肺ラ音の症状と治療方法
肺ラ音の基本知識
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ラ音の定義
肺から発生する副雑音のこと。正常な呼吸音とは異なり、疾患の存在を示唆する。
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主な分類
連続性ラ音(笛音・いびき音)と断続性ラ音(水泡音・捻髪音)に大別される。
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臨床的意義
ラ音の種類と部位から、呼吸器疾患の診断や治療効果の判定に重要な役割を果たす。
肺ラ音の分類と発生メカニズム
肺ラ音は呼吸に伴って胸部で聴こえる副雑音の一種であり、肺から発生する異常呼吸音を指します[1]。副雑音の中でも肺や気道から発生するものをラ音と呼び、その特徴によって大きく2つに分類されます[3]。
- 連続性ラ音(乾性ラ音)
- 笛音(wheezes):ヒューヒュー、キューキュー、ピーピーという高音
- いびき音(rhonchi):グーグーという低音
- 断続性ラ音(湿性ラ音)
- 水泡音(coarse crackles):プツプツ、ポコポコという低調で粗い音
- 捻髪音(fine crackles):パリパリ、チリチリという高調で細かい音
発生メカニズムについては、連続性ラ音は気道の狭窄による乱流が原因で発生します。笛音は細い気管支の狭窄で、いびき音は太い気管支の狭窄や痰の貯留で生じます。一方、断続性ラ音のうち水泡音は気道内の分泌物を空気が通過する際に発生し、捻髪音は虚脱した細気管支や肺胞が吸気時に開くときに発生すると考えられています。
特筆すべきは、呼吸音はレイノルズ数(管の長さ×気流の速度÷動粘度)が2,000を超えると乱流となり発生する点です。安静換気では気管のみでこの数値を超えるため、聴診時には少し大きめの呼吸をさせることが重要となります。
連続性ラ音と断続性ラ音の症状と原因疾患
肺ラ音の種類によって、示唆される症状や原因疾患は異なります。ここでは、各ラ音と関連する臨床像について解説します。
【連続性ラ音】
- 笛音(wheezes)
- 症状:呼吸困難、咳嗽、胸部締め付け感
- 原因疾患:気管支喘息、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、気道異物、腫瘍による気道狭窄
- 特徴:気管支喘息では特に呼気時に顕著に聴取されます。重症度が増すと吸気時にも聴取されるようになり、最重症では逆に音が消失することもあります。
- いびき音(rhonchi)
- 症状:咳嗽、痰、呼吸困難
- 原因疾患:気管支炎、COPD、気管支拡張症、副鼻腔気管支炎
- 特徴:咳をすると一時的に消失または変化することがあります。
【断続性ラ音】
- 水泡音(coarse crackles)
- 症状:湿性咳嗽、痰、発熱(感染症の場合)
- 原因疾患:気管支拡張症、びまん性汎細気管支炎、気管支肺炎、うっ血性心不全
- 特徴:主に吸気初期から聴取され、咳により変化することがあります。
- 捻髪音(fine crackles)
- 症状:乾性咳嗽、労作時呼吸困難、倦怠感
- 原因疾患:間質性肺炎、肺線維症、肺水腫、肺炎の初期
- 特徴:吸気の途中または後半に聴取され、咳をしても消失しません。
また、聴診部位によっても聴こえるラ音は異なります。例えば、前胸部の下部(右が中葉、左が舌区)では鼻炎があるとロンカイ、ランブル、クラックルなど多彩な音が聴かれることがあります。背部の肺底部ではクラックルがよく聴かれ、両側であれば間質性肺炎、右であれば誤嚥性肺炎、左であれば人工呼吸中の肺炎の可能性が高いとされています。
肺ラ音の正確な聴診テクニックと評価方法
肺ラ音を正確に聴取するためには、適切な聴診技術が不可欠です。以下に重要なポイントをまとめます。
【聴診の基本テクニック】
- 聴診器の選択:高音域から低音域まで幅広く聴取できるものが理想的です。
- 聴診器の当て方:肺音は心音よりも高音なので、聴診器をしっかりと胸壁に押し付けて聴きます。
- 呼吸の調整:安静呼吸では聴取できない音もあるため、少し深めの呼吸をしてもらいます。
- 体位:原則として座位で、背部や側胸部の聴診では前屈姿勢にすると背部が広がり聴取しやすくなります。
【聴診のルーチン】
- 対称性を確認するため、左右を比較しながら聴診します。
- 上部から下部へ、前胸部→側胸部→背部の順に聴診します。
- 各部位で吸気と呼気を少なくとも1回ずつ聴取します。
【ラ音の評価ポイント】
- 種類:連続性か断続性か
- タイミング:吸気時か呼気時か、または両方か
- 部位:局所的か広範囲か、左右差があるか
- 強さ:軽度、中等度、重度
- 持続時間:一時的か持続的か
- 変化:体位変換や咳により変化するか
