プロスタグランジンは、細胞膜のリン脂質から遊離したアラキドン酸を原料として体内で合成される生理活性脂質です 。五員環構造を含む20個の炭素鎖からなる化合物で、1930年にヒトの精液に含まれる子宮収縮物質として初めて発見されました 。
参考)プロスタグランジン - 脳科学辞典
この物質は「局所ホルモン」とも呼ばれ、産生された細胞の近傍で作用する特徴があります 。従来のホルモンとは異なり、血流を介して遠隔の標的組織に作用するのではなく、産生部位周辺で即座に働くため、迅速で精密な生体調節が可能です。
参考)プロスタグランジン
プロスタグランジンの構造は、中央に五員環(シクロペンタン環)を持ち、そこから2本の炭素鎖が伸びています 。この基本構造に側鎖の違いや二重結合の数により、多種多様なプロスタグランジンが存在し、それぞれ異なる生理作用を示します。
プロスタグランジンの合成は、アラキドン酸カスケードと呼ばれる代謝経路を通じて行われます 。まず、ホスホリパーゼA2(PLA2)という酵素が細胞膜のリン脂質からアラキドン酸を切り出します 。
参考)プロスタグランジンE2 - Wikipedia
次に、シクロオキシゲナーゼ(COX)という重要な酵素がアラキドン酸を代謝します 。COXには2つのアイソフォーム(COX-1とCOX-2)があり、それぞれ異なる組織分布と発現パターンを示します 。COX-1は胃、血小板、腎臓、内皮細胞など多くの組織で恒常的に発現し、基本的な生理機能に関与します。一方、COX-2は炎症性刺激により誘導され、マクロファージ、白血球、線維芽細胞、滑膜細胞に発現します。
COXの作用により、アラキドン酸は段階的にプロスタグランジンG2(PGG2)、次にプロスタグランジンH2(PGH2)に変換されます 。PGH2は共通の前駆体として機能し、特異的な合成酵素の働きにより各種のプロスタグランジン(PGD2、PGE2、PGF2α、PGI2、TXA2など)に変換されます 。
プロスタグランジンには主要な種類として、PGD2、PGE2、PGF2α、PGI2(プロスタサイクリン)、TXA2(トロンボキサンA2)があります 。それぞれが特異的な受容体に結合し、異なる生理作用を発揮します。
参考)プロスタグランジン - Wikipedia
PGE2は最も研究が進んでいるプロスタグランジンの一つで、EP1からEP4までの4つのサブタイプの受容体があります 。EP1受容体は平滑筋収縮作用、EP2受容体は末梢血管拡張作用、EP3受容体は発熱・痛覚伝達作用、EP4受容体は骨新生・骨吸収作用をそれぞれ担います 。
参考)プロスタグランジン受容体 - Wikipedia
PGD2はDP1とDP2の2つの受容体を持ち、血小板凝集や睡眠誘発に関与します 。特に花粉症などのアレルギー反応では、PGD2・TXA2受容体拮抗薬が鼻づまりの治療に使用され、従来の抗ヒスタミン薬よりも優れた効果を示します 。
参考)アレルギー性鼻炎 :治療(各論)~プロスタグランジンD2・ト…
プロスタサイクリン(PGI2)のIP受容体は血管拡張作用と血小板凝集阻害作用を持ち 、血栓症の予防に重要な役割を果たしています。一方、TXA2のTP受容体は血小板凝集と血管収縮を促進し、PGI2とは相反する作用を示します。
プロスタグランジンは炎症と痛みの発生において中心的な役割を担っています 。組織損傷や感染が起こると、炎症性刺激によりCOX-2が誘導され、大量のプロスタグランジンが産生されます 。
参考)発熱と痛みの原因は? 実は同じ“物質”が引き起こしている
発熱のメカニズムでは、プロスタグランジンが視床下部の体温調節中枢である視索前野を刺激します 。これにより「体温を上げなさい」という指令が出され、皮膚血管の収縮による熱放散の防止、褐色脂肪組織の燃焼、筋肉の震えなどを通じて体温上昇が起こります。
痛みの発生では、プロスタグランジンがブラジキニンなどの発痛物質の作用を増強します 。組織損傷時に細胞膜のリン脂質から遊離したアラキドン酸がCOXにより代謝され、産生されたプロスタグランジンが痛覚神経を敏感化し、痛みを増強させます。
参考)プロスタグランジンとはどんな関係?
NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の作用機序は、まさにこのCOX酵素の阻害によるプロスタグランジン合成の抑制です 。アスピリンやイブプロフェンなどのNSAIDsがCOXを阻害することで、炎症、痛み、発熱が軽減されるのです。
プロスタグランジンは私たちの日常生活に様々な形で影響を与えています。最も身近な例は女性の生理痛(月経痛)です 。月経時には子宮内膜からプロスタグランジンが大量に分泌され、子宮収縮を促して経血の排出を助けます。
参考)生理痛(月経痛)の症状・原因
しかし、プロスタグランジンの分泌が過剰になると、強い子宮収縮により激しい痛みが生じます 。この物質は血管収縮作用もあるため、腰痛やだるさ、冷えの原因にもなります 。さらに胃腸の蠕動運動を促進するため、月経時の下痢や吐き気の原因ともなります 。
参考)『医師が監修』生理痛の原因は?
ストレスや体の冷えは血行を悪化させ、プロスタグランジンが骨盤内に滞留しやすくなるため、生理痛が悪化する要因となります 。このため、温かい環境で過ごし、ストレスを軽減することが生理痛の緩和につながります。
参考)http://www.shichijo-clinic.com/josei_seirituu.html
現代女性は昔と比べて生涯に経験する月経回数が約9倍に増加しており 、プロスタグランジンの影響を受ける機会も格段に多くなっています。初経年齢の低下、出産数の減少、晩婚化などの社会的変化により、女性ホルモンとプロスタグランジンにさらされる期間が長期化しているのです。
風邪や怪我による発熱・痛みも、プロスタグランジンの働きによるものです 。これらは体の自然な防御反応であり、感染や組織損傷から身を守るための重要なシグナルとして機能しています。適切な解熱鎮痛薬の使用により、プロスタグランジンの過剰な作用を抑制し、日常生活の質を向上させることができます。
プロスタグランジンを理解することで、なぜ特定の薬が効果的なのか、なぜ生活習慣の改善が症状軽減につながるのかが明確になり、より適切な健康管理が可能となります。