ジオールとトリオールの違いや特徴を徹底解説

ジオールとトリオールは医薬品や高分子合成に欠かせないポリオール化合物です。ヒドロキシ基の数が異なることで反応性や用途にどのような違いが生まれるのでしょうか?

ジオールとトリオールの基本構造

ポリオールの分類と特徴
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ジオール

2つのヒドロキシ基を持つアルコール類で、線状ポリマー合成に適する

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トリオール

3つのヒドロキシ基を持ち、架橋構造形成に優れる高反応性化合物

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医薬応用

プロドラッグや生体適合性材料として幅広く活用される

ジオールの化学構造とヒドロキシ基配置

 

ジオールは分子内に2つのヒドロキシ基(-OH)を持つ有機化合物で、ポリオールの中でも最も基本的な構造を有します。代表的な例として、エチレングリコール(1,2-エタンジオール)、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオールなどが挙げられます。ヒドロキシ基の位置関係により化合物の物性が大きく変化し、隣接する炭素に結合する場合は1,2-ジオール、離れた位置に結合する場合は1,3-ジオールや1,4-ジオールと命名されます。両末端に水酸基を持つジオールは、ポリウレタンやポリエステルなどの高分子合成において重要なモノマーとして機能します。
参考)ポリオール - Wikipedia

ポリカーボネートジオール(PCD)は、カーボネート骨格を持ち両末端に水酸基を有する長鎖ジオールで、耐熱性、耐加水分解性、耐薬品性に優れた特性を示します。この化合物は合成皮革、人工皮革、塗料・コーティング材など、高度な耐久性を必要とする用途に使用されています。1,6-ヘキサンジオール(1,6-HD)を原料とするホモポリマー型PCDが最も一般的であり、他のアルカンジオールと組み合わせることで共重合PCD(コポリマー)が製造されます。
参考)特徴と用途|旭化成のポリカーボネートジオール デュラノール™

ジオール化合物は医薬品開発においても重要な役割を果たしており、特にプロドラッグの分子設計に利用されます。医薬品の水酸基にホスホノオキシメチル基などを導入する際、ジオール構造を介することで体内動態の改善が可能になります。また、1,3-ブタンジオールや1,3-ペンタンジオールは微生物による生合成プラットフォームとして研究されており、グルコースと有機酸を出発基質とした大腸菌での生産が報告されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/56/5/56_406/_pdf/-char/ja

トリオールのヒドロキシ基配置と反応特性

トリオールは分子内に3つのヒドロキシ基を持つポリオールで、ジオールと比較して高い反応性と架橋形成能を示します。最も代表的なトリオールはグリセリン(1,2,3-プロパントリオール)で、3つのヒドロキシ基が連続する炭素原子に結合した構造を持ちます。ブタントリオールも工業的に重要なトリオールの一種として知られています。3つの水酸基を有することにより、ジイソシアネートとの反応において三次元的な架橋構造を形成しやすく、硬度や強度の高いポリウレタンフォームの製造に適しています。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2010150248A/ja

ポリプロピレングリコールのトリオール型(サンニックスGPシリーズ)は、ポリウレタン原料として広く使用されており、ジオール型と比較して実質官能基数が高く維持される特性を持ちます。分子量が増加してもトリオール型では官能基数が2.5以上に保たれるのに対し、ジオール型では分子量増加に伴い官能基数が低下する傾向が見られます。この特性により、トリオールは高分子量ポリオールの製造においても優れた性能を発揮します。
参考)ポリウレタン原料用PPG(ポリプロピレングリコール)『サンニ…

発泡ポリウレタンフォームの合成において、トリオール使用時はジオール使用時と比較して密で強度が強く、反発力の大きなフォームが生成されることが実験的に確認されています。これは水酸基が3つ存在することでジイソシアネートとの反応性が増し、より緊密なネットワーク構造が形成されるためです。有機化学合成においても、環状トリオールボレート塩はボロン酸やトリフルオロボレート塩と比較して約3倍の反応性を示し、遷移金属触媒反応における優れた試薬として機能します。
参考)http://www.gracon.jp/gc/gracon2020/wp-content/uploads/sites/10/2021/10/2021gracon_PP53.pdf

