ヒドロキシルラジカル(- OH)は、活性酸素種の中で最も反応性が高く、最も強力な酸化力を持つ分子種です。この物質は糖質、タンパク質、脂質など、あらゆる生体成分と反応する特徴があります。
参考)ヒドロキシルラジカル - Wikipedia
生体内では主にフェントン反応により生成されます。具体的には、ミトコンドリア内部や細胞内において、過酸化水素と2価の鉄化合物が酸性条件下で触媒的に反応することで発生します。放射線が細胞内の水分子に作用した場合にも、水の放射線分解によってヒドロキシルラジカルが生成されることが知られています。
参考)https://www.kanto.co.jp/dcms_media/other/backno7_pdf92.pdf
その反応性の高さゆえに、ヒドロキシルラジカルは生成後速やかに消滅し、通常の環境下では長時間存在することができません。この極めて短い半減期が、直接測定を困難にしている要因となっています。
参考)https://www.jaica.com/guidance_oxidative_stress/index_pc.html
興味深いことに、最近の研究では、人体が屋内環境でオゾンに曝露されると、皮膚表面でヒドロキシルラジカルを生成することが明らかになっています。
参考)人体は屋内環境でオゾンに曝露するとヒドロキシルラジカルを生成…
ヒドロキシルラジカルは、細胞内の様々な生体高分子に対して深刻な酸化損傷をもたらします。DNA、脂質、タンパク質、酵素などが主な標的となり、脂質過酸化、DNA変異、タンパク質の変性、酵素の失活を引き起こします。
DNAに対する影響は特に重大です。ヒドロキシルラジカルがDNAに作用すると、塩基とデオキシリボースの両方に酸化損傷が生じます。デオキシリボースの酸化は、デオキシリボース環の開裂、塩基の欠失、DNA鎖の断片化などの損傷を引き起こします。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/39/4/39_4_223/_pdf/-char/ja
DNA塩基の中でも、グアニン(dG)は最も酸化還元電位が低いため、活性酸素による酸化を受けやすい性質があります。その結果生成される8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG)は、DNA複製時にG→T変異を誘発し、発がんリスクの上昇に関連すると考えられています。
ミトコンドリアへの影響も看過できません。ミトコンドリア内部で生成されたヒドロキシルラジカルは、ミトコンドリア機能障害を誘発し、エネルギー産生の低下や更なる活性酸素の発生という悪循環を引き起こします。
活性酸素による核酸の酸化損傷メカニズムの詳細
ヒドロキシルラジカルによる酸化ストレスは、多岐にわたる疾患の発症と進展に深く関与しています。特に注目されているのは、がん、神経変性疾患、循環器疾患、代謝性疾患などです。
神経変性疾患との関連は極めて重要です。ミトコンドリア内で生成されるヒドロキシルラジカルは、パーキンソン病や認知症などの難病の原因物質として知られています。神経細胞は酸素需要が高く、酸化ストレスに対して特に脆弱であるため、ヒドロキシルラジカルによる損傷が蓄積しやすい特徴があります。
参考)https://www.mdpi.com/2076-3921/12/3/652/pdf?version=1678085091
循環器系疾患では、動脈硬化の進行にヒドロキシルラジカルが関与しています。血管内皮細胞が酸化損傷を受けることで、血管の柔軟性が失われ、動脈硬化が促進されます。
参考)活性酸素とは?体内でのはたらきや増え過ぎた場合の健康への悪影…
糖尿病においては、高血糖状態が持続することで終末糖化産物(AGEs)が産生される過程でヒドロキシルラジカルが発生し、タンパク質の障害を引き起こします。この酸化ストレスの亢進が、糖尿病合併症の発症に深く関わっています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/16f4a23bb488605a0c9e2f225a84d11d4938d399
がんとの関連では、ヒドロキシルラジカルによるDNA損傷が遺伝子変異を蓄積させ、発がんリスクを高めることが示されています。特に染色体DNAに形成された8-OHdGの増加は、がん発症リスクの上昇と関連すると考えられています。
免疫機能への影響も報告されており、活性酸素が過剰に増えると細胞や組織を攻撃し、免疫機能の低下を引き起こします。その結果、感染症にかかりやすくなるだけでなく、自己免疫疾患やアレルギー性疾患のリスクも高まります。
酸化ストレスと疾患に関する包括的な解説
ヒドロキシルラジカルは老化現象の主要な促進因子として認識されています。呼吸により体内に取り込まれた酸素の2〜3%は完全に消費されず、フリーラジカルや活性酸素に変化します。
参考)老化を促進する「からだの酸化」とは?
