ベルソムラ(一般名:スボレキサント)は、2014年に日本で承認された世界初のオレキシン受容体拮抗薬です。脳の視床下部から分泌されるオレキシンという神経ペプチドは、覚醒状態を維持する重要な役割を担っており、オレキシン1受容体(OX1R)とオレキシン2受容体(OX2R)に結合することで覚醒作用を発揮します。
参考)https://midori-hp.or.jp/pharmacy-blog/web20250903
ベルソムラはこれら両方の受容体を同程度に阻害することで、オレキシンの働きを抑制し、覚醒を促進する神経活動をブロックします。従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬がGABA受容体に作用して脳全体を鎮静させるのに対し、ベルソムラは覚醒システムに特異的に作用するため、より生理的な睡眠に近い状態を誘導すると考えられています。
参考)ベルソムラはやばい薬?効果・副作用、依存性リスクを徹底解説 
この作用機序により、筋弛緩作用がないためふらつきや転倒のリスクが低く、呼吸抑制もないため高齢者や呼吸器疾患を持つ患者にも比較的安全に使用できます。臨床試験では不眠症患者に対する有効性が確認されており、日本における市販後調査でも副作用発現率9.7%と良好な忍容性が示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6380968/
デエビゴ(一般名:レンボレキサント)は2020年に承認された、ベルソムラに次ぐ第二世代のオレキシン受容体拮抗薬です。デエビゴもベルソムラと同様に両方のオレキシン受容体を阻害しますが、特にオレキシン2受容体(OX2R)への阻害作用が強いという特徴があります。
参考)ベルソムラ(成分名:スポレキサント)とデエビゴ(成分名:レン…
オレキシン2受容体は主に睡眠維持に関与しており、この受容体への強い阻害作用により、デエビゴはベルソムラよりも強力な催眠効果を示すと考えられています。またデエビゴはオレキシン受容体との結合速度が速いため、血中濃度のピークに達する時間が約1.3時間と短く、即効性がある点も特徴です。
参考)次世代睡眠薬の特徴 - 佐藤病院(精神科・内科)
臨床試験において、デエビゴは入眠困難だけでなく中途覚醒や早朝覚醒にも有効性が示されており、特に睡眠潜時(寝付くまでの時間)を短縮する効果ではベルソムラよりも優れているとする報告があります。市販後調査では傾眠が7.65%、悪夢が1.76%の頻度で報告されていますが、全体としては安全性プロファイルは良好です。
参考)ベルソムラとデエビゴ比較|もいたん|活字中毒
半減期は薬剤の作用持続時間や翌朝への影響を理解する上で重要なパラメータです。ベルソムラの半減期は約10~13時間であるのに対し、デエビゴの実質的な半減期はα相で約6時間です。
参考)https://higashinagoya.hosp.go.jp/files/000228085.pdf
デエビゴの血中濃度は2相性の動態を示し、添付文書にはβ相の半減期として47.4時間と記載されていますが、これは薬物が体内からゆっくり排泄される後半の相を表しています。実際の催眠効果と関連するのは急速に血中濃度が低下するα相であり、約6時間の半減期が臨床的に重要です。
参考)デエビゴの半減期は長い?翌日まで影響するのかを詳しく解説しま…
この半減期の違いにより、ベルソムラは中途覚醒に対してやや有利との報告があります。一方でデエビゴは高用量(10mg)を使用した場合や高齢者では翌朝への眠気の持ち越しが起こりやすいため、服用から起床までに7時間以上確保することが推奨されています。ベルソムラは半減期が比較的短いため、翌朝への持ち越し効果はデエビゴよりも少ない傾向にあります。
両薬剤の副作用プロファイルには共通点と相違点があります。最も頻度の高い副作用は傾眠(翌朝の眠気)で、ベルソムラでは4.7%、デエビゴでは10.7%の発現率が報告されています。デエビゴの方が傾眠の頻度が高いのは、より強力な催眠作用と半減期の長さが関連していると考えられます。
オレキシン受容体拮抗薬の特徴として、レム睡眠を抑制しないため悪夢を見やすくなる傾向があります。ベルソムラではレム睡眠を強化する作用があるため、悪夢の発現率が1~5%未満と報告されています。デエビゴでも悪夢や異常な夢の副作用が報告されており、それぞれ1.76%、0.59%の発現率です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11315815/
両薬剤とも従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬と比較して、依存性や耐性のリスクが低いとされています。筋弛緩作用がないため高齢者の転倒リスクが少なく、呼吸抑制もないため睡眠時無呼吸症候群の患者にも使用しやすい利点があります。長期投与においても効果の減弱や投与中止時の離脱症状が少ないことが臨床試験で示されています。
