クラリスロマイシンに切り替えた途端、MAC菌が耐性を獲得し治療不能になる患者がいます。

エリスロシン(成分名:エリスロマイシン)は、1970年代に日本で確立されたマクロライド少量長期療法の根幹を担ってきた薬剤です。びまん性汎細気管支炎(DPB)や気管支拡張症、副鼻腔気管支症候群(SBS)といった慢性気道疾患の管理において、長年にわたって不可欠な存在でした。しかし近年、その供給状況が急激に悪化し、医療現場に大きな混乱をもたらしています。
供給元のメーカー調査によると、エリスロシンの原薬はブルガリアで生産されており、海外製造所における製造トラブルが断続的に発生しています。2025年8月にいったん通常出荷が再開されたものの、同年10月には再度出荷停止に転じるという不安定な状況が続いています。日本呼吸器学会が各製薬会社に聴取したところ、いずれも在庫を保持せず生産と販売を同期させており、今後も供給量が増加する見込みは乏しいとの回答を得ています。
つまり構造的な問題です。この状況を受け、2025年5月に日本呼吸器学会・日本感染症学会・日本化学療法学会の3学会が合同で「気管支拡張症に対するマクロライド系抗菌薬の適正使用のお願い」を発表し、続けて同年12月には日本結核・非結核性抗酸菌症学会も独自の見解を公表しました。
現場への影響は実際に顕在化しており、在庫が尽きた薬局が続出している状況です。処方を継続できなくなる患者が生じていることから、代替薬への切り替えを余儀なくされるケースが増加しています。こうした背景のもと、次節から解説する「代替薬選択の落とし穴」は、すべての医療従事者が把握しておくべき情報です。
参考:日本呼吸器学会「気管支拡張症に対するマクロライド系抗菌薬の適正使用のお願い」(2025年5月)
日本呼吸器学会 公式声明(2025年5月21日)
「同じマクロライド系だから代わりに使えばよい」という発想は、臨床的に非常に危険です。これが原則です。特に肺MAC症(Mycobacterium avium complex肺症)の患者において、クラリスロマイシン(CAM)やアジスロマイシン(AZM)を単剤で使用することは、マクロライド耐性菌を急速に誘導するリスクをはらんでいます。
実際に、Griffith DEらの研究(Am J Respir Crit Care Med, 2006)や、Morimoto Kらによる102症例の解析(Ann Am Thorac Soc, 2016)では、CAMやAZMの単剤投与によって数カ月以内にマクロライド耐性MACが出現することが明確に示されています。耐性が一度成立した場合、クラリスロマイシンを中心に組み立てられた3剤標準治療(CAM+エタンブトール+リファンピシン)が成立しなくなり、その後の治療選択肢は著しく限定されます。
痛いですね。MAC症において、マクロライドは「最後の切り札」的な役割を果たしており、一度耐性を獲得させてしまうと取り返しがつきません。
一方でエリスロマイシン(EM)に関しては、単独少量長期投与を行っても、クラリスロマイシンへの交差耐性が生じにくいことを示唆する日本からの報告が複数存在しています(Komiya K, et al. Int J Antimicrob Agents, 2014; Hosono Y, et al. J Infect Chemother, 2018)。これがエリスロシンがMAC症において特殊な位置づけにある根本的な理由です。
日本結核・非結核性抗酸菌症学会の見解(2025年12月)では、NTM症の患者に対してはCAMやAZMの単剤投与を「避けなくてはならない」と明示しています。クラリスロマイシンが禁忌でないとしても、単剤使用は事実上の禁忌と捉えるべき疾患区分です。
参考:日本結核・非結核性抗酸菌症学会 見解文書(2025年12月22日)
エリスロマイシン・エリスロシン供給不足に対する本学会の見解(PDF)
学会が示す対応方針は、疾患ごとに明確に分かれています。一律に「クラリスに変更する」というアプローチは誤りです。大きく3つの疾患区分で整理してみましょう。
① びまん性汎細気管支炎(DPB)の場合
DPBはマクロライド療法のみが有効な治療薬と位置づけられており、エリスロシンが入手困難な状況では、クラリスロマイシン(CAM)への切り替えが推奨されます。CAMはDPBに対して保険適用内での使用が可能であり、エリスロマイシンと同じ14員環マクロライドとして抗炎症・免疫調節作用を共有しています。DPBの場合がシンプルといえます。
② 気管支拡張症の場合
増悪の既往があり、理学療法や去痰薬でも喀痰症状が持続する症例、または増悪リスクが高いと判断される症例が対象です。ここでは非結核性抗酸菌(NTM)症の存在を確認するプロセスが不可欠になります。具体的には、喀痰培養検査を3回以上行い、NTMが繰り返し陰性かつNTMを示唆する画像所見がなければ、CAMへの切り替えが適応となります。逆に言えば、NTMの除外ができていなければCAMに切り替えてはならないということです。
