遺伝子検査で「異常なし」と出ても、がんが進行しているケースがあります。
「プロテオミクス」と「プロテオーム解析」は混同されやすい言葉です。整理しておくことで、論文や学会資料を読む際の理解が格段に深まります。
まず「プロテオーム(proteome)」とは、protein(タンパク質)と genome(ゲノム)を合わせた造語で、「ある細胞や組織において発現しているすべてのタンパク質の総体」を指します。ゲノムが生物の全遺伝情報を指すのと対応する概念です。この用語を最初に提唱したのはオーストラリアの研究者マーク・ウィルキンス(Marc Wilkins)氏で、1994年にイタリアで開催された国際会議で初めて使われました。翌1995年には学術誌に正式掲載され、以来プロテオミクス研究が本格化しています。
「プロテオーム解析」とは、プロテオームを構成するタンパク質を網羅的に測定・同定する実験技術のことです。それに対して「プロテオミクス(Proteomics)」は、プロテオームの全貌を網羅的に理解することを目的とした学問分野を指します。つまり「解析」は実験行為、「ミクス」は学術分野の名称です。この違いは論文やレポートで使い分けが求められるため、現場では意識しておく価値があります。
なお、プロテオミクスには以下のような派生分野も生まれています。
- 構造プロテオミクス:タンパク質の立体構造を網羅的に解明する
- 相互作用プロテオミクス:タンパク質同士の結合ネットワークを解析する
- リン酸化プロテオミクス:リン酸化修飾を受けたタンパク質群に特化する
- 疾患プロテオミクス:特定の疾患に関連するタンパク質群を解析する
つまり一口に「プロテオミクス」といっても、対象とするタンパク質の種類や目的によって研究アプローチは多岐にわたります。
プロテオーム解析とは? — 製品評価技術基盤機構(NITE)
プロテオームという言葉の語源と定義について、NITEが簡潔にまとめた解説ページ。ゲノムとの概念的対比を理解するのに有用です。
「遺伝子解析でわかるのでは?」という疑問はよく聞かれます。これは重要な問いです。
ゲノミクスはDNA配列、トランスクリプトミクスはmRNA(転写産物)を対象とします。これらは「タンパク質が作られる設計図」の情報です。一方、プロテオミクスが対象とするタンパク質は、細胞の中で「実際に働いている機能分子」そのものです。酵素、受容体、構造タンパク質——細胞の生命活動の実働部隊はタンパク質です。
重要なのは、mRNAの量とタンパク質の発現量が必ずしも一致しないという点です。複数の研究から、両者の相関性は生物学的システムや細胞タイプによって大きく異なることが示されています(Liu et al., Cell, 2016)。mRNAからタンパク質への翻訳は、翻訳制御・タンパク質分解経路・翻訳後修飾(PTM)などのプロセスで大きく修飾されるからです。
これは臨床にとって重大な意味を持ちます。遺伝子解析で「正常」でも、タンパク質レベルでは異常なシグナル伝達が起きているケースがあるということです。プロテオミクスが注目される最大の理由はここにあります。
さらに、1つの遺伝子から複数のタンパク質アイソフォームが生まれる「選択的スプライシング」の現象も、ゲノムやmRNA情報だけでは捉えきれません。ゲノミクスにはない視点、ということですね。
| 解析オミクス | 対象分子 | 得られる情報 | 限界 |
|---|---|---|---|
| ゲノミクス | DNA | 遺伝的変異・体質 | 実際の機能状態は不明 |
| トランスクリプトミクス | mRNA | 転写活性・発現パターン | タンパク質量と不一致あり |
| プロテオミクス | タンパク質 | 実際の機能・活性・修飾 | 技術が複雑・高コスト |
| メタボロミクス | 代謝産物 | 細胞の代謝状態 | 発現主体の同定困難 |
mRNAとタンパク質の発現は相関する?そうとは限りません — Cell Signaling Technology
mRNAとタンパク質の相関関係が希薄になるメカニズムを、シングルセルデータの事例を交えて解説した技術ブログ。プロテオミクスの必要性を理解するうえで参考になります。
プロテオミクス解析には大きく分けて「質量分析法」「抗体ベース法」「アプタマー法」の3系統があります。それぞれ特性が異なるため、研究目的に合わせた選択が重要です。
① 質量分析プロテオミクス(LC-MS/MS)
