トポイソメラーゼ1(TopI)は、DNA複製や転写の際に生じるDNAの超らせん構造を弛緩させるために、一本鎖のホスホジエステル結合を一時的に切断する酵素です 。この切断過程では、Top1の活性部位に存在するチロシン残基が、DNAの3'末端とホスホジエステル結合を形成し、一時的な共有結合複合体(TOP1cc)を作り出します 。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/en/file/KAKENHI-PROJECT-18K18200/18K18200seika.pdf
この共有結合複合体は、DNA鎖の回転を可能にし、超らせんの解消を促進します 。切断されたDNAの5'末端は自由な状態となり、らせんのひずみが解放されると、トポイソメラーゼ1は損傷部位を正確に再結合して、二本鎖DNAを再構築します 。この過程で蓄積されるエネルギーは、再ライゲーション反応を効率的に進行させる重要な駆動力となります 。
参考)https://www.chem-agilent.com/contents.php?id=300710
医療分野では、この機構を標的とした治療薬の開発が進んでいます。カンプトテシン系薬剤は、TOP1ccを安定化することで細胞死を誘導し、抗がん効果を発揮することが知られています 。
参考)https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/78606
ホスホジエステル結合は、リン酸が隣接する2つの糖分子の3'および5'炭素に結合する共有結合であり、すべての生命のDNAとRNA骨格を形成しています 。この結合の形成は、ヌクレオチドの三リン酸または二リン酸型の解裂によってエネルギーが供給される脱水縮合反応です 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%B9%E3%83%9B%E3%82%B8%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB%E7%B5%90%E5%90%88
トポイソメラーゼによるホスホジエステル結合の切断は、高度に制御された可逆的な反応です 。この切断には、DNAリガーゼが関与するホスホジエステル結合形成とは異なる特殊な機構が必要となります 。切断された末端の処理には、Tyrosyl-DNA phosphodiesterase 2(Tdp2)などの専門的な酵素が関与し、正確な修復を保証しています 。
参考)https://ricentr.hiroshima-u.ac.jp/hp/doc/research/tsuda_2019.pdf
興味深いことに、RNase H2もリボヌクレオチドが取り込まれたDNAのホスホジエステル結合を加水分解する能力を持っており、トポイソメラーゼ1と協調して細胞の遺伝的安定性を維持しています 。
参考)https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2020.920744/data/index.html
トポイソメラーゼ2(Top2)は、両方のDNA鎖のホスホジエステル結合を同時に切断し、もう一方のDNAらせんが通過できる一時的な通路を作り出します 。この複雑な反応では、Top2は切断された両末端を強固に保持しながら、DNAのもつれを解消します 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/DNA%E3%83%88%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%BC
Top2による二本鎖切断では、5'切断端とTop2のチロシン残基が共有結合した複合体(Top2cc)が形成されます 。この複合体は、プロテアソームによる分解を経て、最終的にTdp2によるホスホジエステル結合の加水分解によってDNAから除去されます 。
抗がん剤エトポシドは、このTop2ccを安定化することで、DNAの切断状態を長時間維持し、細胞死を誘導します 。さらに最近の研究では、Top2βが新規なプロテアソーム非依存的な除去機構を持つことも明らかになっており、治療法開発の新たな可能性を示しています 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%BC%E9%98%BB%E5%AE%B3%E8%96%AC
トポイソメラーゼ阻害薬は、現在の がん化学療法において中核的な役割を果たしています 。I型阻害薬には塩酸イリノテカンやトポテカンが、II型阻害薬にはエトポシドが代表的な薬剤として臨床使用されています 。
参考)https://oncolo.jp/dic/topoisomerase
これらの薬剤は「トポ毒」型と「触媒阻害」型に分類され、異なる作用機序を持ちます 。トポ毒型薬剤は、トポイソメラーゼ-DNA複合体を安定化してDNAの切断状態を維持し、細胞死を誘導します 。一方、触媒阻害型薬剤は酵素活性そのものを阻害し、より少ない副作用で治療効果を得られる可能性があります 。
参考)https://www.riken.jp/press/2011/20110624/index.html
最新の研究では、TDP2によるDNA修復を阻害する薬剤とTOP1阻害薬の併用により、従来治療より高い効果が期待できることが示されています 。また、抗TROP-2抗体とトポイソメラーゼI阻害剤の複合体など、標的特異性を高めた新規薬剤の開発も進んでいます 。
参考)https://jaspo-oncology.org/file/1283
トポイソメラーゼ機能の異常は、様々な疾患のリスク要因となることが明らかになっています。特に自己免疫疾患における抗トポイソメラーゼ抗体の産生は、全身性強皮症やSLEなどの膠原病発症と密接な関連があります 。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/3c6c6d224a8c7e2dec99a22c384b51a0f05537df
DNA修復機構におけるトポイソメラーゼの役割も重要です 。トポイソメラーゼIIβの機能不全は、DNA損傷に対する感受性を高め、相同組換え修復の効率を低下させることが実証されています 。この発見は、がん治療における薬剤感受性や副作用の個人差を理解する上で重要な知見となります。
参考)https://www.yokohama-cu.ac.jp/amedrc/news/20180718adachi.html
さらに、トポイソメラーゼ阻害薬の長期使用により、骨髄抑制や二次性白血病などの重篤な副作用が発現するリスクも指摘されています 。これらのリスクを最小限に抑えるため、患者個別の遺伝的背景や併存疾患を考慮した治療戦略の構築が求められています。
医療従事者は、トポイソメラーゼ阻害薬投与時の厳重なモニタリングと、副作用の早期発見・対処が重要な責務となります 。