ジフテリア 症状と治療方法:偽膜形成と抗毒素療法

本稿ではジフテリアの特徴的症状である偽膜形成から治療法の柱となる抗毒素療法、抗菌薬治療まで医療従事者向けに詳説します。疾患の重症度評価と迅速な治療開始の重要性とは?

ジフテリア 症状と治療方法

ジフテリア診療の重要ポイント
🔍
早期診断

特徴的な灰白色偽膜の確認と臨床症状から速やかに診断

💉
迅速な治療開始

確定診断を待たずに抗毒素療法と抗菌薬治療を開始

🏥
合併症管理

心筋炎や神経障害などの合併症に対する注意深い観察と対応

ジフテリアの病態と偽膜形成のメカニズム

ジフテリアは毒素産生性のCorynebacterium diphtheriae(ジフテリア菌)による感染症です。この細菌は、ファージ由来のtox遺伝子を保有し、強力な外毒素を産生します。この毒素がジフテリアの病態形成において中心的役割を担っています。

 

ジフテリア菌が上気道粘膜に定着すると、局所での増殖と毒素産生が始まります。産生された毒素は以下のようなメカニズムで作用します。

  1. 局所組織障害 - 粘膜上皮細胞の壊死を引き起こす
  2. タンパク合成阻害 - 真核細胞のEF-2(伸長因子2)を不活性化
  3. 炎症反応の惹起 - 好中球の浸潤と線維素の析出

これらの過程を経て形成されるのが、ジフテリアの特徴的所見である「偽膜」です。偽膜は線維素、壊死した上皮細胞、好中球、赤血球、細菌などが混在した灰白色の膜状構造物で、特に咽頭、扁桃、喉頭に形成されます。この偽膜は気道を閉塞し、重篤な呼吸困難を引き起こす可能性があります。

 

また、Corynebacterium ulceransやCorynebacterium pseudotuberculosisといった関連菌種も同様の毒素を産生し、ジフテリア様症状を呈することがあります。これらは人獣共通感染症であり、国内ではネコやイヌなどからの感染例が報告されています。

 

ジフテリアの臨床症状と重症度評価

ジフテリアの潜伏期間は一般的に2〜5日(範囲:1〜10日)です。感染部位と病型により、症状は大きく異なります。

 

呼吸器ジフテリア
呼吸器ジフテリアは最も一般的かつ危険な病型です。初期症状は風邪様の症状から始まり、以下のような経過をたどります。

  • 初期症状(発症1〜2日目)
  • 38℃程度の発熱
  • 頭痛・嚥下痛
  • 全身倦怠感
  • 鼻汁・鼻閉
  • 進行期(発症2〜3日目)
  • 灰白色の偽膜形成(扁桃、咽頭、喉頭など)
  • 頸部リンパ節腫脹
  • 声枯れ(嗄声)
  • 呼吸困難
  • 重症例
  • 頸部の著明な腫脹(bull-neck appearance)
  • チアノーゼ
  • 気道閉塞
  • 全身症状の悪化

呼吸器ジフテリアの重症度分類は以下の表のようにまとめられます。

重症度 臨床所見 推奨される抗毒素量
軽症 発熱、咽頭痛、鼻汁、軽度の偽膜形成(一部位のみ) 20,000〜40,000単位
中等症 高熱、嚥下痛、頸部リンパ節腫脹、広範な偽膜形成 40,000〜60,000単位
重症 呼吸困難、チアノーゼ、気道閉塞、広範囲の偽膜、全身症状 80,000〜120,000単位

皮膚ジフテリア
皮膚ジフテリアは、既存の皮膚病変(外傷、湿疹など)にジフテリア菌が二次感染することで発症します。特徴的な所見として。

  • 潰瘍性病変
  • 灰白色の痂皮形成
  • 周囲の発赤・腫脹

皮膚ジフテリアは呼吸器ジフテリアに比べて全身症状は軽度ですが、菌の保持状態が長期間続き、感染源となる可能性があります。

 

重症化リスク因子として、5歳以下の小児、40歳以上の成人、免疫不全状態、予防接種未実施者などが挙げられます。特に乳幼児と高齢者では致死率が高くなる傾向にあります。

 

ジフテリアの確定診断と検査アルゴリズム

ジフテリアの診断は、臨床症状と検査所見を組み合わせて総合的に行います。特に偽膜形成を伴う呼吸器症状を呈する患者では、迅速な診断と治療開始が予後を左右します。

 

診断の流れ

  1. 臨床的診断
    • 特徴的な灰白色の偽膜の確認(剥がすと出血しやすい)
    • 頸部リンパ節腫脹の評価
    • 全身状態の評価
  2. 検体採取(抗菌薬投与前に実施することが重要)
    • 咽頭ぬぐい液
    • 鼻腔ぬぐい液
    • 偽膜の一部(可能であれば)
    • 皮膚病変部(皮膚ジフテリア疑いの場合)
  3. 微生物学的検査
    • グラム染色:顆粒状のグラム陽性桿菌(連鎖状、V字型、柵状配列)
    • 培養検査:選択培地(テルル酸カリウム含有血液寒天培地、Löffler培地など)
    • 毒素産生性の確認:PCR法によるtox遺伝子検出
    • Elek試験(毒素産生の確認)
  4. 鑑別診断
    • 溶連菌性咽頭炎
    • 伝染性単核症
    • 急性喉頭蓋炎
    • 扁桃周囲膿瘍
    • 白血病に伴う壊死性歯肉炎

診断的アルゴリズムとしては、臨床症状から疑わしい症例では、検体採取後ただちに治療を開始し、培養・毒素確認結果を待つという方針が推奨されます。WHOの2024年のガイドラインでは、「症候性ジフテリアが疑われる患者または確定診断された患者において、ジフテリア抗毒素(DAT)投与前にルーチンの感受性検査を実施しないことを推奨」しています。

