モノクローナル抗体(monoclonal antibody)とは、単一の抗体産生細胞をクローニングして作られた抗体です。英語では「mAb」または「moAb」と略されることもあります。通常の抗体(ポリクローナル抗体)が様々な抗体分子種の混合物であるのに対し、モノクローナル抗体は分子種が均一であるという特徴を持っています。
モノクローナル抗体の最大の特徴は、その高い「特異性」にあります。抗原は複数のエピトープ(抗原決定基)を持つことが多く、ポリクローナル抗体はそれぞれのエピトープに対する抗体の混合物となります。一方、モノクローナル抗体では抗原のエピトープが単一であるため、抗原特異性も単一となります。この特異性の高さが、モノクローナル抗体を医薬品として非常に価値あるものにしています。
モノクローナル抗体は、1975年にハイブリドーマを用いたマウスモノクローナル抗体作製技術の確立により開発が加速しました。その後、1986年に最初の抗体医薬品が承認されて以来、現在までに162もの抗体医薬品が承認されています。これらは、がん、自己免疫疾患、感染症、心血管疾患など幅広い治療領域で活用されています。
特異性の高さを活かし、モノクローナル抗体医薬品は標的分子に対して精密に作用することができます。例えば、腫瘍細胞の表面にある特定の受容体だけを標的とすることで、正常細胞への影響を最小限に抑えながら治療効果を発揮できるのです。
モノクローナル抗体は、由来する種や構造の違いによっていくつかのタイプに分類されます。主な種類としては以下が挙げられます。
また、構造的な分類
抗体の基本構造は、2つの重鎖と2つの軽鎖からなるY字型の構造を持ち、抗原結合部位(Fab領域)とエフェクター機能を担うFc領域に分かれています。特に抗原結合部位には、「相補性決定領域(CDR)」と呼ばれる高度に可変的な部分があり、これが抗原特異性を決定します。
モノクローナル抗体医薬品の開発においては、薬効だけでなく、血中半減期や組織移行性、免疫原性などの特性も重要であり、これらを最適化するために様々な構造改変が行われています。
長年にわたり、モノクローナル抗体医薬品は国際一般名(INN)において語尾に「-mab(マブ)」が付けられるという命名ルールが採用されてきました。しかし、2021年10月に世界保健機関(WHO)の専門家会議において、抗体医薬品の命名ルールの大幅な変更が決定されました。
この変更の背景には、抗体医薬品の爆発的な増加があります。すでに880種ものモノクローナル抗体が命名されており、「-mab」を語尾に持つ医薬品は全カテゴリーでも最多となっていました。このままでは区別のつきにくい名前が増え、混乱を招く恐れがあったのです。
新しい命名ルールでは、「-mab」のステムが廃止され、以下の4種類のステムに分割されました。
例えば、特別な改変が施されていない抗体は「-tug」、アミノ酸配列の変異や糖鎖の除去などが施された人工抗体は「-bart」、複数の標的に結合できるよう改変された抗体は「-mig」、抗体の一部だけを切り出した形のものは「-ment」という語尾が付けられることになりました。
また、対象疾患を示すサブステムも一部変更されています。これまで免疫調節作用を持つものは「-l-」または「-li-」というサブステムが用いられていましたが、新ルールではこれが3つに分割されました。
日本語での読み方については、字訳ルールに従うと「-tug」は「ツグ」、「-bart」は「バルト」、「-mig」は「ミグ」、「-ment」は「メント」となりますが、厚生労働省による正式な決定はまだ発表されていません。
ただし重要な点として、すでに決定されたINNは変更されないため、今後は旧ルールで命名された抗体医薬品と新ルールで命名された抗体医薬品が混在することになります。
モノクローナル抗体は、その特異性の高さから様々な疾患の治療に応用されています。主な応用分野としては以下が挙げられます。
1. がん治療
