逆さまつげの発症には複数の要因が関与しており、年齢層によって主要な原因が異なることが臨床的に確認されています。
加齢による組織変化
高齢者における逆さまつげの最も一般的な原因は、加齢に伴う眼瞼組織の弛緩です。70歳代では約3%、80歳代では約5%の頻度で眼瞼内反症が観察され、これはまぶたの中にある瞼板を支える組織やまぶたを閉じる筋肉の緩みが主要因となっています。
下まぶたでは、下眼瞼牽引腱膜というまぶたを下に引っ張る組織がたるむことで、まつげが内側を向いてしまいます。上まぶたにおいては、加齢によって皮下脂肪が減少し、たるんだまぶたの皮膚がまつげに覆いかぶさることで方向が変化します。
先天性要因の特徴
乳幼児における逆さまつげは、約半数の0歳児に見られる一般的な状態です。これは赤ちゃん特有の顔立ちに起因しており、まぶたの皮下脂肪が厚く、頬がぷっくりとしていることで下まぶたが押し上げられ、特に鼻側の睫毛が内反してしまいます。
先天性睫毛内反症では、過剰なまぶたの皮膚や皮下脂肪の膨らみがまつげを目の方向に押すため発症します。幸いなことに、乳幼児の睫毛内反は成長につれて自然治癒するケースが多く、これは顔の筋肉量の増加と脂肪の減少により、まつげを圧迫する要因が解消されるためです。
炎症性要因と特発性要因
睫毛乱生は主にまぶたの炎症が原因で発症します。ものもらいやマイボーム腺炎(涙の油を分泌する腺の炎症)、皮膚疾患などにより毛根周辺に炎症が生じると、まつげが様々な方向に生えてしまいます。また、外傷やまぶたの手術後の瘢痕も原因となることがあります。
興味深いことに、睫毛乱生の多くは特発性であり、明確な原因やきっかけが特定できないケースがほとんどです。これは毛根の微細な構造変化や、遺伝的素因が関与している可能性を示唆しています。
逆さまつげの初期症状は、まつげが角膜や結膜に物理的刺激を与えることで発現し、特徴的なパターンを示します。医療従事者として、これらの症状を正確に把握し、適切な診断につなげることが重要です。
典型的な初期症状
眼瞼内反症の初期症状として、以下の5つの主要症状が挙げられます。
これらの症状は、まぶたが内側に反り返り、まつげが角膜や結膜に直接触れることで引き起こされる物理的刺激が原因です。
年齢別の症状表現の違い
小児と成人では症状の訴え方に顕著な違いがあります。生まれつき逆さまつげを持つ小さな子どもの場合、本人に自覚症状がない場合が多く、角膜の傷の程度に比して異物感を訴えないことが一般的です。
一方、小児では以下の行動的変化が観察されます。
進行性症状の特徴
初期症状が進行すると、より深刻な合併症が出現します。目の表面が継続的に摩耗されることで、ゴロゴロとした異物感や痛みが生じ、症状が進行すると視力障害を引き起こすこともあります。
特に注意すべきは、逆さまつげによる角膜の反復的な外傷が、角膜炎や角膜潰瘍の発症リスクを高めることです。これらの合併症は視力予後に直接影響するため、初期症状の段階での適切な介入が不可欠です。
日本眼科学会による逆さまつげの診断基準と治療指針
https://www.nichigan.or.jp/
逆さまつげは病態生理学的に3つの主要なタイプに分類され、それぞれ異なるメカニズムと原因を有しています。正確な分類は治療方針の決定において極めて重要です。
眼瞼内反症のメカニズム
眼瞼内反症は、まぶた自体が眼球方向に反り返ることでまつげも内側を向く病態です。この状態では、加齢に伴いまぶたの筋肉や腱膜が弛緩し、まぶたが内側に反り返ることで発生します。
具体的には、下瞼板を支える内眥靭帯や外眥靭帯の弛緩が影響を与え、まつげが眼球に接触することで不快感や痛みを引き起こします。この病態は特に下まぶたに多く見られ、水平方向と垂直方向の両方向のテンションが失われることが特徴的です。
睫毛内反症の病態
睫毛内反症は、まぶたの向きは正常であるものの、まつげが内側に向かって生える状態です。この病態は主に先天性要因によるもので、立毛筋の発達不足やまぶたの前葉と後葉のバランスの乱れが関与しています。
睫毛内反症の原因として、以下の2つの主要因子が特定されています。
