成長ホルモン分泌不全性低身長症の症状と治療方法について

成長ホルモン分泌不全性低身長症の主な症状、診断基準、効果的な治療法について医療従事者向けに詳しく解説します。早期発見と適切な介入が患者の予後にどのような影響を与えるのでしょうか?

成長ホルモン分泌不全性低身長症の症状と治療方法

成長ホルモン分泌不全性低身長症の基本情報
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疫学データ

学童期(6~17歳)では男児1万人あたり2.14人、女児0.71人、男女比約3:1で男児に多い

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病因分類

特発性(原因不明)が約2/3、器質的原因(腫瘍、出産時合併症等)が約1/3

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主な治療法

遺伝子組換えGH製剤の週6~7回皮下注射(夜間就寝前)、早期治療で予後改善

成長ホルモン分泌不全性低身長症の定義と病態生理

成長ホルモン分泌不全性低身長症(Growth Hormone Deficiency、GHD)は、下垂体前葉からの成長ホルモン(GH)分泌が低下または欠損することによって生じる成長障害です。本症は単に「低身長」という身体的特徴だけでなく、体組成や代謝にも広範な影響を及ぼす内分泌疾患です。

 

GHDの病態は下垂体からのGH分泌低下によるもので、その結果として成長率の低下、最終的には低身長をきたします。GHは直接的に、また肝臓などで産生されるIGF-1(インスリン様成長因子-1)を介して間接的に、骨・筋肉・脂肪組織などに作用し、成長と代謝を調節しています。

 

病因としては大きく2つに分けられます。

  1. 特発性GHD(約2/3):原因が特定できないケース
  2. 器質性GHD(約1/3):以下のような明確な原因があるケース
    • 頭蓋咽頭腫などの脳腫瘍
    • 骨盤位分娩・仮死・黄疸遷延などの周産期異常
    • 頭部外傷や中枢神経系感染症
    • 下垂体の先天的形成異常
    • GH-IGF1系の遺伝子異常

MRI検査では、器質性GHDの場合、下垂体茎離断、異所性後葉、下垂体低形成などの所見が認められることがあります。

 

近年の研究では、特に重症例や家族歴のある症例において、GH-IGF1系や下垂体の発生・分化に関わる遺伝子異常の同定が進んでいます。これらの遺伝子異常は、単独GH欠損症から複合型下垂体ホルモン欠損症まで様々な臨床像を呈することが明らかになってきました。

 

成長ホルモン分泌不全性低身長症の特徴的な症状と臨床像

GHDの主要な臨床症状は成長速度の低下と、それに伴う低身長です。症状の発現時期や重症度は、GH分泌障害の程度やその原因によって異なりますが、典型的な経過と特徴を以下に示します。
成長パターンの特徴:

  • 出生時の体重・身長は通常正常範囲内
  • 3〜4歳という早期から成長障害が顕在化
  • 年齢とともに標準身長から離れていく成長曲線パターン
  • 成長曲線上で-2SD以下の身長、または標準からの逸脱が進行

身体的特徴:

  • 身長は低いが体格は均整がとれている(バランスのとれたプロポーション)
  • 皮下脂肪の増加(特に腹部)
  • 筋肉量の減少
  • 人形様顔貌(childish facies)
  • 声が高く子供っぽい(特に思春期年齢の男児)

その他の特徴:

  • 骨成熟の遅れ(骨年齢の遅延)
  • 思春期発来の遅れ
  • 重症例では低血糖症状を呈することがある
  • 歯牙の萌出遅延
  • 知能は通常正常範囲内

重症型GHDでは乳幼児期からの明らかな成長障害と代謝異常が見られますが、部分型では症状がより軽微で、学童期になってから成長率の低下が顕著になることが多いです。また、複合型下垂体ホルモン分泌不全を伴う場合は、甲状腺機能低下症、副腎機能不全、性腺機能低下症などの症状が合併します。

 

成人期のGHDでは、脂質代謝異常、骨密度低下、心血管リスクの増加などが問題となり、適切な治療がなければ健常者に比べて生命予後が短縮することが報告されています。

 

成長ホルモン分泌不全性低身長症の診断基準と鑑別診断

GHDの診断は、臨床症状、身体所見、成長記録の評価に加え、生化学的検査、画像診断を組み合わせて総合的に行います。日本の診断基準は「問脳下垂体障害に関する調査研究班」の「成長ホルモン分泌不全性低身長症の診断の手引き」に基づいています。

 

診断基準の主な要素:

  1. 成長障害の存在: 同性・同年齢の平均身長より2標準偏差(SD)以上下回る低身長
  2. GH分泌刺激試験: 以下の検査のうち2つ以上でGH頂値が低反応
    • インスリン負荷試験
    • アルギニン負荷試験
    • L-DOPA負荷試験
    • クロニジン負荷試験
    • グルカゴン負荷試験
    • GHRP-2負荷試験

その他の検査・評価項目:

  • 身長SDスコア: 成長障害の客観的評価(-2.0SD以下で低身長と判定)
  • 年間成長速度: 最近の成長速度低下も診断の重要因子
  • 骨年齢評価: 手首のX線撮影による骨成熟度評価
  • 血中IGF-1値: GH作用を反映する指標、GHDでは低値
  • MRI検査: 下垂体・視床下部の形態評価(器質的病変の検索)
  • 遺伝子検査: 著明な成長障害や家族歴のある症例では、GH-IGF1系や下垂体発生関連遺伝子の解析

