前頭葉は大脳皮質の中心溝より前方に位置する広範な領域を指します。ヒトの場合、前頭葉は大脳皮質全体の約3分の1という広大な面積を占めており、両側の大脳半球の前部に存在します。前頭葉の内部には機能的に異なる複数の部位が含まれており、一次運動野(ブロードマン4野)、運動前野(6野)、前頭前野(9、10、11野)、眼窩野(12、13、14野)などが存在します。
参考)前頭葉 - Wikipedia
進化的観点から見ると、前頭葉は進化に伴って発達する脳葉であり、ヒトで最大限に発達しています。前頭葉は脳の表面積全体の39%を占めるとされ、他の霊長類と比較しても顕著に大きくなっています。前頭葉の底面は眼窩の上壁に接しており、脳溝の走行は不規則で脳回の形や大きさも個人差が大きいという解剖学的特徴があります。
参考)旧日本労働研究機構(JIL)資料シリーズNo.118 前頭葉…
前頭前皮質(prefrontal cortex、PFC)は、前頭葉の前方部分に位置し、一次運動野と運動前野の前に存在する特定の領域です。前頭連合野、前頭前野、前頭顆粒皮質とも呼ばれるこの領域は、細胞構築学的に明確な特徴を持っています。
参考)前頭前野 - 脳科学辞典
最も重要な構造的特徴は、前頭前皮質が内顆粒層である第Ⅳ層に顆粒状の細胞が密に存在する点です。これは運動前野の無顆粒細胞層とは対照的な特徴であり、前頭前皮質を定義する重要な細胞構築学的基準となっています。大脳皮質の第4層は小型の星状細胞からなり、視床からの入力層として機能します。
参考)前頭前皮質 - Wikipedia
前頭前皮質は外側部、内側部、眼窩部の3つの主要領域に分けられます。外側部には背外側前頭前野(dl-PFC)が含まれ、内側部には前帯状皮質を含む領域が、眼窩部には眼窩前頭皮質(OFC)と前頭前皮質腹内側部(vm-PFC)があります。
脳科学辞典の前頭前野の詳細解説(細胞構築と機能区分について)
前頭葉は複数の機能的に異なる領域を含む大きな構造です。一次運動野は中心溝の前方に位置し、中心前回とも呼ばれ、随意運動の指令を出す重要な役割を担っています。一次運動野は頭頂部から耳に向かって体部位局在性を持ち、頭頂部分に足や体幹、耳側に肩、手、顔面が順番に配置されています。
参考)前頭葉の機能 一次運動野(中心前回)
運動前野(6野)は一次運動野とともに随意運動に関与しています。前頭葉の部位ごとに機能は大きく異なっており、一次運動野と運動前野が運動機能を担う一方で、前頭前野は注意・思考・意欲・情操の中枢となっています。
前頭葉は実行機能と呼ばれる能力に関わり、現在の行動によって生じる未来における結果の認知や、より良い行動の選択、社会的に不適切な応答の抑制、物事の類似点や相違点の判断などに関する能力と関係しています。大脳皮質のドーパミン感受性ニューロンの大半は前頭葉に存在し、ドーパミン系は報酬、注意、長期記憶、計画や意欲と関連しています。
前頭前皮質は「ヒトをヒトたらしめる」脳の最高中枢であり、思考や創造性を担っています。この領域は系統発生的にヒトで最も発達した脳部位であり、大脳全体に占める割合はネコで3.5%、イヌで7%、サルで11.5%、チンパンジーで17%であるのに対し、ヒトでは29%に達します。
前頭前皮質の外側部は、ワーキングメモリー、反応抑制、行動の切り替え、プラニング(計画立案)、推論などの認知・実行機能を主に担っています。ワーキングメモリーは思考や判断、意思決定、言語理解など様々な認知活動と密接に関わる機能であり、必要な情報を一時的に保持する働きと情報処理にも関わる神経システムです。
参考)第24回「ワーキングメモリと前頭葉」|兵庫教育大学大学院連合…
眼窩部(前頭眼窩野)は情動・動機づけ機能とそれに基づく意思決定過程に重要な役割を果たしています。前頭眼窩野には視覚、聴覚、体性感覚とともに味覚、嗅覚情報も収斂しており、扁桃体を中心とする辺縁系とも密接な結び付きがあります。
参考)前頭眼窩野 - 脳科学辞典
前帯状皮質を含む内側部は社会的行動を支えるとともに、葛藤の解決や報酬に基づく選択など多様な機能に関係しています。前頭前皮質は「定型的反応様式では対応できないような状況において、認知的、動機づけ状況を把握し、それに対して適切な判断を行い、行動を適応的に組織化する」という統合的役割を果たしています。
兵庫教育大学フォーラムによるワーキングメモリと前頭葉の関係解説
前頭葉と前頭前皮質の違いを理解することは、臨床診断と治療において極めて重要です。前頭葉全体の障害は運動機能から高次認知機能まで広範な症状を引き起こしますが、前頭前皮質に限定された障害では主に認知・実行機能や情動の問題が現れます。
前頭前皮質は個体発生的に最も遅く成熟する脳部位の一つであり、完全に成熟するのは25歳前後とされています。UCLAの研究によって、前頭葉の白質の髄鞘は10代の被験者より若い成人の被験者において増加していることが発見されています。前頭前皮質の成長は25歳くらいまで続くことがわかっており、このことは複雑な計算や工程を頭の中で順序立てて処理する能力の発達と関連しています。
参考)看護教育のための情報サイト「NurSHARE」
一方、前頭前皮質は老化に伴って最も早く機能低下が起こる部位としても知られており、前頭前皮質がその機能を十全に発揮できる期間は人生の中でかなり限られています。米国国立精神保健研究所の報告によると、前頭前皮質におけるドーパミン活性の減少を起こす遺伝子変異はワーキングメモリ課題における成績の低下と課題中の前頭前皮質の機能の低下に関係し、統合失調症のリスクをわずかに増加させます。
前頭葉の左半球側には運動性言語中枢(ブロードマン44、45野)があり、ここに障害が起きると声は出せても言葉を話すことができなくなるブローカ失語が生じます。前頭前野の障害では注意を集中することができなくなったり、ひとつの動作ばかりを繰り返し別の動作に変えることがむずかしくなる固執傾向が見られます。
前頭前皮質の高次機能は神経伝達物質のドーパミン、セロトニン、ノルエピネフリン、GABAなどによって支えられています。ドーパミンは大脳皮質の中では前頭葉に最も多く分布しており、前頭前皮質の働きに最も重要な役割を果たす神経伝達物質です。前頭前皮質のドーパミン量と認知課題の成績の間には逆U字関係が認められており、前頭前皮質が効率的に働くためにはドーパミン量がある最適レベルにある必要があります。
ウィキペディアの前頭葉解説(構造と機能の概要)