ACE阻害薬は、アンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害することで降圧効果を発揮する薬剤です。重要な点として、ACEはキニナーゼIIと同一の酵素であり、ブラジキニンの分解にも関与しています。
参考)循環器用語ハンドブック(WEB版) ACE
ブラジキニンは9個のアミノ酸からなるノナペプチドで、キニノーゲンという前駆体タンパク質からカリクレインという酵素によって産生されます。このペプチドは血管拡張作用を持ち、血圧降下に働く生理活性物質です。
参考)ブラジキニン(Bradykinin) - yakugaku …
ACE阻害薬を投与すると、アンジオテンシンIIの産生が抑制されるだけでなく、ブラジキニンの分解も阻害されます。その結果、体内でブラジキニンが蓄積し、その生理作用が増強されることになります。
参考)https://www-yaku.meijo-u.ac.jp/Research/Laboratory/chem_pharm/09jugyou/5.angiotensin.pdf
ブラジキニンは主にB2受容体を介して作用を発揮します。B2受容体はほとんどの組織に恒常的に発現しており、ブラジキニンの大部分の生理学的活性を媒介していると考えられています。
参考)ブラジキニンって?
血管系への作用
ブラジキニンは血管平滑筋を弛緩させて血管を拡張させる作用があります。この血管拡張作用は、一酸化窒素(NO)やプロスタグランジンの生成を促進することによって強化されます。ブラジキニンはB2受容体を介してNO合成酵素を活性化し、NO産生を促進するため、ACE阻害薬の効果はブラジキニン・NO連関を介する可能性が示唆されています。
参考)虚血心におけるACE阻害薬の作用 (呼吸と循環 44巻4号)…
さらに、ブラジキニンは炎症部位での血管透過性を増加させる作用も持っています。これにより組織に水分や白血球が移動しやすくなり、腫れや発赤が引き起こされます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/66/6/66_813/_pdf
気道への影響
ブラジキニンには気管支平滑筋を収縮させる作用があります。この作用がACE阻害薬投与時の空咳の発生に関与しています。
参考)ACE阻害薬で、咳の副作用が起こるのは何故?~「ブラジキニン…
youtube
ACE阻害薬の投与により、すべてのACE阻害薬で頻度の差はあるものの空咳がみられます。この空咳は以下のような特徴を持ちます:
参考)https://kirishima-mc.jp/data/wp-content/uploads/2023/04/4fec1d886fad5de4fc9ef72f0878bec8.pdf
空咳発生のメカニズムとして、ACE阻害薬がブラジキニンの分解を抑制することで血中ブラジキニンが上昇し、ブラジキニンが気道を刺激することが知られています。ブラジキニンの作用の一つに気管支収縮があり、この物質が増加することで気管支が収縮し、気管支が刺激されて咳が出やすくなります。
参考)第7回 ACE阻害薬の血管浮腫はなぜ起こるの?
youtube
さらに、嚥下反射や咳反射に関わるサブスタンスPの関与も指摘されています。
参考)https://midori-hp.or.jp/pharmacy-blog/web18_12_3
血管浮腫の発症機序
ACE阻害薬による血管浮腫もブラジキニンの蓄積によって発症すると考えられています。ブラジキニンは血管拡張や血管透過性を亢進する作用があり、これにより血管浮腫が発症します。
ACE阻害薬による血管浮腫の詳しい症状と対策について
血管浮腫は薬理作用からくる副作用であるため、常にチェックが必要です。血管浮腫の症状は、皮膚のどこにでもあらわれ、多くの場合、瞼や唇、頬に多くみられます。皮膚以外にも、口の中、舌、喉、消化管などに発症することもあります。
ACE阻害薬による血管浮腫の初発症状として口唇、口腔内の違和感や腫脹として出現することがあり、咽頭や喉頭に腫脹が出現することが他の薬剤性血管性浮腫よりも多く報告されています。
ACE阻害薬の臨床効果は、アンジオテンシンII産生抑制だけでは説明がつかない部分があり、ブラジキニンを介した作用が重要な役割を果たしていると考えられています。
参考)ACE阻害剤の心筋保護作用におけるブラディキニン—NO産生系…
心筋保護作用
ACE阻害薬は多くの大規模試験により虚血性心不全の予後を改善することが明らかになっています。虚血により遊出されるブラジキニンはNO合成酵素を活性化しNO産生を促進するため、ACE阻害薬の効果はブラジキニン・NO連関を介する可能性が考えられています。
実際、ACE阻害薬がNO依存性冠血流量増加作用を有し、心筋虚血を改善することが報告されています。ブラジキニンはB2受容体を介して虚血時の心筋障害を軽減し、梗塞サイズを縮小させる効果が示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1573639/
血管新生促進作用
ブラジキニンは一酸化窒素(NO)、プロスタサイクリン、プラスミノーゲン・アクチベータ(tPA)の産生を増加させるなどして血管新生促進作用を持ちます。冠動脈造影検査により、ACE阻害薬投与群で側副血行路が増えるのに対し、ARB投与群ではむしろ減少することが観察されています。
参考)ACE阻害薬とARBの違い - しもやま内科
ブラジキニンとNOによる心筋保護作用に関する詳細な論文
虚血の既往があり、血管新生作用に期待したい患者にはACE阻害薬のほうが望ましい可能性があります。