 

また、ジフテリアは感染症法に基づく5類感染症(全数把握対象)に指定されており、診断したら直ちに最寄りの保健所に届け出る必要があります。

 

ジフテリア抗毒素療法と抗菌薬治療の実際

ジフテリアの治療は「毒素の中和」と「細菌の排除」の2つを柱としています。特に呼吸器ジフテリアでは、速やかな治療開始が生命予後を左右します。

 

抗毒素療法(乾燥ジフテリアウマ抗毒素)
抗毒素は、細胞に取り込まれる前の循環血中の毒素のみを中和するため、臨床的にジフテリアが強く疑われる場合には、確定診断を待たずに投与を開始することが極めて重要です。

 

抗毒素投与の実際。

  1. 投与前の準備
    • ウマ血清アレルギーの既往確認(禁忌に注意)
    • 皮内反応テスト(0.1mLを前腕内側に皮内注射し、15〜20分後に判定)
    • アナフィラキシー対応の準備(エピネフリン、ステロイド、気道確保用具)
  2. 投与量の決定
    • 軽症例:20,000〜40,000単位
    • 中等症例:40,000〜60,000単位
    • 重症例:80,000〜120,000単位
  3. 投与方法
    • 静脈内投与(推奨):生理食塩水で希釈し、ゆっくりと点滴
    • 筋肉内投与:重症例には不適
  4. 副反応のモニタリング
    • 即時型反応:アナフィラキシー反応
    • 遅延型反応:血清病(投与後7〜12日後に発熱、発疹、関節痛など)

注意点:皮膚ジフテリアでは抗毒素療法は通常必要ありません。また、偽膜形成がない症例や無症状保菌者にも使用しません。

 

抗菌薬治療
ジフテリア菌を排除し、毒素産生を停止させるために抗菌薬投与が必須です。WHOの2024年ガイドラインでは、ペニシリン系抗生物質よりもマクロライド系抗生物質(アジスロマイシン、エリスロマイシン)の使用が推奨されています。

 

抗菌薬選択と投与量。

  1. マクロライド系(第一選択)
  2. ペニシリン系(代替薬)
    • ペニシリンG:100,000〜150,000単位/kg/日、分4〜6(静注)、14日間

抗菌薬治療の注意点。

  • 治療開始後も感染力は数日間持続するため、隔離継続が必要
  • 治療終了後、24時間以上間隔をあけて2回の培養検査が陰性となるまで隔離解除しない
  • 近年、一部の地域で耐性株や低感受性株も報告されており、治療効果のモニタリングが重要

支持療法
重症例では以下の支持療法も重要です。

  • 気道確保(必要に応じて気管挿管や気管切開)
  • 水分・電解質バランスの維持
  • 栄養サポート
  • 循環動態の安定化

治療経過のモニタリングでは、特に心臓(心電図変化、不整脈)と神経系(末梢神経障害の徴候)に注意が必要です。

 

ジフテリア治療後の合併症管理と予防戦略

ジフテリアの治療後も、毒素による遅発性の合併症が発症する可能性があり、経過観察が重要です。また、集団での感染拡大防止と予防接種による個人防御も不可欠です。

 

主な合併症とその管理

  1. 心筋炎
    • 発症時期:感染後1〜2週間が最も多い
    • 症状:頻脈、不整脈、心不全症状
    • 検査:心電図(ST-T変化、伝導障害)、心エコー、心筋マーカー(トロポニン、CK-MB)
    • 管理:厳重な心機能モニタリング、必要に応じた抗不整脈薬、心不全治療
  2. 神経障害
    • 発症時期:感染後2〜8週間
    • 症状:咽頭・喉頭麻痺、四肢の運動・感覚障害、横隔膜麻痺
    • 管理:リハビリテーション、嚥下機能評価、呼吸機能サポート
  3. 腎機能障害
    • 症状:尿量減少、尿蛋白、血清クレアチニン上昇
    • 管理:水分バランス管理、電解質補正

これらの合併症は、抗毒素療法を早期に開始しても発生する可能性があるため、急性期を脱した後も注意深い観察が必要です。特に心筋炎は致死的となりうる重篤な合併症であり、発症リスクは治療開始の遅れに比例して増加します。

 

追跡観察のプロトコル

  1. 急性期後(1〜2週間)
    • 心電図モニタリング(少なくとも週2回)
    • 神経学的評価
    • バイタルサインの定期的チェック
  2. 退院後(4〜8週間)
    • 外来での定期的なフォローアップ
    • 心機能評価
    • 神経学的評価の継続

予防接種と感染予防
ジフテリア罹患後も自然免疫が確立されるわけではないため、回復後のワクチン接種が必要です。日本では、DPT(三種混合:ジフテリア・百日咳・破傷風)ワクチン、DT(二種混合)ワクチンとして接種されています。

 

標準的接種スケジュール。

  • 初回接種:生後3か月から開始(4週間隔で3回)
  • 追加接種:初回接種後12〜18か月後
  • 二種混合(DT):11〜12歳時

また、ジフテリア患者の接触者管理として、以下の対応が推奨されます。

  • 密接接触者の咽頭・鼻腔培養検査
  • 予防内服(エリスロマイシン7〜10日間)
  • 接種歴の確認とブースター接種の検討

医療現場での感染対策としては、確定症例または疑い症例に対して、飛沫予防策と接触予防策を実施します。培養陰性が確認されるまでは、個室管理が必要です。

 

近年、グローバル化に伴い、日本でも海外からの輸入例や動物由来感染などの報告が散見されます。特