副腎クリーゼは副腎皮質ホルモン、特にコルチゾールの急激な絶対的・相対的不足により引き起こされる生命を脅かす内分泌救急です。この病態では多彩な症状が同時多発的に出現・進行し、迅速かつ的確な処置がなければ死に至る可能性があります。医療従事者にとって、早期発見と適切な初期対応が患者の予後を大きく左右する重要な疾患といえます。
参考)急性副腎不全(副腎クリーゼ)(Acute adrenal i…
副腎クリーゼの初期症状は非特異的であり、診断を困難にする要因となっています。倦怠感、脱力感、易疲労感などの非特異的症状で始まり、無気力、抑うつ、昏迷などの精神症状がみられることもあります。発熱は微熱から38度以上の高熱まで幅広く、全身痛や関節痛を伴うこともあります。極度の疲労感により日常の動作が困難になり、体重減少や食欲不振が顕著に現れます。重症化すると意識を失い、命の危険が高まるため、これらの症状を見逃さない観察眼が求められます。
参考)https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_16551
消化器症状は副腎クリーゼの特徴的な兆候であり、腹痛、悪心・嘔吐、下痢、食欲不振などが頻繁に出現します。嘔吐や吐き気が頻繁に起こり、食事摂取が困難になることで脱水症状を引き起こす可能性があります。腹痛の程度は軽度から重度まで様々で、急性腹症と誤診されやすい点に注意が必要です。下痢が続くことで体内の水分バランスが崩れ、循環血液量減少を助長します。医療従事者は原因不明の腹部症状を呈する患者において、常に副腎クリーゼの可能性を鑑別診断に含めるべきです。
参考)髄膜炎菌/肺炎球菌で副腎クリーゼ(急性副腎皮質不全)、副腎出…
循環器系の異常は副腎クリーゼにおいて最も重大な症状の一つです。低血圧は最も重要な症状であり、特に起立時に顕著となり、めまいや失神を引き起こします。頻脈も多くの患者に見られ、心臓に負担をかける要因となります。ショック症状として急激な血圧低下、脱水、呼吸困難、意識障害が出現し、治療が遅れると死に至ります。血圧測定や脈拍、体温のモニタリングだけでなく、意識レベルの変化に注目して症状の進行度を把握することが重要です。
参考)急性副腎不全(副腎クリーゼ) 
副腎クリーゼの診断には特徴的な検査所見の把握が不可欠です。一般検査所見として、低ナトリウム血症(血清Na値低下)、高カリウム血症(血清K値上昇)、低血糖、貧血、好酸球増多などを認めます。早朝の血液検査で副腎皮質ホルモン(コルチゾール)の値が低いことが診断基準となります。ストレス下の随時血中コルチゾール値が3~5μg/dl未満なら副腎不全症を強く疑い、本症が疑われればACTH、コルチゾールの測定用検体を採取後、躊躇なく治療を開始します。迅速ACTH負荷試験では血中コルチゾール頂値が18μg/dl未満で副腎不全を疑い、4μg/dl未満なら可能性が高いと判定されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/105/4/105_640/_pdf
副腎クリーゼの診断と治療に関する詳細な診断基準と検査所見について解説された日本内科学会雑誌の論文
副腎の大きな異常(出血や腫瘍など)が疑われる場合、CTやMRIなどの画像検査も検討されます。これらの検査は副腎自体に急性副腎不全を起こすような原因があるかどうか、脳下垂体に腫瘍や病変がないかを調べるために行われます。ただし、クリーゼの急性期はまずは治療を優先するため、状態が落ち着いてから詳細な画像検査を進めるケースもあります。臨床症状のチェックとして、血圧測定や脈拍、体温だけでなく、嘔吐や意識レベルの変化に注目し、特に意識障害が見られる場合には緊急度が高いため、診断を待たずにコルチゾール補充などの治療を開始することもあります。
副腎クリーゼの発症には様々な誘因が関与します。感染症(インフルエンザなど)が63%と最も多く、手術が6%、外傷が6%とされています。慢性副腎不全症患者において何らかのストレスが加わった際に適切な補充量の増量がなされなかったため発症する場合と、いきなり急性に発症する場合があります。ステロイド内服の急な中止、下垂体卒中、両側副腎出血など、短い間に重度のステロイド欠乏をきたす様々な原因で起こりえます。糖質コルチコイドは手術や感染症などのストレスがかかる状況において、身体での需要量が増加するため、副腎の予備能が少ない状況では需要に対して必要な量のホルモンを供給できず副腎クリーゼが引き起こされます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrine/91/Suppl.September/91_73/_pdf/-char/ja
副腎クリーゼの治療は迅速な対応が求められます。本症が疑われれば、ACTH、コルチゾールの測定用検体を採取後、躊躇なく治療を開始することが原則です。ショックや重度の低血圧などがみられる急性期は、数日から1週間程度かけて集中治療または入院治療を行うことが多いです。高用量のステロイド投与や輸液が治療の中心となります。副腎不全治療において欠落ホルモン(コルチゾール、アルドステロン、副腎アンドロゲン)に対して合成ステロイドホルモンの補充が行われます。症状の進行度に応じて、診断を待たずにコルチゾール補充などの治療を開始することが生命予後の改善に繋がります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/97/4/97_766/_pdf
副腎クリーゼの予防は早期発見と適切な管理が鍵となります。慢性の倦怠感、低血圧、色素沈着がある場合は内分泌科で評価を受けることが重要です。自己免疫疾患の既往がある人は定期的な内分泌評価が有用であり、副腎機能不全の家族歴がある場合は注意深い観察を行います。感染や外傷、ストレスがかかった時にはホルモン補充を増量(ストレス用量)し、副腎不全患者は「医療用ステロイドカード」や緊急時の注射薬を携帯することが推奨されます。長期ステロイド使用中に突然中止しないよう医師の指導下で漸減することが必須です。教育と対応マニュアルの共有が生命を守る鍵となります。
参考)アジソン病|病気症状ナビbyクラウドドクター