③ 肺NTM症(MAC症)の場合
最も慎重な判断が求められます。EM投与前の患者で症状が軽微かつ増悪歴がない場合は、マクロライドを投与しないという選択肢が推奨されます。EM療法中の患者であっても、症状が軽微であればEM中止を検討します。EMが有効で中止が難しい症例では、喀痰検査でNTMが3回以上繰り返し培養陰性であることを確認してからCAMへスイッチすることを検討します。これが条件です。
なお、慢性副鼻腔炎のマクロライド療法では成人に対してクラリスロマイシン200mg/日(通常量の半量)が標準的に用いられており、エリスロシンの代替として比較的安全に選択できる疾患の一つです。
日本化学療法学会:気管支拡張症に対するマクロライド系抗菌薬の適正使用のお願い
代替薬として使用するからこそ、クラリスロマイシン固有のリスクを改めて確認しておく必要があります。意外ですね。クラリスロマイシンはCYP3A4の強力な阻害薬であり、エリスロシンと比較してもその阻害作用は顕著に強く、多くの薬剤との相互作用が問題になります。
まず併用禁忌の観点では、スボレキサント(ベルソムラ)、ピモジド、エルゴタミン製剤、ロミタピド、チカグレロル、イブルチニブ、タダラフィル(アドシルカ)などが挙げられます。2025年以降もフィネレノン(ケレンディア)やイサブコナゾニウム(クレセンバ)が順次追加されており、常に最新の添付文書を確認することが必要です。
タクロリムスやシクロスポリンなどの免疫抑制剤との相互作用も臨床上非常に重要です。クラリスロマイシン投与中はこれらの血中濃度が著明に上昇するため、臓器移植後の患者などでは急性拒絶反応や毒性発現のリスクが高まります。定期的な血中濃度モニタリングが欠かせません。
QT延長の観点も見落とせません。エリスロシン同様にクラリスロマイシンもQT延長作用を持っており、抗不整脈薬や抗精神病薬など他のQT延長薬との併用は慎重に検討する必要があります。特に高齢者や心疾患の既往を持つ患者では、切り替え後も心電図モニタリングを継続することが望ましいです。
また、慢性副鼻腔炎でのマクロライド少量長期療法においては、3ヶ月投与で全く無効な症例は速やかに他の治療法へ変更することが推奨されており、有効症例でも連続3〜6ヶ月で一度中止し、症状再燃時に再投与するという原則があります。この管理サイクルを守ることがQT延長を含む副作用リスクの軽減につながります。
東京歯科大学:クラリスロマイシンの併用禁忌医薬品一覧(PDF)
供給不足という限られたリソースの中で、現場が最も悩むのは「今EM療法中の患者を、どの優先度で継続するか」という判断です。これは検索上位記事ではあまり深掘りされていない視点です。
まず、DPB患者は治療の代替手段が事実上存在しないため、最優先でエリスロシンを確保するべき対象と位置づけられます。DPBにおけるEM療法の有効性は1969年以来のデータが裏付けており、生存率に直結するためです。次に、NTMの存在が否定できない気管支拡張症患者もEM優先度が高い患者群です。
一方、軽症の肺NTM症で進展抑制を目的にEM療法を行っていた症例は、供給不足を機にEM中止を検討し、「watchful waiting」(慎重な経過観察)へと移行するという選択肢が学会から明示されています。この方針変更は患者への丁寧な説明が伴うことが前提ですが、医師の判断として合理的な選択肢です。
また、3回以上の喀痰培養が繰り返しNTM陰性であることを確認できた症例では、CAMへのスイッチが相対的に安全に行える患者層となります。つまり「培養結果3回陰性」が切り替えの現実的なGo/No-Goラインです。現場でこの判断ラインを共有しておくことは、チーム医療における意思決定の効率化に直結します。
さらに見落とされがちな点として、患者本人の「治療継続意向の確認」があります。長期にわたってEMを服用してきた患者は、薬が変わることへの不安を持ちやすく、コンプライアンスの低下につながることがあります。代替薬へ切り替える際には、変更の理由・期待される効果・注意すべき副作用を分かりやすく説明し、同意を得たうえで移行することが、長期的な治療成功の鍵を握ります。これは使えそうです。
医療機関内での処方情報の一元管理という観点からも、EM在庫の残量・各患者の疾患区分・NTM培養の直近結果を一覧できる管理表を作成しておくと、急な供給停止時にも迅速かつ適切な対応が可能になります。院内薬剤師と呼吸器科医が連携した管理フローを構築することが、個々の患者への最適な対応を可能にします。
日本呼吸器学会:エリスロシン供給不足に対する日本結核・非結核性抗酸菌症学会見解の周知(2026年1月)

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