鑑別診断すべき疾患:

  1. 体質性低身長(家族性低身長)
  2. 思春期遅発症
  3. SGA(small for gestational age)性低身長
  4. 骨系統疾患(軟骨無形成症など)
  5. Turner症候群などの染色体異常症
  6. 慢性疾患に伴う低身長(腎疾患、心疾患、炎症性腸疾患など)
  7. 甲状腺機能低下症
  8. 心理社会的低身長(愛情遮断症候群)

GHDの診断は複数のGH分泌刺激試験による確認が必須であり、単一の検査だけで診断を確定することは避けるべきです。また、刺激試験の結果解釈には、性別、思春期の有無、肥満の有無などの因子も考慮する必要があります。

 

成長ホルモン分泌不全性低身長症の治療法とその効果

GHDの基本的治療は成長ホルモン(GH)補充療法です。遺伝子組換え技術で製造されたヒト成長ホルモン製剤を用いて、不足しているGHを補うことにより、成長促進と代謝改善を図ります。

 

治療プロトコル:

  • 投与方法: 皮下注射(自己注射が認められている)
  • 投与頻度: 週6〜7回(毎日または週6回)
  • 投与タイミング: 夜間就寝前(生理的なGH分泌パターンに合わせて)
  • 標準投与量: 0.175mg/kg/週
  • 投与期間: 骨年齢10歳以下で開始し、骨端線閉鎖まで継続することが望ましい

治療効果のモニタリング:

  • 定期的な身長・体重測定
  • 成長速度の評価
  • 骨年齢の追跡
  • 血中IGF-1値のモニタリング
  • 副作用の評価

治療効果:
早期に診断し適切な治療を開始することで、多くの患者で良好な身長獲得が期待できます。治療開始後の最初の1年間(キャッチアップ成長期)は特に成長速度が良好で、その後も適切な用量調整により持続的な成長が得られます。最終的な成人身長は、治療開始年齢、治療前の身長SD、治療の継続性、GH用量などの因子に影響されます。

 

その他の治療:

  • 複合型下垂体ホルモン分泌不全症の場合は、甲状腺ホルモン副腎皮質ホルモン、性ホルモンなど、欠乏している他のホルモンの適切な補充も重要です
  • 腫瘍による器質性GHDの場合は、原疾患の治療(手術、放射線療法など)が必要

治療上の注意点:

  • 定期的な治療効果判定と副作用モニタリングが必須
  • 治療反応性に個人差があるため、個別化した用量調整が重要
  • 年齢に応じた説明と本人・家族の理解・協力が治療成功の鍵
  • 長期的な治療継続のためのアドヒアランス支援

成人期GHD治療:
小児期GHDの患者は、成長終了後も代謝調節のためのGH補充療法が必要な場合があります。成人GHD患者では、適切なGH補充により体組成改善、骨密度増加、生活の質向上、心血管リスク低減などの効果が期待できます。このため、成人期への移行医療(トランジション)が重要視されています。

 

成長ホルモン分泌不全性低身長症の早期発見とフォローアップの重要性

GHDの予後を左右する最も重要な因子の一つは早期発見と適切な時期での治療開始です。この観点から、小児科医や一般医療従事者が本疾患を疑うべきサインを理解し、適切なスクリーニングと専門医への紹介を行うことが極めて重要です。

 

早期発見のためのスクリーニングポイント:

  • 定期的な身長測定と成長曲線の活用: 単発の身長測定ではなく、継続的な成長記録を成長曲線にプロットすることが重要
  • 成長速度の評価: 年齢相応の成長速度からの逸脱が早期発見の鍵
  • 成長曲線パターンの読み取り: 標準から離れていく曲線、成長速度の急激な低下などに注目
  • リスク因子の評価: 頭部外傷歴、中枢神経系腫瘍の治療歴、周産期異常などを持つ患児は要注意

フォローアップの視点:

  • 治療効果の継続的評価: 定期的な身長・体重測定、成長速度の算出
  • 骨年齢の定期的評価: 骨成熟度と実年齢との関係把握
  • 思春期発来の観察: GHDでは思春期遅発を伴うことが多い
  • 心理社会的発達の評価: 低身長が心理的・社会的発達に与える影響の観察
  • 学校生活への適応: いじめや自尊心の問題への対応
  • 家族サポート: 治療継続のための家族教育と精神的支援

多職種連携の重要性:
GHDの患者管理は、単に身長を改善するだけでなく、全人的な発達を支援する視点が必要です。小児内分泌専門医を中心に、一般小児科医、学校医、看護師、心理士、栄養士、ソーシャルワーカーなどの多職種連携が理想的です。

 

移行期医療の課題:
思春期・成人期への移行(トランジション)は大きな課題です。成長終了後もGHDの治療継続が必要な患者では、小児科から内科(内分泌内科)への円滑な移行が重要です。この過程では、以下の点に注意が必要です。

  • 再評価のための薬剤休止期間の適切な設定
  • 成人GHD診断基準に基づく再評価
  • 患者教育と自己管理能力の育成
  • 長期的な合併症予防の視点

GHDは早期発見・早期介入により、身体的成長だけでなく、心理社会的発達や長期的な健康状態も大きく改善する可能性があります。医療従事者は成長モニタリングの重要性を認識し、疑わしい症例には適切な検査と専門医紹介を行うことが求められます。

 

日本内分泌学会の患者向け情報サイト - 成長ホルモン分泌不全性低身長症の基本情報