トラスツズマブデルクステカン添付文書の要点と注意事項

トラスツズマブデルクステカン(エンハーツ)の添付文書を正確に理解していますか?ILD発現時の対応、用量設定の疾患別ルール、取り違え防止まで医療従事者が押さえるべき重要事項を解説します。

トラスツズマブデルクステカン添付文書の重要事項と適正使用

Grade 1のILDでもあなたは原則として投与を再開できません。


📋 この記事の3ポイント要約
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間質性肺疾患(ILD)は軽症でも原則中止

Grade 1のILD発現時でも「原則として再開しない」と添付文書に明記。他の副作用と同じ感覚で対処すると重大なリスクにつながります。

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胃癌のみ用量が異なる(6.4mg/kg)

乳癌・肺癌の標準投与量5.4mg/kgとは異なり、HER2陽性胃癌は6.4mg/kgが標準。疾患によって減量ラインも変わる点に注意が必要です。

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名称類似薬との取り違えリスク

添付文書8.4項でトラスツズマブ、トラスツズマブ エムタンシンとの取り違え注意が明記。3剤は名称が酷似しており、調剤・投与の各段階での確認が不可欠です。


トラスツズマブデルクステカンの作用機序と適応疾患の概要

トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd、商品名:エンハーツ)は、第一三共が開発した抗体薬物複合体(ADC)です。抗HER2ヒト化モノクローナル抗体と、トポイソメラーゼⅠ阻害作用を持つカンプトテシン誘導体(DXd)を、腫瘍細胞内切断型ペプチドリンカーを介して結合させた構造を持っています。


この薬剤の最大の特徴は、従来のADCと比べてDAR(Drug-to-Antibody Ratio)が約8と高いこと、そしてペイロードであるDXdが細胞膜を透過しやすい性質を持つため、HER2を直接発現していない周囲の腫瘍細胞にも抗腫瘍効果を及ぼす「バイスタンダー効果」を発揮する点です。これが原則です。


このバイスタンダー効果により、従来は「HER2陰性」と分類されていたHER2低発現・超低発現の乳癌患者にも効果を示すという、革新的な治療展開が実現しました。つまり適応患者の裾野が大きく広がったということです。


2025年8月時点での最新添付文書(第12版)に基づく適応疾患は以下の通りです。


  • 化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳癌
  • ホルモン受容体陽性かつHER2低発現又は超低発現の手術不能又は再発乳癌(2025年8月承認)
  • 化学療法歴のあるHER2低発現の手術不能又は再発乳癌
  • がん化学療法後に増悪したHER2(ERBB2)遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌
  • がん化学療法後に増悪したHER2陽性の治癒切除不能な進行・再発の胃癌


2025年8月に承認されたHER2超低発現乳癌への適応は、IHC法で0のうち≦10%の腫瘍細胞にかすかな膜染色が認められる患者が対象です。これは画期的なことですね。検査には承認された体外診断用医薬品(コンパニオン診断薬)の使用が必須となっており、適切な病理検査の実施が前提条件として添付文書に明記されています。


薬価は1瓶(100mg)あたり192,652円(2025年8月現在)です。60kgの患者に5.4mg/kgを投与する場合、1回あたり約324mgが必要となり、2本使用で約385,000円超のコストが発生します。高額療養費制度の対象となりますが、投与前にコスト面の確認と患者説明も医療従事者として押さえておきたい視点です。


参考:PMDA 医療用医薬品情報 エンハーツ添付文書(最新版)
https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/rdSearch/02/4291452D1029?user=1


トラスツズマブデルクステカン添付文書における用法・用量と疾患別の投与量の違い

添付文書第6項に定められた標準投与量は、疾患によって異なります。ここは見落としがちなポイントです。


乳癌(HER2陽性・低発現・超低発現)および非小細胞肺癌(HER2遺伝子変異陽性)については、1回5.4mg/kg(体重)を90分かけて3週間間隔で点滴静注します。一方、HER2陽性胃癌については、1回6.4mg/kg(体重)を同様に90分・3週間間隔で投与します。


