ジフテリアは毒素産生性のCorynebacterium diphtheriae(ジフテリア菌)による感染症です。この細菌は、ファージ由来のtox遺伝子を保有し、強力な外毒素を産生します。この毒素がジフテリアの病態形成において中心的役割を担っています。
ジフテリア菌が上気道粘膜に定着すると、局所での増殖と毒素産生が始まります。産生された毒素は以下のようなメカニズムで作用します。
これらの過程を経て形成されるのが、ジフテリアの特徴的所見である「偽膜」です。偽膜は線維素、壊死した上皮細胞、好中球、赤血球、細菌などが混在した灰白色の膜状構造物で、特に咽頭、扁桃、喉頭に形成されます。この偽膜は気道を閉塞し、重篤な呼吸困難を引き起こす可能性があります。
また、Corynebacterium ulceransやCorynebacterium pseudotuberculosisといった関連菌種も同様の毒素を産生し、ジフテリア様症状を呈することがあります。これらは人獣共通感染症であり、国内ではネコやイヌなどからの感染例が報告されています。
ジフテリアの潜伏期間は一般的に2〜5日(範囲:1〜10日)です。感染部位と病型により、症状は大きく異なります。
呼吸器ジフテリア
呼吸器ジフテリアは最も一般的かつ危険な病型です。初期症状は風邪様の症状から始まり、以下のような経過をたどります。
呼吸器ジフテリアの重症度分類は以下の表のようにまとめられます。
重症度 | 臨床所見 | 推奨される抗毒素量 |
---|---|---|
軽症 | 発熱、咽頭痛、鼻汁、軽度の偽膜形成(一部位のみ) | 20,000〜40,000単位 |
中等症 | 高熱、嚥下痛、頸部リンパ節腫脹、広範な偽膜形成 | 40,000〜60,000単位 |
重症 | 呼吸困難、チアノーゼ、気道閉塞、広範囲の偽膜、全身症状 | 80,000〜120,000単位 |
皮膚ジフテリア
皮膚ジフテリアは、既存の皮膚病変(外傷、湿疹など)にジフテリア菌が二次感染することで発症します。特徴的な所見として。
皮膚ジフテリアは呼吸器ジフテリアに比べて全身症状は軽度ですが、菌の保持状態が長期間続き、感染源となる可能性があります。
重症化リスク因子として、5歳以下の小児、40歳以上の成人、免疫不全状態、予防接種未実施者などが挙げられます。特に乳幼児と高齢者では致死率が高くなる傾向にあります。
ジフテリアの診断は、臨床症状と検査所見を組み合わせて総合的に行います。特に偽膜形成を伴う呼吸器症状を呈する患者では、迅速な診断と治療開始が予後を左右します。
診断の流れ
診断的アルゴリズムとしては、臨床症状から疑わしい症例では、検体採取後ただちに治療を開始し、培養・毒素確認結果を待つという方針が推奨されます。WHOの2024年のガイドラインでは、「症候性ジフテリアが疑われる患者または確定診断された患者において、ジフテリア抗毒素(DAT)投与前にルーチンの感受性検査を実施しないことを推奨」しています。
また、ジフテリアは感染症法に基づく5類感染症(全数把握対象)に指定されており、診断したら直ちに最寄りの保健所に届け出る必要があります。
ジフテリアの治療は「毒素の中和」と「細菌の排除」の2つを柱としています。特に呼吸器ジフテリアでは、速やかな治療開始が生命予後を左右します。
抗毒素療法(乾燥ジフテリアウマ抗毒素)
抗毒素は、細胞に取り込まれる前の循環血中の毒素のみを中和するため、臨床的にジフテリアが強く疑われる場合には、確定診断を待たずに投与を開始することが極めて重要です。
抗毒素投与の実際。
注意点:皮膚ジフテリアでは抗毒素療法は通常必要ありません。また、偽膜形成がない症例や無症状保菌者にも使用しません。
抗菌薬治療
ジフテリア菌を排除し、毒素産生を停止させるために抗菌薬投与が必須です。WHOの2024年ガイドラインでは、ペニシリン系抗生物質よりもマクロライド系抗生物質(アジスロマイシン、エリスロマイシン)の使用が推奨されています。
抗菌薬選択と投与量。
抗菌薬治療の注意点。
支持療法
重症例では以下の支持療法も重要です。
治療経過のモニタリングでは、特に心臓(心電図変化、不整脈)と神経系(末梢神経障害の徴候)に注意が必要です。
ジフテリアの治療後も、毒素による遅発性の合併症が発症する可能性があり、経過観察が重要です。また、集団での感染拡大防止と予防接種による個人防御も不可欠です。
主な合併症とその管理
これらの合併症は、抗毒素療法を早期に開始しても発生する可能性があるため、急性期を脱した後も注意深い観察が必要です。特に心筋炎は致死的となりうる重篤な合併症であり、発症リスクは治療開始の遅れに比例して増加します。
追跡観察のプロトコル
予防接種と感染予防
ジフテリア罹患後も自然免疫が確立されるわけではないため、回復後のワクチン接種が必要です。日本では、DPT(三種混合:ジフテリア・百日咳・破傷風)ワクチン、DT(二種混合)ワクチンとして接種されています。
標準的接種スケジュール。
また、ジフテリア患者の接触者管理として、以下の対応が推奨されます。
医療現場での感染対策としては、確定症例または疑い症例に対して、飛沫予防策と接触予防策を実施します。培養陰性が確認されるまでは、個室管理が必要です。
近年、グローバル化に伴い、日本でも海外からの輸入例や動物由来感染などの報告が散見されます。特