眼瞼下垂症とは、上まぶたが正常な位置まで挙上できず、瞳孔を部分的または完全に覆ってしまう状態を指します。顔を正面に向けたときに、まぶたが瞳孔の上まで十分に上げられないことが特徴です。
患者が訴える主な自覚症状には以下のようなものがあります。
特に注目すべきは、眼瞼下垂症の患者は無意識のうちに前頭筋(おでこの筋肉)を使って上まぶたを持ち上げようとするため、おでこにしわが深くなったり、眉毛が通常より上がったりするという代償行動がみられることです。また顎を上げて視野を確保しようとする姿勢異常も特徴的です。
眼瞼下垂の程度は以下のように分類されます。
日常診療では、患者自身が眉毛を挙上することで症状を代償している場合があり、軽度と誤って判断してしまうケースがあるため注意が必要です。
眼瞼下垂症は発症時期や原因によって大きく以下の3つに分類されます。
1. 先天性眼瞼下垂症
生まれつきまぶたを上げる主な筋肉(眼瞼挙筋)または、それを支配する神経(動眼神経)の働きが低下している状態です。約80%が片側性に発症するのが特徴です。また単に上まぶたの開きが悪いだけでなく、下方への動きも制限される場合があり、まぶたを閉じた際に白目が見えることもあります。
早期発見と治療が重要であり、放置すると弱視を合併するリスクがあります。特に小児例では眼科医との連携が不可欠です。
2. 後天性眼瞼下垂症
加齢に伴う変化が最も一般的な原因です。主に以下のメカニズムで発症します。
この他にも、長期にわたるコンタクトレンズ使用、眼部外傷、眼科手術後(特に白内障手術)、神経疾患(重症筋無力症、脳卒中など)に伴う症例も報告されています。
3. 偽性眼瞼下垂症
実際には眼瞼挙筋の機能が正常であるにもかかわらず、以下のような理由で眼瞼下垂のように見える状態です。
重要なポイントとして、後天性と偽性眼瞼下垂症が合併しているケースも少なくないため、正確な診断が治療方針決定に重要となります。
眼瞼下垂症の診断に際しては、詳細な病歴聴取と的確な診察が必要です。また鑑別すべき疾患も多岐にわたるため、系統的なアプローチが重要です。
診断のポイント
特に眼瞼挙筋機能評価は重要で、下方視から正面視に変えた際の上眼瞼の移動距離(mm)で表します。
顕著な左右差や、急速な進行がある場合は基礎疾患の検索が必要です。
鑑別すべき重要疾患
急に片側のまぶたが下がった場合は、以下の疾患を考慮する必要があります。
日内変動が大きく、夕方に症状が悪化する場合は重症筋無力症の可能性があります。テンシロンテストやアイスパックテスト、抗AChR抗体検査などで鑑別します。
また、全身性疾患に伴う眼瞼下垂症としては以下の疾患があります。
これらの鑑別が必要な場合は、神経内科や眼科との連携が重要となります。
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眼瞼下垂症の根本的治療法は手術しかありません。まぶたの筋肉を鍛えるトレーニングや薬物療法では効果は期待できません。手術方法は、下垂の原因や程度、眼瞼挙筋の機能状態によって選択されます。
1. 眼瞼挙筋機能が良好~中等度の場合
挙筋腱膜前転法(眼瞼挙筋腱膜前転術)
2. 眼瞼挙筋機能が不良の場合
前頭筋吊り上げ術(筋膜移植術)
3. 皮膚のたるみが主原因の場合(偽性眼瞼下垂)
眉下切開法(眉下皮膚切除術)
4. 複合的な要因による場合
後天性眼瞼下垂と皮膚弛緩が合併している場合は、上記の術式を組み合わせることもあります。例えば、挙筋腱膜前転術と皮膚切除を併用するなどの方法があります。
手術術式選択の基準
術前に詳細な検査と説明を行い、患者の状態と希望を考慮した上で最適な術式を選択することが重要です。また、重度の症例や複雑な病態では、大学病院などの専門施設への紹介が考慮されます。
眼瞼下垂症の手術は比較的安全な手術ですが、術後経過や合併症についての正確な知識は医療従事者にとって必須です。近年の研究により、術後管理の改善点も明らかになってきています。
術後の一般的経過
重要なポイントとして、術後3~6ヶ月で自発性瞬目が健常者に近づき安定することが研究により明らかになっています。
主な術後合併症とその対策
1. ドライアイ
術後一過性のドライアイは比較的高頻度にみられますが、近年の研究では、ほとんどの場合3ヶ月以降に自然回復することが客観的に示されています。
2. 術後の視力・屈折変化
まぶたによる眼球圧迫の変化により、屈折異常(特に乱視)が変化することがあります。
3. まぶたの開閉異常
特筆すべきは、涙液動態に関する最新の知見です。術前の涙液貯留量が多い症例ほど術後の涙液減少が大きく、機能性流涙症例では眼瞼下垂手術が流涙改善に有効である可能性が示唆されています。
術後フォローアップスケジュール
標準的なフォローアップは以下の通りです。
術後3~6ヶ月は特に重要な観察期間であり、この時期に自発性瞬目の安定、涙液動態の改善、瞼の最終的な位置の確定が見られます。
眼瞼下垂症の分野において、近年注目されている新たな疾患概念が「眼瞼挙筋腱膜すべり症」です。これは従来の分類では明確に位置づけられていなかった病態であり、治療アプローチにも影響を与える重要な概念です。
眼瞼挙筋腱膜すべり症の概念
眼瞼挙筋腱膜すべり症とは、眼瞼挙筋腱膜が瞼板から剥離したり、伸展したりせず、瞼板上を滑るように可動性が増加した状態を指します。従来の腱膜性眼瞼下垂とは異なるメカニズムで発症し、特徴的な臨床所見を示します。
臨床的特徴と診断ポイント
この病態の発見は、従来「難治性」とされてきた眼瞼下垂症例の一部に対する理解を深め、より適切な治療選択につながる可能性があります。
治療アプローチ
眼瞼挙筋腱膜すべり症に対しては、従来の挙筋腱膜前転法とは異なるアプローチが効果的とされています。
これらの術式は従来の挙筋短縮術や前転法に比べ、すべり症の病態に特化したアプローチとなります。
臨床応用の意義
眼瞼挙筋腱膜すべり症の概念は、以下の点で臨床的意義が高いと考えられます。
この新しい概念は、まだ広く認知されているとは言えませんが、眼瞼下垂症診療の質を向上させる可能性がある重要な知見です。特に「窪んでる目」を訴える患者や、従来の手術で効果が不十分だった症例に出会った際には、この概念を念頭に置いた診察と治療方針の検討が望まれます。