この「乳癌・肺癌は5.4、胃癌は6.4」という違いは、臨床試験の有効用量設定の結果に基づくものです。重要なのは、減量ラインも疾患によって異なる点です。


項目 乳癌・肺癌 胃癌
通常投与量 5.4mg/kg 6.4mg/kg
一次減量 4.4mg/kg 5.4mg/kg
二次減量 3.2mg/kg 4.4mg/kg
中止基準 3.2mg/kgで忍容性不良 4.4mg/kgで忍容性不良


胃癌で一次減量した際の5.4mg/kgは、乳癌の通常投与量と同じ数値です。これが誤解を生む可能性があります。


初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30分まで短縮できます。ただし投与速度の短縮はあくまで「良好な忍容性が確認された場合のみ」であり、Infusion reactionの発現歴がある患者では慎重に判断する必要があります。投与時間の短縮は利便性向上に貢献しますが、省略できる確認プロセスではありません。


調製に関しても添付文書第14項に厳密な手順が示されています。日本薬局方注射用水5mLで溶解後(20mg/mL濃度)、5%ブドウ糖注射液100mLに希釈するという手順が定められており、生理食塩液への溶解・希釈、また同一ラインでの生理食塩液との混合投与は禁止されています。希釈液の選択を誤ると配合変化のリスクがあるため、ブドウ糖液を使う原則を必ず遵守してください。


また、0.2μmのインラインフィルター(ポリエーテルスルホン製またはポリスルホン製)を通して投与することも必須です。他剤との混注も禁止されています。调製後の保存は遮光した状態で2〜8℃・24時間以内とし、室温での調製と投与は合わせて4時間以内という制約もあります。薬剤師と看護師間で情報共有をしておくことが重要です。


トラスツズマブデルクステカン添付文書の最重要警告:間質性肺疾患(ILD)の管理

添付文書の「警告」欄(第1項)に記載されているILD(間質性肺疾患)は、本剤を扱う医療従事者全員が熟知すべき最重要リスクです。死亡例が報告されているため、警告欄に掲載されています。


旧版(2020年初版)の添付文書では、ILDの発現頻度は8.2%と記載されていました。現在の添付文書(第12版)ではより細分化されたデータが更新されています。Grade 1のILDでも「原則として再開しない」という強い制約が設けられています。


ILD Grade 処置
Grade 1 投与中止・原則として再開しない。ただし、すべての所見が消失しかつ有益性が危険性を大きく上回る場合のみ、1用量レベル減量で再開を検討可。再発時は中止。
Grade 2〜4 即時投与中止(再開不可)


Grade 1であっても「経過観察しながら継続」ではなく、まず投与を止めることが原則です。これは意外ですね。他の多くの抗がん剤ではGrade 1では継続可の記載が多いのと対照的で、T-DXdのILD管理がいかに厳格かがわかります。


投与前には必ず胸部CTと問診を実施し、ILDの合併・既往歴がないことを確認します。投与中は定期的にSpO₂測定、胸部X線・CT検査を実施し、初期症状(呼吸困難、咳嗽、発熱)の有無を毎サイクル確認する必要があります。また、呼吸器疾患の診断に精通した医師と連携して使用することが添付文書上の要件として明示されています。


血清マーカーとしてはKL-6などの測定や、PaO₂、肺胞気動脈血酸素分圧較差(A-aDO₂)、肺拡散能力(DLco)なども必要に応じて実施します。ILD発症時には副腎皮質ホルモン剤の投与等の適切な処置が必要です。


ILD既往歴のある患者への投与については「間質性肺疾患が発現又は増悪し、死亡に至る可能性がある」と明記されており、禁忌ではないものの慎重な判断が求められます。リスクとベネフィットを患者・家族に十分説明した上で判断することが前提条件です。


参考:エンハーツ間質性肺疾患に関する留意事項(日本呼吸器学会)
https://www.jrs.or.jp/information/file/cceea79a44988328a087b1248bed93e2a8132725.pdf


トラスツズマブデルクステカン添付文書で見落としやすい注意事項:取り違えリスクと心毒性管理

添付文書8.4項には「本剤の使用にあたっては、本剤と一般名が類似しているトラスツズマブ及びトラスツズマブ エムタンシンとの取り違えに注意すること」と明記されています。これは必須の確認事項です。


3剤の名称を並べると、その類似性は明らかです。


  • トラスツズマブ(ハーセプチン)
  • トラスツズマブ エムタンシン(カドサイラ)
  • トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)