がん細胞表面の特異的な抗原や増殖因子受容体を標的とすることで、がん細胞の選択的な攻撃が可能になります。例えば、セツキシマブ(商品名:アービタックス)は、EGFR(上皮細胞増殖因子受容体)を標的とするモノクローナル抗体で、EGFR陽性の治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌に対して効果を示します。
セツキシマブの作用機序
これらの複合的な作用によって抗腫瘍効果を発揮します。
2. 自己免疫疾患治療
関節リウマチなどの自己免疫疾患では、炎症反応を引き起こすサイトカインや免疫細胞を標的とすることで、過剰な免疫反応を抑制します。インフリキシマブ(商品名:レミケード)は、TNF-α(腫瘍壊死因子α)を阻害するキメラ型モノクローナル抗体で、関節リウマチやクローン病などの治療に広く用いられています。
3. 感染症治療
特定のウイルスや細菌に対するモノクローナル抗体も開発されています。COVID-19の治療においても、カシリビマブとイムデビマブの抗体カクテル療法が重症化予防に用いられました。
4. 骨粗鬆症治療
デノスマブ(商品名:プラリア)は、RANKL(receptor activator of nuclear factor kappa-B ligand)を標的とするモノクローナル抗体で、骨吸収を抑制することで骨粗鬆症の治療に用いられています。
5. その他の疾患
高コレステロール血症、喘息、アレルギー性疾患など、幅広い疾患に対してもモノクローナル抗体医薬品が開発されています。
モノクローナル抗体医薬品の特徴は、従来の低分子医薬品と比較して標的特異性が非常に高いことです。そのため、標的分子に特異的に結合し、他の分子への非特異的な作用(副作用)が少ないという利点があります。一方で、タンパク質製剤であるため経口投与ができず注射剤が主体となることや、製造コストが高いなどの課題も存在します。
モノクローナル抗体医薬品市場は今後も拡大が予想されており、さまざまな技術革新が進んでいます。未来の展望としては以下のようなポイントが重要です。
1. バイオシミラーの台頭
特許が切れたモノクローナル抗体のバイオシミラー(後続品)開発が活発化しています。バイオシミラーは先行品と同等の品質・有効性・安全性を持ちながら、より安価に提供できるため医療費削減に貢献します。これにより、より多くの患者さんが抗体医薬品の恩恵を受けられるようになります。
2. 新世代の抗体フォーマット
従来の抗体構造を超えた新しいフォーマットの開発が進んでいます。
3. 人工知能(AI)を活用した開発
近年では、AIを活用したモノクローナル抗体の設計・最適化が注目されています。エネルギーベースの生成モデルを用いることで、抗体の親和性向上や生物物理学的特性の最適化などの多目的最適化問題に対応できるようになりつつあります。
4. 製造技術の革新
従来、モノクローナル抗体の製造は高コストであることが課題でしたが、細胞培養技術の進歩や連続製造プロセスの導入により、生産効率の向上とコスト削減が進んでいます。これにより、より多くの患者さんがアクセスしやすい価格での提供が期待されます。
5. 個別化医療の推進
バイオマーカーを用いた効果予測や治療モニタリングと組み合わせることで、個々の患者に最適なモノクローナル抗体治療を提供する個別化医療の実現も進んでいます。例えば、セツキシマブの治療効果とKRAS遺伝子変異の関連性が明らかになり、KRAS野生型の患者には効果が高いことが示されています。このような遺伝子検査と組み合わせた治療選択は、医療の個別化において重要な進歩です。
6. 投与ルートの多様化
現在、ほとんどのモノクローナル抗体は注射剤としての投与が主流ですが、吸入剤や経口製剤など、より患者負担の少ない投与ルートの開発研究も進んでいます。特に抗体断片を用いた新しい剤形の開発は、患者のQOL向上に貢献する可能性があります。
モノクローナル抗体医薬品は、その高い特異性と有効性から医療の未来を大きく変える可能性を秘めています。今後も技術革新と適応拡大により、より多くの疾患に対する治療オプションとして発展していくでしょう。特に命名ルールの大幅な変更は、抗体医薬品の多様化を反映したものであり、次世代の抗体医薬品の登場を予感させます。