ダコミチニブ(商品名:ビジンプロ)は、上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)、ヒト上皮細胞増殖因子受容体(HER)2およびHER4を阻害するチロシンキナーゼ阻害剤です。この薬剤の最も重要な特徴は、ErbB受容体ファミリー(EGFR、HER2、HER3、HER4)が形成するホモおよびヘテロダイマーによるシグナル伝達を不可逆的に阻害することです。
ダコミチニブのチロシンキナーゼ活性阻害作用は、HERファミリーのアデノシン三リン酸(ATP)結合部位においてATP結合ポケットのシステイン残基と共有結合することで発揮されます。この不可逆的な結合により、持続的に異常シグナルを遮断し、腫瘍細胞の増殖を抑制します。
In vitro試験では、ダコミチニブは以下のIC50値を示しています。
また、無傷細胞におけるEGF刺激によるHER-1自己リン酸化阻害のIC50値は3.5 nmol/Lと、非常に強力な阻害活性を示します。
ダコミチニブは「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」を効能・効果として承認されています。特にExon 19欠失またはL858R変異を有する患者に対して有効性が確認されています。
国際共同第III相試験(ARCHER 1050試験)では、EGFR遺伝子変異陽性の未治療進行非小細胞肺癌患者において、ダコミチニブはゲフィチニブと比較して統計学的に有意な無増悪生存期間(PFS)の延長を示しました。この結果により、一次治療としての地位を確立しています。
前臨床試験では、HERファミリーを発現または過剰発現する4種のヒト腫瘍異種移植モデルおよび2種のEGFR変異NSCLC モデルにおいて抗腫瘍効果を示し、腫瘍の増殖遅延から完全退縮までの治療効果が確認されています。
ダコミチニブの副作用は、その作用機序に関連した特徴的なパターンを示します。安全性解析対象227例における主な副作用の発現率は以下の通りです。
高頻度副作用(10%以上)
重大な副作用
これらの副作用の多くは、EGFRが正常組織(皮膚、消化管粘膜、毛包など)にも発現していることに起因します。特に皮膚毒性と消化器毒性は、EGFR阻害剤に共通してみられる用量制限毒性として知られています。
ダコミチニブの標準用法・用量は、通常成人に1日1回45mgを経口投与です。患者の状態により適宜減量が行われ、以下の段階的減量スケジュールが設定されています。
減量段階
副作用別の処置基準
間質性肺疾患(ILD)が発現した場合は、全Gradeで投与を中止します。
下痢に対しては。
皮膚毒性(発疹、紅斑及び剥離を伴う皮膚症状)に対しては。
その他の副作用については、Grade3または4の場合にGrade2以下に回復するまで休薬し、回復後1段階減量して再開することが推奨されています。
ダコミチニブは主にCYP2D6を阻害するため、CYP2D6基質との併用に注意が必要です。
CYP2D6基質との相互作用
併用注意薬剤には以下があります。
これらの薬剤との併用により血中濃度が上昇し、副作用の発現頻度および重症度が増加する可能性があるため、患者の状態を注意深く観察する必要があります。
胃内pH上昇薬剤との相互作用
プロトンポンプ阻害剤(ラベプラゾール等)との併用は可能な限り避けることが推奨されています。これらの薬剤が胃内pHを上昇させるため、ダコミチニブの吸収が低下し、血中濃度が低下して有効性が減弱する可能性があります。
特殊な患者集団への配慮
妊娠可能な女性に対しては、治療期間中および最終投与後少なくとも17日間は適切な避妊を行うよう指導する必要があります。非臨床試験において、妊娠ラットへの投与で胎児重量減少が認められており、生殖毒性および発達毒性が重要な潜在的リスクとして設定されています。
肝機能障害患者では、ダコミチニブの血中濃度が上昇する可能性があるため、より慎重な観察と適切な減量が必要となる場合があります。また、腎機能障害患者においても、薬物動態への影響を考慮した投与調整が重要です。
ダコミチニブは1日1回の経口投与という利便性を持ちながら、強力な抗腫瘍効果を示す薬剤ですが、その効果を最大限に発揮するためには、適切な副作用管理と薬物相互作用への配慮が不可欠です。医療従事者は、これらの特性を十分に理解し、個々の患者に応じた最適な治療を提供することが求められます。