、骨密度増加、生活の質向上、心血管リスク低減などの効果が期待できます。このため、成人期への移行医療(トランジション)が重要視されています。
GHDの予後を左右する最も重要な因子の一つは早期発見と適切な時期での治療開始です。この観点から、小児科医や一般医療従事者が本疾患を疑うべきサインを理解し、適切なスクリーニングと専門医への紹介を行うことが極めて重要です。
早期発見のためのスクリーニングポイント:
フォローアップの視点:
多職種連携の重要性:
GHDの患者管理は、単に身長を改善するだけでなく、全人的な発達を支援する視点が必要です。小児内分泌専門医を中心に、一般小児科医、学校医、看護師、心理士、栄養士、ソーシャルワーカーなどの多職種連携が理想的です。
移行期医療の課題:
思春期・成人期への移行(トランジション)は大きな課題です。成長終了後もGHDの治療継続が必要な患者では、小児科から内科(内分泌内科)への円滑な移行が重要です。この過程では、以下の点に注意が必要です。
GHDは早期発見・早期介入により、身体的成長だけでなく、心理社会的発達や長期的な健康状態も大きく改善する可能性があります。医療従事者は成長モニタリングの重要性を認識し、疑わしい症例には適切な検査と専門医紹介を行うことが求められます。