トキソカラ症は犬回虫(Toxocara canis)や猫回虫(Toxocara cati)による人獣共通感染症で、ヒトは偶発的宿主として機能します 。感染経路として、汚染土壌中の成熟虫卵の経口摂取や、感染動物の生肉・内臓摂取があります 。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/13-%E6%84%9F%E6%9F%93%E6%80%A7%E7%96%BE%E6%82%A3/%E7%B7%9A%E8%99%AB-%E7%B7%9A%E5%BD%A2%E5%8B%95%E7%89%A9/%E3%83%88%E3%82%AD%E3%82%BD%E3%82%AB%E3%83%A9%E7%97%87
虫卵はヒト腸管内で孵化後、幼虫が腸壁を貫通し血流やリンパ流を介して全身に移行します 。ヒト体内では幼虫は成虫になれず、数カ月間生存し続けながら臓器損傷と局所免疫反応を惹起します 。この幼虫移行過程で生じる組織反応が多彩な臨床症状の原因となっています 。
参考)https://medicaldoc.jp/cyclopedia/disease/d_whole-body/di2281/
興味深いことに、感染した運搬宿主(ウサギ等)の加熱不十分な摂取でも感染が成立し、成人例では生レバー摂取による感染報告が増加しています 。
内臓幼虫移行症(VLM)では、罹患臓器により多様な症状を呈します 。肺病変では咳嗽、喘鳴、呼吸困難、胸痛が特徴的で、肝病変では発熱、腹痛、肝脾腫、倦怠感が主症状となります 。
診断には抗トキソカラ抗体のELISA法が推奨され、高ガンマグロブリン血症、白血球増多、顕著な好酸球増多が典型的な検査所見です 。CTやMRIでは肝臓の散発性卵円形病変(1.0-1.5cm)や胸部胸膜下結節が特徴的所見として認められます 。
参考)https://fastdoctor.jp/columns/ascariasis-toxocariasis
VLMの大半は2-5歳の土食症児童や粘土摂取成人に発生し、虫卵摂取停止により6-18カ月で自然治癒する傾向があります 。しかし、脳や心臓への侵襲による致命的経過も稀に報告されており、注意深い経過観察が必要です 。
眼幼虫移行症(OLM)は通常片側性で、全身症状は軽微または無症状です 。主症状として飛蚊症、眼痛、眼充血、羞明が挙げられ、肉芽腫性炎症反応によりぶどう膜炎や脈絡網膜炎を来します 。
参考)https://www.jmedj.co.jp/premium/treatment/2017/d130203/
眼科的には網膜後極または周辺部に卵円形白色病変が特徴的で、一部症例では眼内炎様のびまん性炎症と疼痛を伴います 。診断において、OLM患者では抗トキソカラ抗体価が低値または検出限界未満となる場合があり、眼科専門医による詳細な検査が不可欠です 。
視力予後は一般的に不良で、適切な治療を行っても大部分の患者で視力障害が残存します 。網膜芽細胞腫との鑑別診断が重要で、不必要な眼球摘出を防ぐため抗体検査と眼科所見の総合判断が求められます 。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/16-%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87/%E5%AF%84%E7%94%9F%E8%99%AB%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87-%E7%B7%9A%E8%99%AB-%E7%B7%9A%E5%BD%A2%E5%8B%95%E7%89%A9/%E3%83%88%E3%82%AD%E3%82%BD%E3%82%AB%E3%83%A9%E7%97%87
神経型トキソカラ症は稀な病型ですが、中枢神経型では好酸球性髄膜炎、脳炎、髄膜脳炎、血管炎、脊髄炎が報告されています 。末梢神経型では神経根炎や顔面神経麻痺が主な症状として現れます 。
潜在型トキソカラ症では抗トキソカラ抗体陽性を示しながら、脱力感、皮膚搔痒感、睡眠障害などのアレルギー様症状を呈します 。その他の合併症として、蕁麻疹、結節性皮膚病変、心筋炎、血管炎、アレルギー性紫斑病、リウマチ様症状が報告されており、多臓器に影響を及ぼす可能性があります 。
これらの症状は他疾患でも認められるため、病歴聴取において動物接触歴や生肉摂取歴の詳細な確認が診断の鍵となります 。
軽症または無症状のVLM患者では自然軽快が期待されるため、駆虫薬治療は不要です 。中等度から重症症状を呈する患者には、アルベンダゾール400mg経口1日2回5日間、またはメベンダゾール100-200mg経口1日2回5日間が推奨されます 。
参考)https://www.m3.com/clinical/news/1042819
重症例では炎症軽減目的でコルチコステロイド(プレドニゾン20-40mg経口1日1回)を併用し、必要に応じて1カ月以上投与後漸減します 。軽度の搔痒や発疹には抗ヒスタミン薬が有効です 。
OLMでは眼科専門医による管理が必須で、局所および全身コルチコステロイド投与が中心となります 。レーザー光凝固術による網膜幼虫死滅や、状況により凍結療法、硝子体切除術が検討されます 。アルベンダゾールとステロイドの併用により再発減少の可能性がありますが、視力改善のエビデンスは限定的です 。
MSDマニュアル プロフェッショナル版:トキソカラ症の詳細な病態生理と治療ガイドライン
日本医事新報:トキソカラ症の最新治療指針と薬物療法