現在の主流はLC-MS/MS(液体クロマトグラフィー‐タンデム質量分析)を用いたボトムアップ型解析です。試料中のタンパク質をトリプシンなどの消化酵素でペプチド断片に切り出し、LC-MS/MSで一括測定します。1回の測定で数千種類のタンパク質を同定できる網羅性の高さが最大の強みです。未知のタンパク質や予期しない翻訳後修飾も発見できるため、探索研究の初期段階に特に向いています。ただし、専門的な装置と高度な分析スキルが必要であり、複数検体を同時に扱う際の再現性確保が課題とされています。
② 抗体ベースプロテオミクス(Olink®)
スウェーデンのOlink社が提供するOlink®は、PEA(Proximity Extension Assay)法を採用しています。1つの標的タンパク質に対して2つのDNAタグ付き抗体を結合させ、両抗体が近接した際にDNA二本鎖が形成される仕組みです。得られたDNAをqPCRやNGSで増幅・定量します。サイトカインのような微量・低濃度タンパク質の検出が得意で、最大1,161種のタンパク質を定量できます。血漿・血清検体1マイクロリットル程度の少量サンプルで対応可能な点も現場で重宝されます。これは使えそうです。
③ アプタマーベースプロテオミクス(SomaScan®)
SomaLogic社のSomaScan®は、DNAアプタマー(SOMAmer試薬)を利用した最新プラットフォームです。最新バージョンでは1回の測定で11,000種類を超えるタンパク質を同時定量できます。これは抗体パネルや質量分析では到底カバーしきれない規模です。アプタマーは化学合成であるためロット間変動が少なく、再現性が高い点も特長です。必要な血漿・血清量は数マイクロリットル程度と非常に微量です。
| 手法 | 測定可能タンパク質数 | 必要試料量 | 特長 |
|---|---|---|---|
| LC-MS/MS | 数千種(探索型) | やや多め | 未知タンパク発見可能 |
| Olink® | 最大1,161種 | 約1μL | 微量・低濃度タンパクに強い |
| SomaScan® | 11,000種以上 | 数μL | 超高網羅性・高再現性 |
研究の初期段階ではLC-MS/MSで広く探索し、候補が絞られたらOlinkやSomaScanで大規模コホートを一括測定する、という組み合わせ利用が近年では一般的です。これが基本です。
プロテオーム解析・プロテオミクスとは?意味や手法について解説 — ミクセル
PMF法・LC-MS/MS法・Olinkの各手法について、解析手順と特徴を整理した国内企業による解説コラム。受託解析を検討する際の比較情報として有用です。
プロテオミクスが医療に提供する独自の価値は、翻訳後修飾(Post-Translational Modification:PTM)の解析にあります。これは他のオミクスでは代替できません。
タンパク質はリボソームで合成された後、リン酸化・グリコシル化・ユビキチン化・アセチル化など多彩な化学修飾を受けます。これらの修飾が、タンパク質の機能・局在・安定性・シグナル伝達活性を決定しています。例えばリン酸化は、キナーゼ経路の「スイッチ」として機能し、がん細胞の異常増殖に直結することが多くの研究で示されています。
注目すべきは、ヒトタンパク質は翻訳後修飾を受けたものも含めると約100万種類に上ると見込まれている点です。ゲノム上の遺伝子数(約2万2,000個)と比較すると、桁違いの多様性です。この多様性こそが「生命の複雑さ」の実体であり、遺伝子情報だけでは病態を語れない根本的な理由です。
臨床的に重要な例として、リン酸化プロテオミクスがあります。実際の分析現場では、チタニア樹脂などを使ってリン酸化ペプチドを選択回収する前処理を行うことで、回収前53件だったリン酸化ペプチドの同定数が1,198件に増加したという報告があります(約23倍の増加)。リン酸化シグナルの網羅的な把握が、がん細胞のシグナル伝達異常の解明や治療標的の特定につながります。
また、転写因子TBX21(T-Bet)の研究では、mRNAレベルよりもタンパク質発現量の方が免疫細胞サブセットとの対応が明確だったことが示されています。翻訳後の調節がいかに機能的な状態を左右するか、これが問われています。
今さら聞けない プロテオミクスの基礎 — Medical Proteoscope
リン酸化ペプチドの選択回収実験データや、LC-MS/MSのデータ再現性など、実験レベルの詳細が豊富に掲載されたサイト。技術的な理解を深めたい医療研究者に特に有用です。
プロテオミクスが医療の現場にどう貢献するか。それはバイオマーカー探索と個別化医療の2つの軸で語られます。
がんバイオマーカーの同定