ジオールとトリオールのヒドロキシ基数による分類

ポリオールはヒドロキシ基の数によって体系的に分類され、1価アルコール、ジオール(2価)、トリオール(3価)、テトロール(4価)と呼称されます。ヒドロキシ基の個数は化合物の官能基数を決定し、高分子合成における反応挙動に直接的な影響を与えます。ジオールは官能基数2であり線状の高分子鎖を形成するのに対し、トリオールは官能基数3で分岐や架橋構造の形成が可能になります。テトラオールはさらに高度な架橋密度を持つ材料の合成に使用されます。
参考)https://www.agc-chemicals.com/file.jsp?id=jp%2Fja%2Fproducts%2Fpdf%2FPREMINOL_01.pdf

IUPAC命名法においては、複数のヒドロキシ基を持つ化合物に対して接尾語「-オール」の前に「ジ」「トリ」「テトラ」などの接頭辞を付加して表記します。例えば、プロパン-1,2,3-トリオールはグリセリンの系統名であり、3つの炭素原子にそれぞれヒドロキシ基が結合していることを示します。環式アルコールの場合は、ヒドロキシ基が結合している炭素原子を1位として番号付けが行われます。
参考)【これで完璧!】IUPAC命名法マスターへの道 ~優先順位も…

ポリウレタン製造においては、ポリオールの水酸基価(mgKOH/g)が重要な指標となり、この数値は分子量と官能基数から算出されます。例えば、官能基数2のジオールで分子量2,000の場合、水酸基価は約56となりますが、官能基数3のトリオールでは同じ分子量でもより高い水酸基価を示します。この差異が最終製品の物性に大きく影響を及ぼすため、用途に応じたポリオールの選択が極めて重要です。
参考)ポリカーボネートジオール(PCD)

天然物由来のトリオールとしては、myo-イノシトールからケタール保護を経て誘導されるアダマンタン類似構造を持つトリオール化合物が報告されています。このトリオールは極めて剛直な骨格を有し、コンホメーション変化のない特徴的な構造により、高性能高分子の合成に活用されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/koron/72/5/72_2014-0086/_pdf

ジオールとトリオールの反応性比較

ジオールとトリオールの反応性の違いは、主にヒドロキシ基の数に起因する立体化学的および電子的要因によって説明されます。トリオールは3つの水酸基を持つため、ジイソシアネートとの重付加反応において同時多点反応が可能であり、反応速度が速くなる傾向があります。実験的には、トリオール使用時の系のゲル化時間がジオール使用時よりも顕著に短縮されることが確認されています。この現象はネットワーク構造の形成速度の違いを反映しており、同じヒドロキシ基数でも立体配座が異なることで反応挙動が変化する興味深い例です。​
有機合成化学における環状トリオールボレート塩の反応性研究では、この化合物がボロン酸やトリフルオロボレート塩と比較して約3倍高い反応性を示すことが定量的に実証されています。トリオールボレート塩はアート錯体構造を形成し、パラジウム触媒によるクロスカップリング反応において、電子求引基を有する臭化物とは室温5時間以内、電子供与基を有する臭化物でも室温22時間以内で反応が完結します。この高反応性は対イオン効果によっても制御可能であり、K < Cs < Ba < NR4 < Tl < Ag の順で反応性が向上します。
参考)https://www.msd-life-science-foundation.or.jp/banyu_oldsite/sympo/sendai/2010/pdf/gist_miyaura.pdf

ジオール化合物の反応性については、特に1,3-ジオール類の生合成経路における研究が進んでいます。大腸菌内で構築された1,3-ジオール類プラットフォーム経路では、有機酸のCoA誘導体化を触媒する酵素と広範なアシルCoA活性を有する酵素の組み合わせにより、グルコースとプロピオン酸から1,3-ペンタンジオールが生産されます。イソ酪酸やグリコール酸を基質に用いることで、4-メチル-1,3-ペンタンジオールや1,2,4-ブタントリオールなど多様な1,3-ジオール類の生産が可能であり、この系の汎用性が実証されています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-16K18677/16K18677seika.pdf

医薬品代謝における反応性の違いとして、非CYP薬物代謝酵素であるmEH(ミクロソームエポキシドヒドロラーゼ)によるオキセタンのジオールへの代謝反応が知られています。この酵素はエポキシド環を開環してジオール構造を生成する反応を触媒し、薬物の体内動態や活性に影響を与える重要な代謝経路となっています。
参考)非CYP薬物代謝酵素であるmEHによるオキセタンのジオールへ…

