アフリカミドリザル腎臓から樹立されたVero細胞は、1962年に千葉大学医学部の安村美博博士によって日本国内で樹立された培養細胞株です。この細胞株は約半世紀にわたって、世界中の微生物学研究、病原体検査、そしてワクチン製造において中核的な役割を果たしてきました。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/7469-450r09.html
Vero細胞の最大の特徴は、多様なウイルスに対する優れた増殖性と、各種細菌毒素に対する感受性の高さです。これらの特性により、世界保健機関(WHO)も公式に認めるワクチン製造用細胞として位置づけられています。
主な特徴:
医療従事者にとって重要なのは、このVero細胞がマウス脳由来成分のような副反応リスクを回避できることです。従来のマウス脳由来日本脳炎ワクチンで問題となったADEM(急性散在性脳脊髄炎)のリスクを大幅に軽減し、より安全なワクチン製造を可能にしました。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/04/dl/s0421-4i_0006.pdf
現代のワクチン製造における安全性評価は、多層的な品質管理システムによって支えられています。アフリカミドリザル由来Vero細胞を用いたワクチン製造では、特に内在性レトロウイルスの監視が重要な課題となっています。
参考)https://www.niid.jihs.go.jp/content2/research_information/molecular_biology/20250321172955.html
最新のゲノム解析技術により、Vero細胞内に存在する内在性サル・D型レトロウイルス(SERV)の詳細な配列解析が行われています。国立感染症研究所の研究チームは、継代履歴の異なる複数のVero細胞株について全ゲノム配列を解読し、内在性ウイルス配列の多様性を詳細に分析しました。
安全性管理の重要ポイント:
日本脳炎ワクチンにおいては、細胞培養由来であっても完全にADEMリスクが排除されるわけではないことが報告されています。しかし、マウス脳由来ワクチンと比較して、明らかに安全性プロファイルが改善されており、厚生労働省の予防接種部会でも高く評価されています。
近年注目されているのが、アフリカミドリザル由来技術を活用した鼻腔内投与ワクチンの開発です。従来の筋肉注射型ワクチンとは異なり、鼻腔粘膜から投与することで、全身免疫と粘膜免疫の両方を誘導できる革新的なアプローチです。
参考)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFE2857K0Y1A720C2000000/
新型コロナウイルス対策としても、アフリカミドリザルを用いた鼻腔内ワクチンの研究が進んでいます。アフリカミドリザルに1回投与した実験では有望な結果が得られており、従来の注射型ワクチンを補完する新しい選択肢として期待されています。
鼻腔内投与ワクチンの利点:
現在、複数の鼻腔内COVID-19ワクチンが臨床試験段階にあり、ウイルスベクター型から非ウイルス型バイオマテリアル製剤まで多様なアプローチが検証されています。特に小児への適用において、恐怖心を軽減できる大きなメリットがあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10041562/
世界的なワクチン製造において、アフリカミドリザル由来Vero細胞は国際的な品質基準の中核を成しています。世界保健機関(WHO)をはじめとする国際機関が定める厳格な品質管理要件をクリアしており、各国の規制当局からも高い信頼性を得ています。
日本国内では、厚生労働省が「乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン製剤の使用に当たっての留意事項」を通知し、Vero細胞を用いて製造される初めての医薬品として特別な注意を払って導入されました。これは、新しい技術に対する慎重なアプローチを示すものです。
国際品質基準の要件:
KMバイオロジクス社の新型コロナウイルス不活化ワクチン「KD-414」では、アフリカミドリザル腎細胞由来のVero細胞でウイルス株を培養し、ホルマリンで不活化する従来型の製造法を採用しています。この手法は、インフルエンザワクチンと同様の「不活化ワクチン」として、一般的に安全性が高いとされています。
参考)https://www.data-max.co.jp/article/44381
アフリカミドリザル由来技術を基盤としたワクチン開発は、今後も医療界において重要な位置を占め続けるでしょう。特に、パンデミック対策や新興感染症への迅速な対応において、その価値がますます高まっています。
歴史を振り返ると、ポリオワクチンの開発においてもアフリカミドリザル腎細胞が重要な役割を果たしました。1953年にJonas Salkがサル腎臓細胞で増殖させたポリオウイルスをホルマリンで不活化したワクチンを開発したのが始まりです。当初はサルの睾丸細胞を用いていましたが、人々の受け入れを考慮して腎臓細胞に切り替えた経緯があります。
参考)https://primate.or.jp/serialization/13%EF%BC%8E%E3%80%8C%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3%E9%96%8B%E7%99%BA%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AB%E5%AD%A6%E3%81%B6%E3%80%8D/
将来的な技術発展の方向性:
しかし、過去にはCutter事件のような深刻な事故も発生しており、品質管理の重要性が改めて認識されています。カリフォルニアのCutter社で製造されたワクチンの接種により204名のポリオ患者が発生し、11名が死亡した事件は、現在の厳格な品質管理体制構築の原点となっています。
現在の技術水準では、ゲノム解析技術の進歩により、従来では検出できなかった微細な品質変化も監視可能になりました。アフリカミドリザル由来Vero細胞においても、内在性レトロウイルス配列の詳細な解析により、より安全なワクチン製造が実現されています。
医療従事者として重要なのは、これらの技術的進歩を正しく理解し、患者さんに適切な情報提供を行うことです。アフリカミドリザル由来ワクチン技術は、現代医療における感染症対策の中核を担っており、今後も継続的な技術革新が期待されます。
黄熱ワクチンのように歴史的に安全性の高いワクチンとして知られるものでも、2001年にCDCから重篤な副反応事例が報告されるなど、継続的な安全性監視が必要です。この教訓から、アフリカミドリザル由来ワクチンにおいても、長期的な安全性データの収集と分析が重要な課題となっています。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/diseases/a/yellow-fever/010/yellow-fever-intro.html