2025年9月に報告された研究では、血漿プロテオミクス解析によって大腸がんの早期診断に有望な15種類のタンパク質バイオマーカーが同定されました。そのうち8種(MMP7、GDF15、REG1B、RNASE3など)が特に有望とされています。既存の腫瘍マーカーの多くは感度・特異度の限界が指摘されており、複数タンパク質の組み合わせによるパネル化が突破口になると期待されています。
SomaScan®を用いた研究では、ハーバード大学などのチームが長期前向きコホートの血漿を解析し、その後12年以内に肝細胞がん(HCC)を発症した群に特徴的な56種類のタンパク質群を同定しました。そのうち4種のタンパク質の組み合わせモデルが、従来の危険因子(B型・C型肝炎ウイルス感染や肝硬変の有無)より高い精度で肝がんリスクを予測できることが示されており、別の大規模データセット(英国バイオバンク)でも再現されています。診断の7年以上前から変動するマーカーもあります。これは意外ですね。
個別化医療・マルチオミクス統合
世界的な精密医療市場は2025年に約1,107億ドル規模に達し、2030年には約2,134億ドルへの成長が予測されています(Mordor Intelligence, 2025)。この成長を支える基盤技術の一つがプロテオミクスです。
マルチオミクス統合とは、ゲノミクス・トランスクリプトミクス・プロテオミクス・メタボロミクスのデータを組み合わせて解析するアプローチです。「医学のあゆみ(2025年5月号)」でも特集が組まれるなど、近年急速に注目が高まっています。例えば20社以上の製薬企業が参加するSCALLOPコンソーシアムでは、3万人以上の心血管関連タンパク質発現データと遺伝子変異情報を統合解析し、新規薬剤標的の同定やドラッグリポジショニングの研究が進められています。
また非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の重症度評価では、37種のタンパク質からなるスコアを開発し、肝生検を代替できる非侵襲的診断法の可能性が示されました。採血のみで行えるリキッドバイオプシーとの親和性も高く、患者負担の軽減につながります。
がん細胞変化のメカニズムを解明、新たな治療法の開発へ — JBpress
質量分析計を用いたリン酸化シグナル解析により、がんの多様な分子メカニズムの解明と個別化医療への橋渡しについて解説された記事。プロテオミクスの臨床貢献を具体的に理解できます。
医療現場では「遺伝子変異があれば必ずタンパク質に異常が出る」という前提で話が進みがちです。しかし現実はそれほど単純ではありません。
一つの遺伝子から生まれるタンパク質は一種類ではありません。選択的スプライシングにより、ヒトの約2万2,000個の遺伝子から理論上はるかに多くのタンパク質アイソフォームが生まれます。さらにリン酸化・グリコシル化などの翻訳後修飾を加味すると、生体内には約100万種類ものタンパク質バリアントが存在すると推計されています。これは病態の理解における根本的なパラダイムシフトです。
現場で特に注意すべきは、治療薬の標的分子を選ぶ際の判断です。例えばある酵素の「遺伝子配列に変異なし」という報告だけで正常と判断すると、その酵素が過剰なリン酸化を受けて異常活性化しているケースを見落とす可能性があります。がん細胞のシグナル伝達異常の多くはこの「翻訳後修飾の異常」に起因しており、遺伝子検査だけでは発見できません。
プロテオミクスが提供する視点はもう一つあります。それはタンパク質の量だけでなく「どこで・いつ・どのような修飾を受けているか」まで追えることです。例えばリン酸化プロテオミクスでは、がん細胞特異的なキナーゼ活性化のパターンを網羅的に把握でき、患者ごとに異なる「分子のスイッチの入り具合」を可視化できます。個別化医療が求める「患者ごとの治療最適化」を実現するには、この粒度の情報が不可欠です。
2020年には、ヒトプロテオーム計画(HPP:Human Proteome Project)によりヒトタンパク質の90%以上を網羅的に同定したとの報告がなされています。また、シングルセル・プロテオミクスと呼ばれる1細胞レベルでのタンパク質測定技術も登場しており、細胞集団の中の少数派の異常を検出できる時代が近づいています。医療研究の最前線に立つ者にとって、プロテオミクスへの基礎的な理解は今後不可欠な素養です。
プロテオミクスが支える未来のがん個別化医療 — Thermo Fisher Scientific(がん研究振興財団)
リキッドバイオプシーとプロテオーム解析の組み合わせによる早期診断の可能性について、がん研究の第一線研究者の視点から語られた記事。個別化医療との接続を理解するのに有用です。

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