ボツリヌス毒素A型(ボトックス)の唾液腺への作用は、神経終末でのアセチルコリン放出阻害によって実現されます 。ボツリヌス毒素は、まず神経終末の受容体に結合し、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれます 。その後、軽鎖が細胞質内に放出され、SNAP-25というタンパク質を切断することでアセチルコリンの放出を阻害します 。
参考)ボトックス 作用機序
この作用機序により唾液腺の分泌活動が一時的に抑制され、肥大した唾液腺の縮小効果が期待できます 。注射後3~7日で効果が現れ始め、約1ヶ月程度で唾液腺の縮小が実感できるようになります 。効果の持続期間は個人差がありますが、一般的に3~6ヶ月程度とされています 。
参考)唾液腺ボトックス注射
神経終末での毒素作用は完全に可逆的であり、時間経過とともに神経発芽によって新たな接合部が形成され、最終的に本来の機能が回復します 。このメカニズムにより、安全性を保ちながら治療効果を得ることが可能となっています。
唾液腺は主に耳下腺、顎下腺、舌下腺の3つの大唾液腺から構成されており、それぞれ異なる特徴と機能を持っています 。耳下腺は主に刺激時に分泌される漿液性唾液を産生し、全体の唾液分泌量の約20%を占めています 。
参考)唾液腺ボトックス
耳下腺への治療では、エラ部分の膨らみを改善する効果が期待できます 。耳下腺は唾液分泌量が比較的少ないため、ドライマウスなどの副作用リスクが低いとされています 。一方、顎下腺は安静時唾液の大部分を分泌し、口腔や咽頭粘膜の保護に重要な役割を果たしています 。
参考)唾液腺ボトックスの効果は?エラボトックスや脂肪溶解注射との違…
顎下腺への治療は、顎下のもたつきやフェイスラインのぼやけを改善する効果がありますが、唾液分泌量が多いためドライマウスのリスクが高くなります 。そのため、治療適応の判断には慎重な検討が必要で、患者の状態や希望を十分に考慮した上で施術部位を決定することが重要です。
2025年6月、帝人ファーマがインコボツリヌストキシンA(商品名:ゼオマイン筋注用)について慢性流涎の適応追加を取得し、医療分野での新たな治療選択肢として注目されています 。この治療法は、世界51ヵ国以上で使用されており、高い安全性と有効性が確認されています 。
参考)https://medical.teijin-pharma.co.jp/content/dam/teijin-medical-web/sites/ebook/materials/iyaku/xeo28/XEO094_%E6%85%A2%E6%80%A7%E6%B5%81%E6%B6%8E%E3%81%AE%E6%B2%BB%E7%99%82%E3%82%92%E5%8F%97%E3%81%91%E3%82%8B%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%A8%E3%81%94%E5%AE%B6%E6%97%8F%E3%81%AE%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%B8_XEO094-IF-2506.pdf
慢性流涎治療では、ボツリヌス毒素を唾液腺に直接注射することで唾液の過剰分泌を抑制します 。効果は注射後およそ4ヶ月間持続し、患者のQOL向上に大きく貢献しています 。この治療法は、従来の流涎治療で効果が不十分であった患者に対して、新たな治療機会を提供しています。
ボツリヌス毒素による慢性流涎治療は、薬物療法や手術療法と比較して低侵襲であり、外来での施術が可能です。ただし、適切な診断と患者選択、経験豊富な医師による施術が治療成功の鍵となります。治療前には患者・家族への十分な説明と同意取得が重要とされています。
唾液腺肥大の診断には、問診から始まり血液検査、画像検査(レントゲン、超音波エコー、CT、MRI)を組み合わせた総合的な評価が必要です 。唾液腺の腫れる原因は大きく分けて炎症、腫瘍、のう胞に分類され、それぞれ治療法が異なるため正確な診断が重要です 。
参考)唾液腺の腫れ:どんな症状?原因やリスクは?自分で対処する方法…
唾液腺管の閉塞による腫れは、レモン果汁やアメなど唾液分泌を促すものを与えることで症状の変化を観察し診断します 。この方法で症状が軽減する場合は唾石の可能性が高く、症状が悪化する場合は他の原因を疑います 。
参考)唾液腺の病気 - 19. 耳、鼻、のどの病気 - MSDマニ…
美容目的でのボトックス治療においては、触診による唾液腺の大きさや硬さの評価が重要です。耳の前あたりを触った際にぽこっとした膨らみを感じる場合は耳下腺の発達が考えられ、顎下のもたつきがある場合は顎下腺の肥大が疑われます 。適切な診断により、最も効果的な治療部位を特定することができます。
唾液腺ボトックス治療では、注射部位に一時的な赤み、腫れ、内出血が生じることがあります 。特に内出血は1~2週間ほどで自然に改善するため、過度な心配は不要です 。治療当日は激しい運動や飲酒、長時間の入浴を避けることが推奨されています 。
最も注意すべき副作用はドライマウス(口腔乾燥症)で、特に顎下腺への注射で発症リスクが高くなります 。ドライマウスが持続すると、虫歯や歯周病のリスク増加、口臭、食事や会話の困難などの問題が生じる可能性があります 。
参考)唾液腺ボトックスってどうですか? – 品川区大井町の矯正歯科…
そのため、矯正治療中の患者や長期的な口腔健康を重視する場合には、治療適応について慎重な検討が必要です 。治療前のカウンセリングでは、患者のライフスタイルや口腔健康状態を十分に評価し、リスクとベネフィットを適切に説明することが重要です。まれにアレルギー反応を起こすこともあるため、異常があれば直ちに医師に相談する必要があります 。