特に注意すべき点として、気管支喘息の発作初期では通常の呼吸では連続性ラ音が聴取されないことがあります。このような場合、強制呼出をさせて胸腔内を強制的に強い陽圧にすることで誘発される笛音(wheezes)を聴取することが診断に有用です。
また、呼吸音の減弱や消失も重要な所見です。呼吸音の減弱は気胸、胸水、肺水腫、気道狭窄などが原因として考えられ、完全な消失は気道閉塞、気胸、無気肺、呼吸停止などの緊急性の高い状態を示唆します。
肺ラ音から判断できる疾患と適切な治療アプローチ
肺ラ音の特徴から疑われる疾患に対して、適切な治療アプローチを選択することが重要です。ここでは、代表的な疾患とその治療法について解説します。
【気管支喘息】
- 特徴的なラ音:呼気時の笛音(wheezes)、重症化すると吸気時にも出現
- 治療アプローチ。
- 急性期:β2刺激薬の吸入、全身ステロイド投与
- 維持療法:吸入ステロイド、長時間作用型β2刺激薬との併用
- 重症例:生物学的製剤(抗IgE抗体、抗IL-5抗体など)
【COPD(慢性閉塞性肺疾患)】
- 特徴的なラ音:呼気の延長、連続性ラ音(wheezes、rhonchi)
- 治療アプローチ。
- 禁煙指導(最も重要)
- 気管支拡張薬:長時間作用型抗コリン薬(LAMA)、長時間作用型β2刺激薬(LABA)
- 増悪時:短期間の全身ステロイド、抗菌薬(感染合併時)
【間質性肺炎】
- 特徴的なラ音:両肺底部の捻髪音(fine crackles)
- 治療アプローチ。
- 特発性肺線維症:抗線維化薬(ピルフェニドン、ニンテダニブ)
- 膠原病関連間質性肺炎:ステロイド、免疫抑制剤
- 進行例:在宅酸素療法、肺移植の検討
【気管支拡張症】
- 特徴的なラ音:水泡音(coarse crackles)、時にrhonchi
- 治療アプローチ。
- 排痰法の指導、体位ドレナージ
- 気道クリアランス補助装置の使用
- 感染時:適切な抗菌薬治療
- 反復感染予防:マクロライド少量長期投与
【肺水腫】
- 特徴的なラ音:両肺底部から始まり上方へ広がる捻髪音や水泡音
- 治療アプローチ。
- 心原性:利尿薬、血管拡張薬、心不全の原因治療
- 非心原性(ARDS):適切な人工呼吸管理、原因疾患の治療
重要なのは、モノフォニック・ウィーズ(単音性の笛音)は治療への反応がよく、ポリフォニック・ウィーズ(多音性の笛音)は全身的なステロイド投与が必要であるという点です。治療法の選択においては、ラ音の特徴だけでなく、他の臨床所見や検査結果も総合的に評価することが必要です。
肺ラ音の経時的変化と治療効果の判定
肺ラ音は疾患の進行や治療への反応によって経時的に変化します。この変化を適切に評価することで、治療効果の判定や治療方針の修正に役立てることができます。
【経時的評価のポイント】
- ラ音の種類の変化
- 例:水泡音が減少し、正常呼吸音に近づく → 分泌物の減少を示唆
- 例:捻髪音が持続する → 線維化の進行を示唆
- ラ音の範囲の変化
- 拡大:病態の悪化や新たな病変の出現
- 縮小:治療効果あり、病態の改善
- ラ音の強さの変化
【疾患別の経時的変化と治療効果判定】
- 気管支喘息
- 治療反応良好:笛音の消失、正常呼吸音の回復
- 部分反応:笛音の減少、局所化
- 治療抵抗性:笛音の持続、吸気相への拡大
- 注意点:最重症例では笛音が消失することがあるため、呼吸状態全体の評価が重要
- 肺炎
- 治療初期:クラックルの性状変化(細かいものから粗いものへ)
- 治療中期:クラックルの範囲縮小
- 治療後期:クラックルの消失、正常呼吸音の回復
- 注意点:クラックルの消失より画像所見の改善が遅れることが多い
- 間質性肺疾患
- 安定期:捻髪音の範囲や強さに大きな変化なし
- 急性増悪:捻髪音の範囲拡大、強さの増強
- 治療反応性:捻髪音の減少(特に非線維化領域)
- 注意点:線維化が進行した領域では治療後も捻髪音が残存することがある
- うっ血性心不全
- 利尿効果良好:肺底部のクラックルの早期消失
- 部分反応:クラックルの上方への進展停止
- 注意点:過剰な利尿により脱水を起こすことがあるため、ラ音の消失と他の臨床所見を併せて評価
肺ラ音の経時的評価は、単回の聴診だけでなく、定期的な聴診記録の比較によって行うことが重要です。また、聴診所見は主観的な要素も含むため、可能であれば電子聴診器による記録や複数の医療者による評価を行うことも検討すべきです。
さらに、治療効果の判定においては、ラ音の変化だけでなく、患者の自覚症状(呼吸困難感、咳嗽、喀痰など)や他の客観的指標(SpO2、肺機能検査、画像所見など)も併せて総合的に評価することが望ましいでしょう。
以上のように、肺ラ音の適切な評価と経時的変化の観察は、呼吸器疾患の診断だけでなく、治療効果の判定や予後予測にも重要な役割を果たします。聴診は非侵襲的で、ベッドサイドで繰り返し実施できる利点があり、呼吸器診療において今なお欠かせない基本的技能であると言えるでしょう。