タテツツガムシは、ダニの一種であり、つつが虫病(scrub typhus)の原因となるOrientia tsutsugamushiリケッチアを媒介する重要な節足動物です。このダニは、成虫の大きさが約2mm程度と非常に小さく、幼虫はさらに微小で0.2〜0.5mm程度しかありません。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11261121/
日本において、つつが虫病を引き起こすのは主に以下の3種類のツツガムシです。
参考)https://mymc.jp/clinicblog/254452/
タテツツガムシは、野山、河川敷、草地などに広く生息しており、特に温暖で湿潤な環境を好みます。幼虫期にのみ哺乳類に寄生して組織液を吸うという特徴的な生活環を持っています。成虫や若虫は土壌中の小動物を捕食して生活しているため、人間に直接害を与えることはありません。
参考)https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/25/hidsc-kansen-wadai-tutugamushi.html
地理的分布としては、北海道を除く日本全国に分布しており、特に本州、四国、九州の山間部や農村地帯で多く見られます。国外では、中国、韓国、台湾、東南アジア各国など、いわゆる「ツツガムシトライアングル」と呼ばれる地域に広く分布しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6038894/
つつが虫病は、Orientia tsutsugamushiという細胞内寄生性のリケッチアによって引き起こされる感染症です。この病原体は、タテツツガムシなどの感染幼虫によって人体に運び込まれ、血管内皮細胞を中心に増殖します。
参考)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000173061.html
感染メカニズム。
タテツツガムシの幼虫が皮膚に付着すると、唾液腺から分泌される酵素によって皮膚を溶解し、その部位から組織液を吸います。この際、リケッチアを保有している幼虫であれば、病原体が人体内に侵入します。感染は刺咬部位から始まり、リンパ系を通じて全身に拡散していきます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8650249/
病理学的変化。
Orientia tsutsugamushiは主に血管内皮細胞に感染し、血管炎を引き起こします。これにより、血管透過性の亢進、血小板減少、血液凝固異常などが生じます。重症例では、播種性血管内凝固(DIC)や多臓器不全に至ることもあります。
参考)https://hidabun.jp/tsutsugamushi/
免疫応答。
感染に対する宿主の免疫応答は、主に細胞性免疫が中心となります。しかし、Orientia tsutsugamushiは抗原性の多様性が高く、同じ株に再感染する可能性もあります。これは、本疾患に対するワクチン開発が困難な理由の一つでもあります。
参考)https://www.pref.toyama.jp/1279/kansen/topics/tsutsuga/index.html
最近の研究では、宿主の遺伝的背景や免疫状態が疾患の重症度に影響を与えることが示唆されており、高齢者や免疫抑制状態の患者では重篤化しやすいことが知られています。
参考)https://journals.lww.com/10.1097/MD.0000000000035271
つつが虫病の臨床症状は、感染から5〜14日の潜伏期を経て発症します。初期症状は非特異的であり、他の熱性疾患との鑑別が重要になります。
主要な臨床症状。
病理学的所見(刺し口)。
診断において最も重要な所見は刺し口(eschar)の存在です。刺し口は以下の特徴があります:
診断手法。
現在、つつが虫病の診断には複数の手法が用いられています:
医療機関では、臨床症状と刺し口の所見、および疫学的情報(野外活動歴)を総合的に判断して診断を行います。確定診断を待たずに治療を開始することが推奨されており、これにより予後の改善が期待できます。
参考)https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/1137
つつが虫病の治療において最も重要なのは、早期診断と適切な抗菌薬の投与です。治療が遅れると重篤な合併症を引き起こし、死亡率が2〜30%に達する可能性があります。
参考)https://microbiologyjournal.org/download/86216/
第一選択薬。
テトラサイクリン系抗菌薬が最も有効とされています:
代替療法。
テトラサイクリン系が使用できない場合の選択肢:
治療反応と予後。
適切な治療が行われた場合の予後は良好です:
重症例の管理。
重症化した場合の合併症と対応:
入院適応。
以下の場合は入院管理が推奨されます:
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11309664/
近年の症例報告では、若年者でも急性心筋梗塞などの重篤な合併症が報告されており、年齢に関わらず注意深い観察が必要です。
つつが虫病の予防は、タテツツガムシとの接触を避けることが基本原則となります。現在、有効なワクチンは開発されておらず、物理的な防御と環境管理が主要な予防手段です。
個人レベルでの予防対策。
環境管理と地域対策。
草刈りと環境整備。
居住地周辺の草刈りや下草の除去により、ツツガムシの生息環境を減少させることができます。特に、住宅周辺や農地の管理は重要な予防策となります。
野生動物の管理。
ツツガムシの宿主動物である野鼠類の個体数管理も、間接的な予防効果があります。ただし、生態系への影響を考慮した慎重な対応が必要です。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/backnumber/363.pdf
公衆衛生上の現代的課題。
気候変動の影響。
地球温暖化により、ツツガムシの生息域や活動期間が変化している可能性があります。これまで非流行地とされていた地域での発症例も報告されており、医療従事者は従来の疫学情報にとらわれない診断能力が求められています。
都市化の進行。
都市近郊での開発により、これまで山間部に限定されていたツツガムシ生息地と人間の生活圏が接近しています。韓国では都市部居住者の感染例が増加しており、日本でも同様の傾向に注意が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2744253/
診断の遅れと医療格差。
非流行地の医療機関では、つつが虫病への認識不足により診断が遅れる傾向があります。一症例で4つの医療機関を受診してようやく診断に至った事例も報告されており、医療従事者への継続的な教育と啓発が急務です。
サーベイランスシステムの強化。
現在、つつが虫病は感染症法上の四類全数把握疾患として報告義務がありますが、軽症例や非定型例の見落としにより、実際の感染者数が過小評価されている可能性があります。より精密な疫学調査と報告システムの構築が課題となっています。
医療従事者は、野外活動歴のある発熱患者に対して常につつが虫病の可能性を念頭に置き、適切な問診と身体診察(特に刺し口の確認)を行うことが重要です。早期診断・治療により予後は良好であるため、疑診例に対する積極的なアプローチが患者の救命につながります。
つつが虫病に関する更新された情報については、以下のリンクで詳細な診療指針を参照できます。