ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)は、化学式C₈H₁₁NO₃のカテコールアミンとして、中枢神経系と末梢神経系において重要な役割を果たす神経伝達物質です 。この物質は、副腎髄質から分泌されるホルモンの一つでもあり、交感神経の活動を高める情報伝達物質として機能します 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%B3
ノルエピネフリンの合成は、チロシンからドーパミンを経由する経路で行われ、チロシン水酸化酵素が律速段階となります 。合成されたノルエピネフリンは、小胞型モノアミントランスポーター(vMAT)によりシナプス小胞内に輸送され、神経活動依存的、カルシウム依存的なエキソサイトーシスによって放出されます 。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%B3
放出後のノルエピネフリンは、ノルエピネフリントランスポーター(NET)により再取り込みされ、これによって神経伝達の空間的・時間的制御が行われます 。NETは刺激により細胞外環境へ放出されたノルエピネフリンの再取り込みを介して神経伝達の反応を終結させる重要な機能を担っています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/juoeh/37/1/37_33/_pdf
脳科学辞典 - ノルアドレナリンの詳細な生理学的作用について
ノルエピネフリンは、末梢組織においてα₁およびβ₁アドレナリン受容体のアゴニストとして作用し、多様な生理的効果を発揮します 。心筋においては、β₁受容体を介してGsタンパク質からアデニル酸シクラーゼの活性化、cAMPの産生、PKAの活性化を引き起こします。
心筋における作用では、PKAによりL型電位依存性カルシウムチャネルや筋小胞体リアノジン受容体がリン酸化されて活性化し、細胞内カルシウム濃度が上昇することで心筋の興奮性が亢進します 。また、hyperpolarization-activated cyclic nucleotide gated(HCN)チャネルに環状ヌクレオチドが直接結合し、チャネル活性を亢進させ、心筋の興奮性を高めます。
血管系においては、α₁受容体刺激による強力な血管収縮作用を示し、これが本剤の特徴的な昇圧作用の基盤となります 。この作用により末梢血管抵抗が増加し、拡張期血圧の上昇をもたらします。特に敗血症性ショックなどの血管拡張性ショックにおいて、過剰に拡張した血管を収縮させる作用が治療効果として期待されます 。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1402905388
厚生労働省e-ヘルスネット - ノルアドレナリンの基本的な生理作用について
敗血症性ショックにおいて、ノルエピネフリンは現在第一選択の昇圧薬として位置づけられています 。敗血症性ショックの初期病態は一酸化窒素(NO)やプロスタグランジン産生に伴う血管拡張による循環血液量減少性ショックであり、過剰に拡張した血管を収縮させるα₁作用が重要な治療効果をもたらします。
CENSER研究では、敗血症性ショックに対して早期に輸液と並行して少量ノルエピネフリン(0.05μg/kg/min)を使用することで、6時間後のショック離脱割合が有意に改善することが示されました 。この結果は、従来の「輸液に反応しない場合にのみ昇圧薬を開始する」という概念を変える可能性を示唆しています。
参考)https://www.kameda.com/pr/intensive_care_medicine/post_46.html
標準的な投与法として、点滴静脈内注射では通常成人1回1mgを250mLの生理食塩液、5%ブドウ糖液、血漿または全血などに溶解して点滴静注します 。点滴速度は通常1分間につき0.5~1.0mLですが、血圧を絶えず観察して適宜調節することが重要です。皮下注射では、通常成人1回0.1~1mgを皮下注射し、年齢、症状により適宜増減します。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00054875.pdf
SOAP II試験では、ノルエピネフリンとドパミンを比較した結果、死亡率に差はなかったものの、催不整脈等の有害事象がドパミンで有意に増加したことから、ドパミンはショックにおける第一選択薬ではなくなりました 。
亀田総合病院 - 敗血症性ショックに対する早期ノルエピネフリン使用の効果について
ノルエピネフリン投与時の主要な副作用として、循環器系では心悸亢進、胸内苦悶、血圧異常上昇、呼吸困難が挙げられます 。精神神経系では頭痛、めまい、不安、振戦が、消化器系では悪心・嘔吐が報告されています。その他の症状として、羞明、悪寒、鳥肌なども見られることがあります。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00054875
最も重要なリスクは過度の昇圧反応であり、急性肺水腫、不整脈、心停止等を引き起こす可能性があります 。過量投与時の症状として、心拍出量減少、著明な血圧上昇、脳出血、頭痛、肺水腫があらわれることがあるため、血圧を絶えず観察し、適宜投与量を調節することが必要です。
過度の血圧上昇を生じた場合には、α遮断薬(フェントラミンメシル酸塩等)の使用が推奨されています 。また、感受性の高い患者では特に過量投与にならないよう注意が必要で、血圧測定を頻回に行いながら慎重に投与量を調整することが求められます。
興味深い研究として、種々の薬剤によるノルエピネフリントランスポーター機能への影響が報告されており、fasudil、nicotine、pentazocine、ketamine、genisteinなどがトランスポーター機能に異なる影響を与えることが示されています 。これらの知見は、併用薬剤の選択や薬物相互作用の理解において重要な意味を持ちます。
医薬品添付文書 - ノルアドリナリンの詳細な安全性情報について
ノルエピネフリンは、ドーパミンやセロトニンと並んでモノアミン神経伝達物質として重要な役割を果たし、これらの物質間には複雑な相互作用が存在します 。セロトニンは、過剰になったノルアドレナリンとドーパミンの作用を調節し、精神的な安定をもたらす機能を持っています。
参考)https://www.ohara-ch.co.jp/meitantei/vol01_1.html
脳内では、セロトニンがノルアドレナリンやドーパミンの分泌をコントロールし、脳内の興奮を鎮める「幸せホルモン」としての役割を果たします 。ストレス状況下では、ノルアドレナリンが緊張や不安、集中、積極性をもたらし、ストレスに打ち勝とうとする際に働きますが、過剰になると攻撃的になったり、パニックを引き起こしたりする可能性があります 。
参考)https://kunitachi-clinic.com/column/%E3%80%8C%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%83%B3%EF%BC%88%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E7%89%A9%E8%B3%AA%EF%BC%894%E3%81%A4%E3%80%8D%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BB/
カテコールアミンの代謝において、ノルアドレナリンはMAO(モノアミン酸化酵素)とCOMT(カテコール-O-メチル転移酵素)により主代謝産物である3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール(MHPG)まで代謝されます 。この代謝経路は、薬物の持続時間や効果の調節において重要な役割を果たします。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%B3
臨床的には、セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬(SNRI)として、これらの神経伝達物質の再取り込みを阻害することで抗うつ効果を発揮する薬剤群が開発されており 、うつ病、強迫症、パニック症、広場恐怖、注意欠如多動症、慢性疼痛症候群などに対する治療効果が確認されています。
大原薬品工業株式会社 - セロトニン・ドーパミン・ノルアドレナリンの相互作用について