さらに、内眼角贅皮(いわゆる蒙古ヒダ)も睫毛内反症の重要な原因となります。内眼角贅皮がある場合、目頭が丸くなり内側のまつげが上を向いてしまい、これが若年者の逆さまつげの大きな原因となっています。
睫毛乱生の特異性
睫毛乱生は、眼瞼の向きは正常で大部分の睫毛は正常に生えているものの、一部の睫毛のみが眼球へ向かって生えている状態です。この病態の原因は主に炎症性変化によるものです。
毛根周辺の炎症により毛の成長方向が変化し、トラホームなどの感染症の後遺症として発症することが多く、高齢者に多く見られます。興味深いことに、多くの症例では明確な誘因を特定できない特発性のケースが大部分を占めています。
鑑別診断のポイント
これら3つのタイプの鑑別は、治療法選択の観点から重要です。
逆さまつげを放置した場合の合併症は、角膜および結膜への機械的損傷から始まり、重篤な視力障害に至るまで多段階的に進行します。医療従事者として、これらの進行リスクを正確に評価し、適切なタイミングでの介入を判断することが重要です。
角膜・結膜損傷の進行過程
逆さまつげによる最初の変化は、角膜上皮の微細な擦過傷から始まります。まつげが角膜や結膜を持続的に刺激することで、以下の段階的な変化が生じます。
この過程で、角膜の透明性が失われ、視力低下が不可逆的となるリスクが高まります。特に角膜中央部への損傷は、視軸への直接的な影響により、矯正困難な視力障害を引き起こす可能性があります。
感染症併発のリスク
角膜上皮の連続性が破綻することで、細菌感染のリスクが著明に増加します。特に以下の病原体による感染が懸念されます。
感染が成立すると、角膜炎から角膜潰瘍へと進行し、最悪の場合は角膜穿孔や眼内炎といった失明に直結する合併症を引き起こします。
二次的眼瞼疾患の発症
逆さまつげによる慢性的な刺激は、眼瞼周囲組織にも影響を与えます。患者が頻繁に目をこする行動により、以下の二次的変化が生じる可能性があります。
これらの変化は、原疾患の治療後も残存し、追加的な外科的介入が必要となる場合があります。
小児における特殊な考慮事項
小児の逆さまつげでは、成人とは異なる特殊なリスクが存在します。弱視の発症リスクが特に重要で、以下のメカニズムが関与します。
小児では自覚症状の訴えが少ないため、客観的な所見による早期発見と介入が極めて重要です。
厚生労働省による眼科疾患の診療ガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/
逆さまつげの診断は主に視診によって行われますが、病態の正確な評価と治療方針の決定には、系統的な診断アプローチが不可欠です。医療従事者として、見落としのない診断技術の習得が重要となります。
基本的な視診のポイント
逆さまつげの診断における視診では、以下の項目を系統的に評価します。
まぶたの形態評価
動的評価の重要性
静的な観察だけでなく、まばたき時や開眼時の動的変化も重要な診断情報となります。特に軽度の眼瞼内反症では、安静時には明らかでなくても、強いまばたきや閉眼後の開眼時に内反が顕在化することがあります。
客観的評価指標
診断の客観性を高めるため、以下の評価指標が有用です。
角膜フルオレセイン染色
角膜上皮の損傷程度を可視化し、病変の範囲と深度を評価します。染色パターンにより、接触しているまつげの位置や損傷の重症度を客観的に判定できます。
涙液分泌機能検査
シルマーテストにより、反射性涙液分泌の亢進を定量的に評価します。正常値(15mm/5分)を超える場合は、慢性的な刺激の存在を示唆します。
年齢別診断の特殊性
小児と成人では診断アプローチに違いがあります。
小児の診断ポイント
高齢者の診断ポイント
治療適応の判定基準
診断後の治療適応判定には、以下の基準を総合的に評価します。
保存的治療の適応
外科的治療の適応
診断の精度向上には、細隙灯顕微鏡による詳細な前眼部観察と、必要に応じた専門医への紹介判断が重要です。特に複雑な病態や手術適応の判断に迷う症例では、眼科専門医との連携により、患者にとって最適な治療方針を決定することができます。
日本眼科医会による眼科診療の標準的手順書
https://www.gankaikai.or.jp/