参考)https://taguchi-gyne.com/diary/62368
用法用量については、ベルソムラは成人に対して20mg、高齢者には15mgを就寝直前に投与します。デエビゴは5mgを就寝直前に投与し、症状に応じて10mgまで増量可能です。デエビゴには2.5mgという低用量製剤があり、より少量から開始できる点が利点です。
参考)ベルソムラの効果・副作用を医師が解説【デエビゴとの違い・15…
相互作用に関しては大きな違いがあります。ベルソムラはCYP3A4で代謝されるため、イトラコナゾールやクラリスロマイシンなどの強力なCYP3A阻害薬との併用は禁忌とされています。中程度のCYP3A阻害薬との併用時は10mgへの減量が推奨されます。
参考)https://yakuzai.kuhp.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2022/01/dinews138_insomnia-drug_CYP_interaction_201211.pdf
一方、デエビゴには併用禁忌薬は基本的にありませんが、強力または中程度のCYP3A阻害薬との併用時には必ず2.5mgへの減量が必要です。この相互作用の違いにより、多剤併用が必要な患者ではデエビゴの方が処方しやすい場合があります。
参考)https://nmc.kcho.jp/data/media/update_m/yakuzaibu/1.pdf
また、ベルソムラは光や湿度の影響を受けやすいため一包化や粉砕調剤が困難ですが、デエビゴは一包化や粉砕が可能であり、嚥下困難な患者への投与がしやすいという実用上の利点があります。
不眠症は入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒、熟眠障害に分類され、患者の症状に応じた薬剤選択が重要です。デエビゴは血中濃度のピークに達する時間が短く、オレキシン2受容体への強い阻害作用により入眠効果が優れているため、主に入眠困難を訴える患者に適しています。
一方、ベルソムラは中途覚醒時間の短縮にやや有利との報告があり、夜間や早朝に目が覚めてしまう中途覚醒が主な症状の患者に選択されることがあります。ただし両薬剤とも入眠障害と中途覚醒の両方に効果が認められており、明確な使い分け基準は確立されていません。
実際の臨床現場では、薬剤の特性以外にも様々な要因を考慮した選択が行われています。併用薬が多い患者や肝機能障害のある患者ではデエビゴが選択されやすく、翌朝の眠気を避けたい患者や悪夢の訴えがある患者ではベルソムラが選択される傾向があります。多くの医療機関ではデエビゴを第一選択薬、ベルソムラを第二選択薬とするフォーミュラリーを採用しています。
参考)https://www.gifu-upharm.jp/di/formulary/Sleep.pdf
医療経済の観点からも両薬剤には違いがあります。薬価を比較すると、デエビゴ錠5mgの方がベルソムラ錠20mgより安価です。ただし最大用量同士を比較すると薬価差は縮小します。
参考)デエビゴとベルソムラの違い 
処方制限については、ベンゾジアゼピン系睡眠薬には30日までの処方日数制限がありますが、デエビゴとベルソムラを含むオレキシン受容体拮抗薬にはこの制限がありません。これにより長期的な不眠症管理において処方の利便性が高く、患者の通院負担軽減にもつながります。
参考)デエビゴの効果と副作用について【心療内科医が監修】|心療内科…
また、両薬剤とも自動車運転など危険を伴う機械の操作は禁止されており、服用期間中の飲酒も避ける必要があります。妊娠中や授乳中の使用については、動物実験で胎児への影響が確認されているため、投与の必要性を慎重に判断する必要があります。
近年の研究により、オレキシン受容体拮抗薬の新たな可能性が示されています。ワシントン大学の研究では、ベルソムラがβアミロイドの産生を抑制し、アルツハイマー病の予防に寄与する可能性が報告されました。これは睡眠改善以外の付加的効果として注目されています。
デエビゴについては、ベンゾジアゼピン受容体作動薬(BZRA)からの切り替え研究が行われており、SOMNUS研究では直接デエビゴに移行する方法の有効性と安全性が評価されています。14週間後にBZRAの減量や中断が可能となった患者が一定数おり、依存性のある睡眠薬からの脱却戦略として有用性が示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11815157/
市販後調査のデータも蓄積されており、日常診療における実際の使用状況や副作用発現率が明らかになっています。これらのリアルワールドデータは、臨床試験では十分に評価できなかった長期使用時の安全性や、様々な背景を持つ患者での有効性を理解する上で重要です。医療従事者はこれらの最新情報を常にアップデートし、個々の患者に最適な治療選択を行うことが求められます。
睡眠薬デエビゴとベルソムラの違いに関する薬剤師による詳細解説
睡眠専門医によるデエビゴとベルソムラの比較