ジメチルフマル(dimethyl fumarate、DMF)は、フマル酸のメチルエステルであり、分子式C₆H₈O₄の有機化合物です。この化合物の名称は、カラクサケマン(Fumaria officinalis)という植物に由来しており、医薬品としての歴史は約60年にわたります。
参考)https://www.mdpi.com/1999-4923/14/12/2732/pdf?version=1670471622
DMFは親油性の特性を有し、ヒト組織内での移動性が高い分子として知られています。室温では白色の結晶または結晶性粉末として存在し、アセトンに溶けやすく、エタノールにやや溶けやすい一方、水にはほとんど溶けない性質を示します。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%AB%E9%85%B8%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%81%E3%83%AB
α,β-不飽和求電子性化合物としての特徴を持つDMFは、体内に取り込まれると速やかにグルタチオン(GSH)とのマイケル付加反応により代謝されます。この代謝過程で、より活性の高いフマル酸モノメチル(MMF)に変換されるため、DMFはプロドラッグとしても位置づけられています。
エステラーゼによる代謝を受けることから、消化管、血液、組織に広く分布し、最終的にはTCA回路を介して代謝される一方、チトクロームP450(CYP)分子種による代謝は受けにくい特徴があります。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00066589
DMFの作用機序は多面的で複雑ですが、主要な経路としてNuclear factor erythroid-derived 2関連因子2(Nrf2)経路の活性化があげられます。Nrf2は細胞の酸化ストレスに対する防御機構の中心的な転写因子であり、DMFはこの経路を刺激することで抗酸化応答遺伝子の発現を誘導します。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fphar.2023.1264842/pdf?isPublishedV2=False
興味深いことに、Nrf2の発現を欠いたマウスにおいてもDMFは免疫調節作用を示すことが確認されており、Nrf2非依存的な機序も存在することが示唆されています。この事実は、DMFの治療効果がより複雑で多様な分子機構に基づいていることを示しています。
DMFとその活性代謝物であるMMFは、活性化B細胞の核内因子κ-軽鎖-エンハンサー(NF-κB)の核内転座を阻害し、転写活性を抑制します。この機序により、炎症性サイトカインの産生が抑制され、免疫調節効果が発揮されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10512734/
さらに、DMFはオートファジーの調節にも関与し、細胞の恒常性維持に貢献します。これらの複合的な作用により、抗酸化、抗炎症、免疫調節の三つの主要な薬理効果が統合的に発現されます。
DMFは2013年に米国FDAより再発寛解型多発性硬化症(RRMS)の治療薬として承認され、現在では世界71カ国で承認されている経口治療薬です。日本では2017年2月にテクフィデラ®として発売が開始されました。
参考)https://www.shinryo-to-shinyaku.com/db/pdf/sin_0054_09_0873.pdf
DEFINE試験では、プラセボ群の年率換算再発率0.36に対し、DMF 1日2回投与群で0.19、1日3回投与群で0.19となり、それぞれ53%および48%の有意な減少を示しました(各p<0.001)。
参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/msgl/koukasyo_tuiho_2017_01.pdf
CONFIRM試験においても、プラセボ群の年率換算再発率0.40に対し、DMF 1日2回投与群で0.22、1日3回投与群で0.20と、有意な再発抑制効果が確認されました。
身体障害の進行についても、12週持続するEDSS悪化の割合がプラセボ群17%に対し、DMF投与群では13%と改善傾向を示しました。これらの結果から、DMFは再発予防と身体的障害の進行抑制の両面で有効性が証明されています。
長期的な有効性についても、10年以上の追跡調査において持続的な治療効果が確認されており、第一選択薬としての地位を確立しています。2021年12月時点で、臨床試験参加者を含め世界で50万1000名以上の患者に投与された実績があります。
参考)https://www.shinryo-to-shinyaku.com/db/pdf/sin_0058_04_0298.pdf
DMFの副作用は主として消化器症状と皮膚症状に分類され、多くは治療開始初期に発現し、時間経過とともに軽減する傾向があります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00066589.pdf
最も頻繁に報告される副作用は潮紅で、全体の約32.9%の患者に認められます。これに続いて悪心(9.5%)、下痢(8.3%)、上腹部痛(8.1%)、そう痒症(6.8%)、腹痛(6.2%)、ほてり(5.7%)、発疹(5.3%)が報告されています。
重要な副作用として、リンパ球数の減少があります。治療開始後1年間の平均リンパ球数は減少傾向を示しますが、1年経過後は横ばい状態となることが確認されています。定期的な血液検査による監視が重要です。
参考)https://www.biogen.co.jp/news/2019-09-18-news.html
肝機能異常も注意すべき副作用の一つで、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)やアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)の上昇、総ビリルビンの増加が報告されています。
これらの副作用の多くは投与量調整や対症療法により管理可能であり、重篤な副作用の発現頻度は比較的低く抑えられています。適切なモニタリングと患者教育により、安全に長期投与を継続できる薬剤として評価されています。
参考)https://medical-tribune.co.jp/news/articles?blogid=7amp;entryid=568281
DMFの治療応用は多発性硬化症を超えて拡大しており、乾癬治療では既にドイツでFumaderm®として、欧州でSkilarence®として承認されています。これらの適応拡大は、DMFの免疫調節作用が様々な免疫介在性疾患に有効であることを示しています。
最近の研究では、心血管疾患への応用可能性が注目されています。炎症反応が心血管疾患の病因と進行に重要な役割を果たすことから、DMFの抗炎症・免疫調節作用が治療効果をもたらす可能性が検討されています。
参考)https://www.mdpi.com/1424-8247/15/5/497/pdf?version=1650372785
がん治療の分野でも興味深い知見が報告されています。大腸がん細胞株を用いた研究では、DMFがグルタチオン枯渇とROS増加、MAPK活性化経路を介してネクロプトーシスを誘導することが示されています。これは従来の作用機序とは異なる新しい治療標的を示唆します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4523346/
さらに、神経保護作用についても継続的な研究が行われており、酸化ストレスや神経炎症の抑制を介した神経変性疾患への応用可能性が探索されています。
産業用途では、家具や皮革製品の防カビ剤として使用された歴史がありますが、皮膚接触後のアレルギー反応の懸念から、現在EU諸国では消費者向け製品への使用が禁止されています。
参考)https://www.boken.or.jp/find_tests/chemical_analysis/regulatory/14246/
これらの多様な応用可能性は、DMFが持つ多面的な生物学的活性の証左であり、今後も新しい治療領域での臨床応用が期待される薬剤として位置づけられています。