ネフローゼ症候群の症状と治療薬
ネフローゼ症候群の基本情報
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定義
糸球体からのタンパク漏出による低アルブミン血症と浮腫を特徴とする腎疾患群
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診断基準
尿タンパク3.5g/日以上、血清アルブミン3.0g/dl以下、浮腫、高コレステロール血症
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主な治療アプローチ
ステロイド療法、免疫抑制剤、利尿薬、塩分制限、原因疾患の治療
ネフローゼ症候群の症状とむくみの発生機序
ネフローゼ症候群は、腎臓の糸球体が障害されることで大量のタンパク質(特にアルブミン)が尿中へ漏出し、血液中のタンパク質が減少する疾患です。この病態により特徴的な症状が現れます。
主な症状として以下が挙げられます。
- 浮腫(むくみ):低アルブミン血症により血管内の膠質浸透圧が低下し、水分が血管外へ漏出することで発生します。特に顔(眼瞼)、下肢、陰嚢などに現れやすいのが特徴です。重症例では肺水腫や胸水、腹水を伴うこともあります。
- 体重増加:むくみにより短期間で体重が増加します。浮腫が著しい場合、数日で数キロの体重増加がみられることもあります。
- 尿の泡立ち:尿中に多量のタンパク質が含まれるため、泡沫尿(ほうまつにょう)と呼ばれる泡立ちやすい尿が特徴的です。トイレで尿を排泄した際に泡が消えにくいという特徴があります。
- 倦怠感:低アルブミン血症や体内環境の変化により、全身の倦怠感や食欲不振がみられます。
- 呼吸困難:肺水腫や胸水の貯留により、息切れや呼吸困難が生じることがあります。
浮腫の発生機序は、主に以下の3つの要因によるものです。
- 低アルブミン血症:血漿膠質浸透圧の低下による血管外への水分漏出
- 腎でのナトリウム再吸収亢進:腎臓が水分と塩分を過剰に保持しようとする代償機構
- 血管内容量の減少:レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活性化
これらの生理学的変化が相互に作用し、体内に水分とナトリウムが貯留する結果、浮腫が形成されます。
臨床的には、朝の起床時に顔面(特に眼瞼)のむくみがみられ、日中活動するにつれて重力の影響で下肢へと移動する傾向があります。また、就寝前には足首や下腿のむくみが増強する日内変動が特徴的です。
ネフローゼ症候群の診断基準と検査所見の評価
ネフローゼ症候群の診断には、症状の評価と共に特定の検査所見が重要です。日本腎臓学会による診断基準は以下の通りです。
- 尿タンパク量:3.5g/日以上(成人の場合)
- 低アルブミン血症:血清アルブミン値 3.0g/dL以下
- 浮腫:臨床症状として認められる
- 高脂血症:総コレステロール値上昇(補助診断)
検査所見の詳細評価。
【尿検査】
- 尿タンパク定性:通常3+〜4+
- 尿タンパク定量:3.5g/日以上(成人)
- 尿沈渣:脂肪円柱、卵円形脂肪体が特徴的
- 選択性:微小変化型では高選択性蛋白尿、膜性腎症などでは非選択性蛋白尿を呈することが多い
【血液検査】
- 総蛋白/アルブミン:低下(アルブミン 3.0g/dL以下)
- 脂質:総コレステロール、LDLコレステロール、中性脂肪の上昇
- 凝固系:AT-IIIの低下、FDP/D-ダイマーの上昇(血栓傾向)
- 免疫グロブリン:IgGの低下、IgMの上昇がみられることがある
- 補体:特発性膜性腎症では正常、ループス腎炎では低下
【画像検査】
- 腎エコー:通常は腎サイズ正常か軽度腫大