興味深いことに、ACE阻害薬はブラジキニンの代謝を阻害するだけでなく、ブラジキニン受容体に直接作用する可能性が示されています。
参考)301 Moved Permanently
B2受容体への直接作用
ナノモル濃度のエナラプリラットをはじめとするACE阻害薬は、ACEやB1受容体アゴニストの非存在下で、ヒトブラジキニンB1受容体を直接活性化することが発見されています。これらの阻害薬は、B1受容体に存在するZn2+結合コンセンサス配列HEXXH(195-199)で活性化します。
さらに、ACE阻害薬はB2受容体の脱感作を抑制することにより、ブラジキニンの作用を増強する可能性も報告されています。この作用はプロテインキナーゼC(PKC)やホスファターゼを介するメカニズムが関与していると考えられています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2814794/
ACEとB2受容体の複合体形成
ヒトACEとブラジキニンB2受容体は細胞膜上で複合体を形成することが明らかになっています。この共局在により、ACE阻害薬によるブラジキニンの増強効果が代謝過程を超えて説明できる可能性があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1573486/
いくつかの動物実験と小規模臨床試験では、ブラジキニン受容体阻害薬によりACE阻害薬の作用の約半分が抑制されることが示されています。これはACE阻害薬の臨床効果において、ブラジキニン系が重要な役割を果たしていることを示唆しています。
参考)https://www.lifescience.co.jp/cr/zadankai/0601/2.html
ACE阻害薬とアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)は、いずれもレニン-アンジオテンシン系を抑制する降圧薬ですが、ブラジキニン系への影響が大きく異なります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/58/11/58_1074/_pdf/-char/ja
作用機序の相違
ACE阻害薬はACEを阻害してブラジキニンの不活化を抑制する作用を持つのに対し、ARBにはAT1受容体を直接阻害してAT2受容体を刺激する作用があります。この違いが両者の薬理作用の違いをもたらしています。
ARBはカンデサルタンシレキセチルなどACE阻害薬と違い、組織ブラジキニンの蓄積を起こさないため血管性浮腫を起こしにくいと考えられてきました。しかし、まれにARBでも血管浮腫が報告されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjoms/56/1/56_36/_pdf/-char/ja
臨床効果の比較
降圧という面からはARBとACE阻害薬は同程度の効果が得られますが、心不全改善という面からはACE阻害薬と必ずしも同等ではないとの報告もあります。これはACE阻害薬の薬理・生理作用が、アンジオテンシンII産生抑制だけでは説明がつかないことを示しています。
空咳に関しては、ARBではACE阻害薬と異なり空咳が起こりにくいため、ACE阻害薬で空咳が出る場合はARBに切り替える対応が一般的です。
ACE阻害薬によるブラジキニン蓄積は副作用をもたらす一方で、意外な有益効果も報告されています。
誤嚥性肺炎の予防効果
ACE阻害薬は咳を引き起こす物質であるブラジキニンやサブスタンスPの分解を抑制します。これにより咳反射や嚥下反射が改善され、結果として誤嚥性肺炎の予防に効果があることが示されています。副作用として現れる空咳が、実は高齢者における誤嚥性肺炎の予防に役立つという、逆転の発想とも言える効果です。
腎保護作用
ブラジキニンB2受容体の活性化は、腎線維化を減少させる効果があることが動物実験で示されています。ACE阻害薬による腎保護作用の一部は、ブラジキニンの増加によるものと考えられています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC151090/
抗炎症作用と組織リモデリング抑制
ACE阻害薬は高血圧における心血管系の組織リモデリングを抑制することにより、他の降圧薬に比べて長期的な生命予後を改善します。この組織リモデリング抑制作用には、ブラジキニンを介した一酸化窒素産生増加やプロスタサイクリン合成増加が関与していると考えられています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/111/2/111_221/_pdf
| 作用 | ACE阻害薬 | ARB | 臨床的意義 |
|---|---|---|---|
| アンジオテンシンII抑制 | ○ | ○ | 両者とも降圧効果あり |
| ブラジキニン増加 | ○ | × | ACE阻害薬で血管新生促進 |
| 空咳 | ○(20-30%) | ×(まれ) | ARBは空咳が少ない |
| 血管浮腫 | ○ | ×(まれ) | ACE阻害薬で注意が必要 |
| 心筋保護作用 | ○(強い) | △ | ブラジキニン・NO連関による |
| 誤嚥性肺炎予防 | ○ | × | 咳反射改善による |
このように、ACE阻害薬とブラジキニンの関係は、副作用と治療効果の両面において重要な意義を持っています。臨床現場では、患者の病態や合併症を考慮して、これらの作用を理解した上で適切な薬剤選択を行うことが求められます。
参考)心筋梗塞症における使い方 (medicina 40巻8号)