ジオール・トリオールの産業応用と製造プロセス

ジオールとトリオールは工業的に極めて重要な化合物であり、ポリウレタン、ポリエステル、医薬品など多岐にわたる産業分野で活用されています。ポリカーボネートジオール(PCD)の製造プロセスでは、アルカンジオールと炭酸ジエステルを原料としてエステル交換触媒下で合成が行われます。最も一般的な原料は1,6-ヘキサンジオール(1,6-HD)であり、単独使用でホモポリマー型PCD、他のジオール(1,5-PD、1,4-BD、MPDなど)との組み合わせでコポリマー型PCDが製造されます。​
ポリプロピレングリコールのジオール型とトリオール型の製造においては、開始剤の選択が重要です。従来のエクセノール製法では副生物のモノオールが多く生成されましたが、新規開発されたプレミノール製法では副生物の生成が少なく、開始剤の官能基数に近いポリオールが得られます。この技術により、従来では困難であった分子量10,000前後の高分子量ポリオールの製造が可能になりました。​
ジオールとトリオールの製造方法としては、ナノ濾過膜を用いた精製技術も開発されています。ポリアミドを含む機能層を有するナノ濾過膜を通じてジオールまたはトリオール含有溶液を濾過し、透過側から高純度の製品を回収する工程が確立されています。得られた溶液はさらに逆浸透膜で濾過して濃度を高めることができ、最終的に減圧蒸留により精製されます。エチレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、グリセリン、ブタントリオールなど多様なジオール・トリオールがこの方法で製造可能です。​
ポリウレタン業界におけるジオール・トリオールの需要は、人工・合成皮革用途が全体の50~60%、塗料用途が30~40%を占めており、PCDの世界市場規模は約25,000~30,000トンと推定されています。主要メーカーとしては宇部興産、旭化成、東ソー、三菱ケミカルなどが日本国内で生産拠点を持ち、中国やタイ、スペインなどにも展開しています。特に中国市場では自動車用途の需要増加に伴いPCD市場が拡大傾向にあります。​
旭化成のポリカーボネートジオール技術情報(PCD特性の詳細)
長瀬産業ウレタン総合サイト(PCD市場動向と用途解説)

ジオール・トリオールのプロドラッグ設計への応用

医薬品化学においてジオール・トリオール構造は、プロドラッグ設計の重要な要素として機能します。プロドラッグとは薬物分子を化学的に修飾した誘導体で、それ自体は生理活性を示さず投与後体内で元の薬物分子に復元して薬効を示すものを指します。ジオール構造を介したプロドラッグ化により、①吸収・分布の改善、②標的部位への選択的送達、③生体内反応の修飾(副作用軽減、味・臭いのマスク)が可能になります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/dds/30/5/30_422/_pdf

リン酸エステル型プロドラッグでは、疎水性が高く溶解度に問題がある化合物のフェノール性水酸基やアルコール性水酸基にホスホノオキシメチル基を導入することで水溶性を向上させます。具体例として、プロポフォールのフェノール性水酸基にリン酸エステル構造を付与したホスプロポフォール、抗真菌薬ラブコナゾールの誘導体E1224、抗ウイルス薬テムサビルの誘導体ホステムサビルなどが臨床応用されています。これらのプロドラッグでは体内でリン酸エステル構造が加水分解され活性本体が生成します。​
配糖体は天然のプロドラッグとして機能する例があり、グリチルリチンは体内で徐々に加水分解されグリチルレチン酸に変換されます。この過程により一時的な高濃度にはならず長時間有効濃度を維持できるため、偽アルドステロン症などの副作用リスクを低減しています。また、抗がん薬のFutrafulやCarmofurはシトクロムP-450により水酸化された後、化学的に加水分解して活性型になる酸化型プロドラッグの代表例です。
参考)https://www.wakan-iyaku.gr.jp/wp-content/uploads/pdf/19980101_060623155103.pdf

エステラーゼを標的としたプロドラッグ設計では、ジオール構造を含むエステル結合が体内で加水分解される機構が利用されます。低分子医薬品の開発において、薬効に関わる官能基をエステル結合でマスクすることにより薬効を一時的に低下させると同時に分子全体の特性を変化させ、標的臓器で親薬物に代謝変換されるよう設計されます。プロドラッグやアンテドラッグ薬物代謝を利用した分子修飾体であり、薬剤学的・薬理学的特性の改善を目的としています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/04c508012fcb1f79ffef68d872a776c90e2b6244

日本薬学会論文(リン官能基を用いた創薬化学研究)
Drug Delivery System学会誌(プロドラッグとアンテドラッグの加水分解)

 

 


ジ・オール・シーイング・アイ (UHQCD) - ウェイン・ショーター