ラジレス(アリスキレンフマル酸塩)は、直接的レニン阻害薬として国内で唯一承認されている降圧薬です。しかし、2012年6月の添付文書改訂により、糖尿病を合併する高血圧症患者において、ACE阻害薬またはARBとの併用が禁忌となりました。
この禁忌設定の根拠となったのは、ALTITUDE試験の中間解析結果です。同試験では、腎機能障害を有する2型糖尿病患者を対象に、ACE阻害薬またはARBにラジレスを上乗せした効果を検討しました。
これらの有害事象が確認されたため、独立データモニタリング委員会の指摘により試験は中止となりました。
ただし、日本の添付文書では「ACE阻害薬やARB投与を含む他の降圧治療を行ってもなお血圧のコントロールが著しく不良の患者を除く」という但し書きが追加されています。これは、他の降圧治療では血圧コントロールが困難な症例における治療選択肢を残すための配慮です。
腎機能障害患者におけるラジレスの使用には、特に慎重な注意が必要です。eGFRが60mL/min/1.73m²未満の腎機能障害患者では、ACE阻害薬またはARBとの併用について「治療上やむを得ないと判断される場合を除き避けること」とされています。
腎機能障害患者でのリスク要因。
レニン-アンジオテンシン系阻害薬の併用時には、腎機能障害患者、糖尿病患者、高齢者等で血清カリウム値が高くなりやすく、高カリウム血症が発現または増悪するおそれがあります。
特に注意すべき併用薬。
これらの薬剤との併用では、アルドステロン分泌抑制によりカリウム貯留作用が増強される可能性があります。
ラジレスは、P糖蛋白(P-gp)の基質であるため、P-gp阻害薬との併用により血中濃度が上昇するリスクがあります。
絶対禁忌となる併用薬。
これらの薬剤は、ラジレスのP糖蛋白を介した排出を強力に抑制するため、血中濃度の著明な上昇を引き起こします。
注意が必要な併用薬。
興味深いことに、フロセミドとの併用では逆にフロセミドの効果が減弱されることが報告されています。空腹時併用投与により、フロセミドの最高血中濃度が49%、血中濃度時間曲線下面積が28%低下したという臨床データがあります。
薬物動態学的な観点から、ラジレスは食事の影響を受けやすく、高脂肪食摂取により生物学的利用率が大幅に低下することも知られています。このため、服薬指導では食事との関係についても十分な説明が必要です。
2024年に発表された重要な情報として、ラジレス錠150mgの供給停止が決定されました。海外の供給元からの出荷停止に伴い、最短で2025年3月に国内での供給停止・欠品となることが発表されています。
この供給停止は、ラジレスが国内唯一の直接的レニン阻害薬であることを考慮すると、臨床現場に大きな影響を与える可能性があります。日本高血圧学会の高血圧治療ガイドライン2019では、治療抵抗性高血圧およびコントロール不良高血圧への薬物治療において、Ca拮抗薬、ACE阻害薬/ARB、利尿薬の3剤で目標血圧に達しない場合の選択肢として位置づけられていました。
代替治療戦略の考慮点。
特に、これまでラジレスを使用していた患者では、段階的な薬剤変更が必要となります。急激な薬剤中止は血圧の急上昇を招く可能性があるため、代替薬への切り替えは慎重に行う必要があります。
また、糖尿病合併高血圧症患者で、従来の治療では血圧コントロールが困難であった症例については、より綿密な治療戦略の見直しが求められます。
ラジレスを使用する際の安全性モニタリングは、禁忌疾患を避けるだけでなく、継続的な患者状態の評価が重要です。
必須モニタリング項目。
副作用の早期発見のポイント。
特に高齢者では、薬物代謝能力の低下により副作用が発現しやすくなります。また、脱水状態や感染症などの急性疾患時には、腎機能の急激な悪化により薬物蓄積のリスクが高まるため、一時的な休薬も検討する必要があります。
患者教育においては、自己判断による服薬中止の危険性を説明し、副作用症状が現れた場合の対応方法を具体的に指導することが重要です。また、他の医療機関を受診する際には、ラジレス服用中であることを必ず伝えるよう指導する必要があります。
薬剤師による疑義照会の観点では、処方内容の確認時に患者の糖尿病の有無、腎機能状態、併用薬の確認を徹底し、禁忌に該当する可能性がある場合は積極的に処方医に照会することが求められます。
ラジレスの適正使用を通じて、患者の安全性を確保しながら効果的な降圧治療を提供することが、医療従事者に求められる重要な責務といえるでしょう。