マプロチリンは四環系抗うつ薬として、強力な抗コリン作用を有している。閉塞隅角緑内障患者において、この抗コリン作用が瞳孔括約筋の弛緩を引き起こし、瞳孔散大により隅角が狭窄する。その結果、房水の流出が阻害され、眼圧が急激に上昇する危険性がある。
この病態は急性緑内障発作を誘発し、以下のような重篤な症状を呈する可能性がある。
特に注意すべき点として、開放隅角緑内障と異なり、閉塞隅角緑内障では房水流出路の物理的閉塞が主要な病態であるため、マプロチリンの抗コリン作用により症状が急激に悪化する。
医療従事者は処方前に必ず眼科的検査を実施し、隅角の状態を確認することが重要である。また、患者には眼痛や視力変化があった場合の緊急受診について十分な説明を行う必要がある。
心筋梗塞の回復初期におけるマプロチリンの投与は絶対禁忌とされている。この禁忌の根拠は、マプロチリンの心血管系への複合的な影響にある。
マプロチリンは以下の心血管系作用を示す。
心筋梗塞回復初期の心筋は、虚血により電気的に不安定な状態にある。この時期にマプロチリンを投与すると、心室性不整脈のリスクが著しく増加し、突然死の危険性が高まる。
実際の臨床では、心筋梗塞後3か月以内の患者に対してマプロチリンの投与は避けるべきである。代替治療として、心血管系への影響が少ないSSRIやSNRIの選択を検討することが推奨される。
また、心筋梗塞の既往がある患者においても、心機能評価を十分に行い、循環器専門医との連携のもとで慎重な投与判断が必要である。
てんかんおよび痙攣性疾患の既往歴を有する患者に対するマプロチリンの投与は禁忌である。この禁忌の背景には、マプロチリンの神経系への複合的な作用が関与している。
マプロチリンが痙攣を誘発する主要なメカニズムは以下の通りである。
特に注目すべきは、マプロチリンの血中濃度と痙攣リスクの関係である。治療域内であっても、個体差により痙攣が誘発される可能性があり、過量投与時には高確率で痙攣が発生する。
臨床的には、以下の患者群で特に注意が必要である。
てんかん患者においてうつ症状の治療が必要な場合は、抗痙攣作用を有するバルプロ酸や、痙攣リスクの低いSSRIの選択が推奨される。
前立腺肥大症などによる尿閉患者に対するマプロチリンの投与は禁忌とされている。この禁忌の根拠は、マプロチリンの強力な抗コリン作用にある。
マプロチリンの抗コリン作用は以下の泌尿器系への影響を与える。
特に前立腺肥大症患者では、機械的な尿道狭窄に加えて、マプロチリンの抗コリン作用により膀胱収縮力が低下することで、完全な尿閉状態に陥る可能性が高い。
この状態は以下の合併症を引き起こす危険性がある。
臨床管理においては、投与前に必ず排尿状況の詳細な聴取と、必要に応じて残尿測定を実施することが重要である。また、軽度の排尿困難がある患者においても、症状の悪化を注意深く監視する必要がある。
マプロチリンとMAO阻害剤(セレギリン、ラサギリン、サフィナミド)の併用は絶対禁忌である。この併用により、セロトニン症候群様の重篤な副作用が発生する可能性がある。
併用禁忌の薬理学的根拠は以下の通りである。
併用により発現する可能性のある症状。
この相互作用は生命に関わる重篤な状態を引き起こすため、薬剤の切り替え時には十分な休薬期間を設ける必要がある。MAO阻害剤からマプロチリンへの切り替えでは最低2週間、マプロチリンからMAO阻害剤への切り替えでは2-3日間の間隔を空けることが推奨される。
また、患者の服薬歴の確認においては、処方薬だけでなく、健康食品やサプリメントに含まれる可能性のあるMAO阻害作用を有する成分についても注意深く聴取することが重要である。
医療従事者は、この重篤な相互作用について患者・家族に十分な説明を行い、緊急時の対応方法についても指導する必要がある。症状が発現した場合は、直ちに投与を中止し、体冷却や水分補給などの全身管理を行いながら、専門医療機関での治療を検討することが求められる。