尿蛋白(蛋白尿)とは、尿中に排泄されるタンパク質が基準値を超えて検出される状態です。健康な方でも微量のタンパク質は尿中に排泄されていますが、その量は非常に少なく、通常の検査では検出されません。
健康な成人の場合、正常な尿中タンパク排泄量は以下のように定義されています。
日本腎臓学会の「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」によると、尿蛋白の診断基準は以下のように設定されています。
区分 | 蛋白尿量 |
---|---|
正常 | 0.15g/gCre未満 |
軽度蛋白尿 | 0.15g/gCre以上0.5g/gCre未満 |
高度蛋白尿 | 0.5g/gCre以上 |
一般的な健康診断で実施される尿検査では、試験紙法による半定量検査が行われることが多く、結果は以下のように表示されます。
判定 | おおよその蛋白濃度 |
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(−) | 検出されず |
(±) | 15mg/dl程度 |
(1+) | 30mg/dl程度 |
(2+) | 100mg/dl程度 |
(3+) | 300mg/dl以上 |
尿検査では「1+」以上を陽性と判定するケースが一般的です。ただし、試験紙法ではベンスジョーンズ蛋白などの特殊なタンパクは検出できないため、より詳細な検査が必要な場合はスルホサリチル酸法などの追加検査を行います。
尿蛋白が検出された場合、まずは「生理的蛋白尿」と「病的蛋白尿」を鑑別することが重要です。すべての蛋白尿が病気によるものではなく、一時的な要因で発生することもあります。
生理的蛋白尿は腎臓に疾患がないにも関わらず一時的に出現する蛋白尿です。主な原因には以下が挙げられます。
これらの生理的蛋白尿は、原因が解消されれば自然に改善し、特別な治療を必要としません。生理的蛋白尿が疑われる場合は、再検査(特に早朝尿)を行うことが推奨されます。
病的蛋白尿は、腎臓や全身の疾患によって引き起こされる持続的な蛋白尿です。主な原因は以下のように分類できます。
持続的な蛋白尿、特に3カ月以上続くものは慢性腎臓病(CKD)の診断基準に該当し、専門的な評価と治療が必要になります。
尿蛋白の検査は、スクリーニングから精密検査まで段階的に行われます。正確な評価のために、適切な検査方法の選択と結果の解釈が重要です。
日本腎臓学会によると、以下の場合は腎臓専門医への紹介が推奨されています。
腎生検は腎臓の組織を採取して病態を詳しく調べる検査で、以下の場合に考慮されます。
腎生検により、正確な病態診断と適切な治療方針の決定が可能になります。しかし、侵襲的な検査であるため、リスクとベネフィットを考慮した上で実施する必要があります。
尿蛋白が陽性と判定された場合、その程度と原因に応じた適切な対応が必要です。ここでは、尿蛋白陽性時の基本的な対応と治療指針について解説します。
特に注目すべき点として、尿蛋白の程度が高いほど将来的に末期腎不全に至るリスクが高まることがわかっています。日本での17年間の追跡調査では、尿蛋白が(2+)以上の方は、そうでない方と比較して人工透析に至る確率が著しく高いことが示されています。
したがって、早期発見と早期介入が非常に重要です。尿蛋白が(±)や(1+)であっても、増加傾向を示す場合は注意深いフォローアップが必要です。
妊婦における尿蛋白の評価は、通常とは異なる生理的変化や潜在的なリスクを考慮する必要があります。妊娠中の尿蛋白検査は、妊娠高血圧症候群などの重篤な合併症を早期に発見するための重要な手段となります。
妊娠中は以下の理由から生理的に尿蛋白が増加することがあります。
妊婦健診では以下の方法で尿蛋白を評価します。
妊娠高血圧症候群(旧称:妊娠中毒症)は、妊娠20週以降に発症する高血圧と蛋白尿を特徴とする疾患です。
慢性腎臓病や糸球体腎炎などの既往がある場合、妊娠中は特に慎重な管理が必要です。
妊娠中の蛋白尿は、母体と胎児の両方にとって重大なリスクとなる可能性があるため、異常が認められた場合は直ちに医師に相談することが極めて重要です。特に、突然の浮腫、頭痛、視覚異常、上腹部痛などの症状を伴う場合は、緊急の評価が必要となります。
妊娠中の腎臓管理の最新ガイドラインは、日本腎臓学会と日本産科婦人科学会の合同委員会によって定期的に更新されており、妊娠と腎臓病に関する最新の知見を参照することが推奨されます。
日本腎臓学会のガイドライン - 妊娠と腎臓病に関する最新の知見
尿蛋白は単に腎障害のマーカーというだけでなく、全身の血管内皮機能障害を反映する重要な指標でもあります。近年の研究により、尿蛋白と心血管疾患リスクの密接な関連が明らかになってきました。この新しい視点は、尿蛋白検査の臨床的意義を拡大しています。
日本人を対象とした大規模疫学研究では、尿蛋白が陽性の方は、陰性の方と比較して心血管疾患による死亡リスクが有意に高いことが示されています。
尿蛋白が心血管疾患リスクと関連する主なメカニズムには以下が挙げられます。
尿蛋白陽性患者では、心血管疾患予防の観点からも積極的な介入が必要です。
近年のランダム化比較試験では、特に以下の介入が尿蛋白と心血管リスクの双方を改善することが示されています。
このように、尿蛋白の評価は単なる腎疾患診断のツールを超えて、心血管リスク評価の重要な要素となっています。尿蛋白陽性患者の管理においては、腎保護と心血管保護を統合した包括的アプローチが推奨されます。