- 胸部X線:胸水貯留の評価
- 下肢静脈エコー:血栓形成の評価(必要に応じて)
ネフローゼ症候群の診断に際しては、二次性の原因(薬剤、感染症、腫瘍、自己免疫疾患など)を鑑別することが重要です。原因不明のものは特発性(一次性)ネフローゼ症候群として扱われます。
腎生検は原因疾患の同定と治療方針決定のために極めて重要な検査であり、組織型(微小変化型、膜性腎症、巣状分節性糸球体硬化症など)に応じて治療方針や予後が異なります。特に成人では原疾患の同定のため、積極的に検討すべき検査です。
日本腎臓学会のネフローゼ症候群診療ガイドライン2014では詳細な診断基準が参照できます
ネフローゼ症候群の治療薬:ステロイド剤と免疫抑制剤の使い分け
ネフローゼ症候群の治療は病型や重症度に応じて選択されます。治療の中心となるのはステロイド剤と免疫抑制剤です。
【ステロイド療法(副腎皮質ホルモン)】
微小変化型ネフローゼ症候群(MCNS)をはじめとする多くの病型で第一選択となります。
- 初期治療(成人の場合):プレドニゾロン 0.8-1.0mg/kg/日(最大60mg/日)を4-8週間継続
- 維持療法:初期治療で寛解後、6-12ヶ月かけて漸減
- 作用機序:炎症抑制、免疫抑制、糸球体基底膜透過性改善
- 副作用:クッシング様顔貌、満月様顔貌、体重増加、高血糖、骨粗鬆症、消化性潰瘍、感染症リスク上昇、白内障など
小児の場合、国際小児腎臓病研究グループ(ISKDC)法に基づき、8週間治療が推奨されています。
【免疫抑制剤】
ステロイド抵抗性、頻回再発型、ステロイド依存性の症例で使用されます。
- カルシニューリン阻害薬
- シクロスポリン:2-3mg/kg/日、分2
- タクロリムス:0.05-0.1mg/kg/日、分2(適応外使用)
- 作用:T細胞からのサイトカイン産生抑制
- 副作用:腎毒性、高血圧、振戦、多毛、歯肉肥厚
- アルキル化薬
- シクロホスファミド:1-2mg/kg/日、8-12週間(累積量150mg/kg以下)
- 作用:リンパ球増殖抑制
- 副作用:骨髄抑制、出血性膀胱炎、不妊、発癌リスク
- 代謝拮抗薬
- ミゾリビン:150-300mg/日(適応外使用)
- ミコフェノール酸モフェチル:1000-2000mg/日(適応外使用)
- 作用:プリン代謝阻害によるリンパ球増殖抑制
- 副作用:骨髄抑制、消化器症状、感染症
【病型別治療アプローチ】
- 微小変化型(MCNS):ステロイド反応性が高く、第一選択。頻回再発例にはシクロスポリンやミゾリビンを併用。
- 膜性腎症(MN):自然寛解も多いため、初期は経過観察も選択肢。高リスク例ではステロイドとシクロホスファミドの併用療法やリツキシマブなどを考慮。
- 巣状分節性糸球体硬化症(FSGS):ステロイド抵抗性が多く、早期からカルシニューリン阻害薬の併用を検討。
小児と成人では治療プロトコールが異なる点に留意が必要です。
免疫抑制剤の詳細な使用法については兵庫県立尼崎総合医療センターの資料が参考になります
ネフローゼ症候群の合併症と血栓予防対策の重要性
ネフローゼ症候群では様々な合併症が生じるリスクがあり、特に血栓症は生命予後に関わる重要な合併症です。
【主な合併症】
- 血栓塞栓症
- 発症率:成人で約20-30%、小児で約3-4%
- 好発部位:深部静脈(下肢)、腎静脈、肺動脈、冠動脈、脳血管
- リスク因子:血清アルブミン2.5g/dL以下、組織型(膜性腎症)、長期臥床
- 感染症
- 原因:低IgG血症、補体機能低下、免疫抑制療法
- 好発:肺炎、蜂窩織炎、敗血症、腹膜炎
- 予防:ワクチン接種(特に肺炎球菌、インフルエンザ)、手洗い
- 急性腎障害(AKI)