老化のメカニズムとして、「フリーラジカル理論」が広く支持されています。この理論では、活性酸素種による不可逆的な酸化損傷が、テロメア短縮、ゲノム不安定性、エピジェネティック変化、幹細胞枯渇、細胞老化、プロテオスタシス障害といった加齢関連変化を引き起こすと説明されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10965828/
細胞レベルでは、ヒドロキシルラジカルが生体膜や組織を構成する分子を攻撃し、ダメージや損傷を与えることで、老化が促進されます。この「からだの酸化」状態が持続すると、老化症状の促進だけでなく、がん、糖尿病、脂質異常症、動脈硬化などの生活習慣病の発症リスクも高まります。
皮膚の老化においても、ヒドロキシルラジカルは重要な役割を果たします。体内で活性酸素が増加すると、シワやシミが生じ、外見的な老化が進行します。
加齢に伴う抗酸化酵素の産生低下も、ヒドロキシルラジカルの蓄積を加速させる要因となります。若い頃は抗酸化機構が十分に機能していても、加齢とともにその能力が低下し、酸化ストレスが優位な状態になりやすくなります。
興味深いことに、カロリー制限が霊長類において老化関連疾患の発症率を低下させ、寿命を延長させることが20年間の長期研究で示されており、これは細胞内の活性酸素産生を抑制する効果によるものと考えられています。
人体にはヒドロキシルラジカルを含む活性酸素種を無毒化する「抗酸化機構」が備わっています。この防御システムは、抗酸化酵素と抗酸化物質の二層構造で構成されています。
参考)活性酸素ってなに?(後編)
抗酸化酵素による防御として、スーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼが主要な役割を果たします。SODはスーパーオキサイドラジカルを過酸化水素に変換し、カタラーゼとグルタチオンペルオキシダーゼがこの過酸化水素を水と酸素に分解することで、ヒドロキシルラジカルの生成を阻止します。
しかし重要な点として、ヒドロキシルラジカル自体を直接消去できる体内酵素は存在しません。このため、ヒドロキシルラジカルが生成される前の段階、つまり過酸化水素やスーパーオキサイドの段階で除去することが防御の基本戦略となります。
抗酸化物質による捕捉も重要な防御メカニズムです。ヒドロキシルラジカルを捕捉する物質として、以下のものが知られています:
ビタミンCは活性酸素に電子を渡すことで自らラジカルとなりますが、このラジカルは共鳴により安定化され、連鎖反応を防ぐことができます。ビタミンEは脂溶性が高く、生体膜などの疎水性部分に分布して、その周辺で抗酸化作用を発揮します。
酸化ストレスの評価には、尿中の8-OHdGの測定が広く用いられています。この物質はDNA酸化損傷のマーカーとして、活性酸素による生体への影響を鋭敏に反映するため、非侵襲的に酸化ストレスを評価できる優れた指標となっています。
予防的アプローチとしては、抗酸化物質を豊富に含む食品の摂取が推奨されます。カロテノイド類(リコピン、アスタキサンチン)やポリフェノール類(カテキン、クルクミン)などの抗酸化物質は、疫学調査によって健康維持や疾病予防に重要な役割を果たすことが示されています。
放射線や紫外線、喫煙、アスベストなどの化学物質への曝露、激しい運動といった活性酸素の発生要因を避けることも、ヒドロキシルラジカルによる損傷を減らす上で重要です。
体内の抗酸化機構と活性酸素除去の仕組み