3剤はいずれも「トラスツズマブ」を冠しており、投与量・副作用プロファイル・適応疾患が異なります。処方箋確認の際に「トラスツズマブ」という文字列を認識した瞬間に思考が止まると、取り違えが発生する危険性があります。商品名(ハーセプチン・カドサイラ・エンハーツ)でのダブルチェックを習慣化することが有効な防止策です。


次に心毒性管理についてです。添付文書8.2項では「左室駆出率(LVEF)が低下することがあるので、投与開始前に患者の心機能を確認すること」とされています。投与中は心症状に応じて適宜心エコー等を実施し、LVEFの変動を監視します。


LVEF管理の基準は以下の通りです。


LVEF値 ベースラインからの変化 処置
40%以上45%以下 絶対値の低下 <10% 休薬を考慮し3週間以内に再測定
40%以上45%以下 絶対値の低下 ≥10%かつ≤20% 休薬・3週間以内に再測定、改善なければ中止
40%未満または絶対値の低下 >20% 休薬・再測定、改善なければ中止
症候性うっ血性心不全 即時投与中止


心毒性リスクが高い患者として、添付文書9.1.3項ではアントラサイクリン系薬剤の投与歴、胸部への放射線治療歴、うっ血性心不全・重篤な不整脈の既往、冠動脈疾患の既往、高血圧症の既往がある患者が列挙されています。乳癌治療ではアントラサイクリン使用歴のある患者が多いため、このリストは実臨床でよく当てはまります。痛いですね。


男性患者への避妊指導も見落とされやすい点です。添付文書9.4.2項では「パートナーが妊娠する可能性のある男性には、投与中及び最終投与後4ヵ月間においてバリア法(コンドーム)を用いた避妊の必要性を説明すること」と明記されています。女性患者への7ヵ月の避妊指導と合わせて確実に行いましょう。


トラスツズマブデルクステカン添付文書からわかる実臨床で生かせる独自視点:複数疾患に使用する際の切り替え管理

一人の患者が「HER2陽性乳癌」から「HER2陽性胃癌(合併)」のような複数のがんを持つケースや、適応追加によって同一薬剤が異なる疾患に使用されるケースが今後増加する可能性があります。これは使えそうです。


T-DXdは同一製剤でありながら、適応疾患によって投与量・減量基準が明確に変わります。乳癌で5.4mg/kgを投与中の患者に対し、別の適応で6.4mg/kg相当の処方が書かれた場合、適応疾患の確認なしには適切な用量判断ができません。これが条件です。


「同じ薬で疾患が変わった」という情報を、処方医・薬剤師・看護師の3職種で共有する仕組みが重要になります。例えば電子カルテ上での適応疾患の明記、処方箋へのコメント記載、投与前の多職種確認シートの活用などが実践的な対策として有効です。


また、添付文書5.1〜5.16項には疾患ごとの「効能または効果に関連する注意」が細かく定められており、それぞれの前治療歴の要件が異なります。


  • HER2陽性乳癌:トラスツズマブ及びタキサン系薬剤による治療歴が必要
  • HER2陽性胃癌:トラスツズマブを含む化学療法歴が必要
  • HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺癌:がん化学療法後に増悪した症例が対象
  • HER2低発現・超低発現乳癌(ホルモン受容体陽性):2025年8月承認、化学療法未治療での使用が可能


適応拡大が続く薬剤では、添付文書の改訂履歴を定期的に確認する習慣が重要です。2025年8月の改訂(第12版)ではHER2超低発現乳癌の適応追加と、それに伴う効能関連注意の追記、避妊期間の数値明記が行われました。添付文書を「一度読んだらOK」と思っている医療従事者は多いですが、改訂のたびに変更点を確認することで見落としリスクを下げることができます。


骨髄抑制(好中球数減少29.9%、貧血21.7%等)に対しては、添付文書8.3項に従い投与開始前・投与中の定期的な血液検査が義務付けられています。発熱性好中球減少症(FN)は1.6%と頻度は低いですが、発現した場合は重篤化リスクがあり、即時対応できる体制を整えておく必要があります。


参考:エンハーツ適正使用ガイド(PMDA掲載版)
https://www.pmda.go.jp/RMP/www/430574/d0b29598-fe09-4105-a18e-b5ae425a092e/430574_42914D0D1026_10_010RMPm.pdf