- 原因:低循環血漿量、腎静脈血栓症、利尿薬の過剰使用
- 管理:適切な輸液管理、腎毒性薬剤の回避
- 脂質異常症
- 特徴:総コレステロール、LDL、VLDL、中性脂肪の上昇
- 合併症:長期的な動脈硬化性疾患のリスク上昇
- 治療:スタチン系薬剤、食事療法
【血栓予防対策】
血栓症はネフローゼ症候群の重大な合併症であり、適切な予防対策が必要です。
- リスク評価:血清アルブミン値、腎疾患の種類、既往歴、年齢などから総合的に判断
- 予防法。
- 理学的予防:早期離床、下肢挙上、弾性ストッキング
- 薬物療法。
- 低用量アスピリン:抗血小板作用(軽度リスクの場合)
- 低分子ヘパリン:皮下注射
- ワルファリン:PT-INR 2.0-3.0を目標
- DOAC(直接経口抗凝固薬):エビデンス蓄積中
- 投与期間:血清アルブミン3.0g/dL以上に回復するまで、または尿蛋白が減少するまで
- モニタリング:D-ダイマー、AT-III、下肢エコー、必要に応じてCT
日本腎臓学会のガイドラインでは、膜性腎症など高リスク例では積極的な予防的抗凝固療法が推奨されています。しかし、出血リスクとのバランスも考慮した個別化対応が必要です。
血栓予防に関する詳細なガイドラインは日本腎臓学会の資料で確認できます
ネフローゼ症候群における漢方薬の有効性と限界
ネフローゼ症候群の治療において、主流はステロイド剤や免疫抑制剤ですが、補完的療法として漢方薬を用いることもあります。特に、ステロイド減量時や長期維持療法における役割が注目されています。
【ネフローゼ症候群に使用される主な漢方薬】
- 柴苓湯(さいれいとう)
- 構成:小柴胡湯と五苓散の合剤
- 効能:利水作用、抗炎症作用、免疫調節作用
- 適応:浮腫を伴うネフローゼ症候群、ステロイド減量時の補助
- エビデンス:小規模研究で尿蛋白減少効果や利尿効果の報告あり
- 五苓散(ごれいさん)
- 効能:利水作用、浮腫改善
- 適応:浮腫が主体の症例
- 特徴:レニン-アンジオテンシン系に影響せず利尿作用を示す
- 十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
- 効能:免疫調節、気血両虚の改善
- 適応:長期治療による体力低下、免疫力低下時
- 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
- 効能:免疫賦活、倦怠感改善
- 適応:長期療養による体力低下、食欲不振
【漢方薬治療の位置づけと限界】
漢方薬はステロイド剤や免疫抑制剤の代替とはならず、あくまで補完的治療として位置づけられます。
- メリット
- 副作用が比較的少ない
- 長期使用が可能
- QOL改善効果
- ステロイド減量効果の可能性
- 限界と注意点
- 高度の浮腫や急性期には効果不十分
- エビデンスレベルが西洋医学的治療に比べて低い
- 肝機能障害などの副作用に注意
- 薬物相互作用の可能性(特に免疫抑制剤との併用時)
- 使用に際しての留意点
- 患者の証(体質)に合わせた処方選択
- 西洋医学的治療と併用する場合は主治医に相談
- 定期的な血液検査モニタリング
- 効果判定を適切に行い継続の是非を検討
漢方薬治療は、ネフローゼ症候群の標準治療を補完し、患者のQOL向上や副作用軽減に寄与する可能性がありますが、科学的エビデンスの蓄積がさらに必要な領域です。特に、薬剤性ネフローゼ症候群の一部では、原因薬剤の中止と共に漢方薬による補助療法が症状改善に役立つケースもあります。
近年、柴苓湯のポドサイト保護作用や抗炎症作用に関する基礎研究が進んでおり、作用機序の解明が進められています。今後、臨床試験による有効性の検証が待たれる分野といえるでしょう。