バルベナジントシル酸塩(商品名:ジスバル)は、遅発性ジスキネジア治療薬として2021年に日本で承認された革新的な治療薬です。本薬剤の有効成分は、小胞モノアミントランスポーター(VMAT)2に対して高い選択性を示すプロドラッグとして設計されています。
VMAT2は中枢神経系の前シナプスにおいて、ドパミンなどのモノアミンを細胞質からシナプス小胞へ取り込む役割を担っています。バルベナジンは体内で活性代謝物である[+]-α-ジヒドロテトラベナジン([+]-α-DHTBZ)に変換され、この活性代謝物がVMAT2を選択的に阻害することで、シナプス間隙でのドパミン濃度を調節し、遅発性ジスキネジアの症状改善をもたらします。
非臨床試験では、バルベナジンの活性代謝物がラット及びヒトVMAT2に高い結合親和性を示すことが確認されており、眼瞼下垂、自発運動量減少、血中プロラクチン値上昇といった脳内モノアミン減少の代替マーカーが観察されています。これらの所見は、本薬剤のVMAT2阻害作用が確実に発揮されていることを示す重要な証拠となっています。
国内第Ⅱ/Ⅲ相試験(試験番号:MT-5199-J02)において、統合失調症、統合失調感情障害、双極性障害、または抑うつ障害に合併する遅発性ジスキネジア患者を対象とした検討が行われました。この試験では、バルベナジン40mg/日および80mg/日の両用量群で、プラセボ群と比較して異常不随意運動の有意な改善が認められました。
特筆すべきは、治療効果が48週間にわたって持続することが示された点です。これは遅発性ジスキネジア患者にとって極めて重要な知見であり、長期間の症状コントロールが期待できることを意味しています。また、40mg/日および80mg/日のいずれの用量においても忍容性に問題がないことが確認されており、安全性プロファイルも良好であることが示されています。
薬物動態学的観点から見ると、バルベナジン40mg投与時の最高血漿中濃度(Cmax)は542±164ng/mL、80mg投与時は1260±344ng/mLとなり、用量に応じた血漿中濃度の上昇が確認されています。到達時間(tmax)は0.5~2.0時間と比較的早く、効果発現の迅速性も期待できます。
バルベナジントシル酸塩の使用に際して、医療従事者が特に注意すべき重大な副作用がいくつか報告されています。最も頻度が高く重要な副作用は傾眠・鎮静で、これらの症状は患者の日常生活に大きな影響を与える可能性があります。
国内臨床試験のプラセボ対照短期投与期間において、傾眠の発現率はバルベナジン40mg群で11.8%、80mg群で25.0%と用量依存的な増加が認められ、プラセボ群の2.4%と比較して明らかに高い値を示しました。この傾眠は軽度から中等度の程度でしたが、患者の生活の質や社会復帰に影響を与える可能性があるため、十分な観察が必要です。
悪性症候群は頻度不明ながら最も重篤な副作用の一つです。無動緘黙、強度筋強剛、嚥下困難、頻脈、血圧変動、発汗等が発現し、それに引き続いて発熱がみられる場合は、直ちに投与を中止し、体冷却、水分補給等の全身管理とともに適切な処置を行う必要があります。本症発症時には白血球増加や血清CK上昇がみられることが多く、ミオグロビン尿を伴う腎機能低下が生じる可能性もあります。
重篤な過敏症についても注意が必要で、アナフィラキシー、血管浮腫、蕁麻疹等の症状が現れた場合は投与を中止し、適切な処置を行わなければなりません。
バルベナジントシル酸塩は主にCYP3AおよびCYP2D6によって代謝されるため、これらの酵素に影響を与える薬剤との相互作用に特に注意が必要です。
CYP3A阻害剤との併用では、イトラコナゾール、クラリスロマイシン、エリスロマイシンなどの中程度以上のCYP3A阻害剤により、バルベナジンおよび活性代謝物の血漿中濃度が上昇するおそれがあります。強いCYP3A阻害剤を併用する場合には、本剤の用量調節が必要となります。
CYP2D6阻害剤についても同様で、パロキセチン、キニジン、ダコミチニブなどとの併用により活性代謝物の血漿中濃度が上昇する可能性があります。強いCYP2D6阻害剤を併用する場合には用量調節を検討する必要があります。
特に注意すべきは、遺伝的にCYP2D6の活性が欠損している患者(Poor Metabolizer)において、中程度以上のCYP3A阻害剤を使用している場合です。この場合、活性代謝物の血漿中濃度が著しく上昇し、過度なQT延長等の重篤な副作用を発現するリスクが高まります。
P-糖蛋白(P-gp)の基質薬剤であるジゴキシン、アリスキレン、ダビガトランなどとの併用時には、本剤のP-gp阻害作用により、これらの薬剤の血漿中濃度が上昇する可能性があるため、副作用の発現に注意深く観察する必要があります。
バルベナジントシル酸塩の使用において、精神科領域では特に慎重な対応が求められる重要な潜在的リスクが存在します。うつ病および自殺関連リスクは、本薬剤使用時の最も重要な安全性上の懸念の一つです。
国内第Ⅱ/Ⅲ相試験の長期投与期間および海外臨床試験において、本剤との因果関係を否定できない重篤な自殺関連有害事象が報告されています。国内臨床試験では実際に自殺による死亡例も確認されており、この点は臨床使用において極めて重要な注意事項となっています。
遅発性ジスキネジア患者の多くは、統合失調症、双極性障害、うつ病などの精神疾患を基礎疾患として有しているため、これらの疾患の悪化リスクも考慮する必要があります。臨床試験では統合失調症の悪化が1%以上5%未満の頻度で報告されており、うつ病の悪化、抑うつ状態、双極性障害の悪化なども同様の頻度で認められています。
さらに注目すべきは、自殺念慮や自殺企図が1%未満の頻度ながら報告されていることです。これらの症状は軽微に見えても患者の生命に直結する重大な問題であるため、投与開始前および投与中は患者の精神状態を慎重に評価し、必要に応じて精神科専門医との連携を図ることが不可欠です。
また、脱抑制、激越、異常行動、注意力障害なども報告されており、これらの症状は患者の社会生活や治療継続に大きな影響を与える可能性があります。特に外来治療を行っている患者では、家族や介護者への十分な説明と協力体制の構築が重要となります。
医療従事者としては、これらのリスクを十分に理解し、患者および家族に対して適切な情報提供を行うとともに、定期的な精神状態の評価と早期の異常発見に努める必要があります。また、他の精神科治療薬との相互作用や相加効果についても十分に検討し、総合的な治療計画の中で本薬剤の位置づけを慎重に決定することが求められます。