プロピオン酸(C₃H₆O₂、CH₃CH₂COOH)はカルボン酸の一種で、分子量74.08の化合物です 。常温では無色の液体で、特有の酸っぱい臭いを持ち、水、エタノール、エーテルなどに易溶性を示します 。融点は-20.83℃、沸点は141.1℃と比較的低く、取り扱いやすい物理的特性を有しています 。
参考)プロピオン酸(プロピオンサン)とは? 意味や使い方 - コト…
プロピオン酸は 飽和脂肪酸 の仲間として分類され、炭素数3の直鎖構造を持ちます 。化学的には中程度の強さの酸であり、pKa値は4.9程度を示します。この酸性度は抗菌作用の発現に重要な役割を果たし、特にpH6以下の環境で強い抗真菌・抗細菌効果を発揮します 。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/79-09-4.html
プロピオン酸の合成は プロピオニトリル の加水分解や、1-プロパノールの酸化によって行われます 。工業的にはナフサの直接酸化による副生成物として回収する方法が一般的で、大量生産が可能となっています 。
参考)プロピオン酸
1-プロパノールは体内で アルコール脱水素酵素(ADH) により代謝され、プロピオンアルデヒドを経てプロピオン酸に変換されます 。この代謝過程は 段階的酸化反応 として進行し、最終的にプロピオン酸は トリカルボン酸サイクル に入り、CO₂と水にまで分解されます 。
参考)https://www.nihs.go.jp/hse/ehc/sum2/ehc102/ehc102.html
プロパノールからプロピオン酸への変換は、まず 第一段階 でアルコール脱水素酵素によりプロピオンアルデヒド(CH₃CH₂CHO)が生成されます 。次に 第二段階 でアルデヒド脱水素酵素により、プロピオンアルデヒドがプロピオン酸に酸化されます 。この代謝速度は個体差があり、アルコール脱水素酵素の遺伝的多型により影響を受けます 。
参考)プロピオンアルデヒド - Wikipedia
プロパノールの毒性 について、高濃度暴露では中枢神経抑制作用が現れ、嘔吐、悪心、めまい、血圧低下などの症状が見られます 。しかし、低濃度での長期暴露による慢性毒性は比較的軽微で、NOAEL(無毒性量)は動物実験で5200 ppmと報告されています 。
参考)https://downloads.hindawi.com/journals/jt/2020/9172569.pdf
プロピオン酸は 抗菌薬・酸性化剤 として医薬品添加物に分類され、幅広い医療用途を持ちます 。特に 抗真菌作用 に優れ、カンジダ属、アスペルギルス属などの真菌に対して強い増殖抑制効果を示します 。この作用機序は、菌体内のpHを低下させることによる代謝阻害と考えられています 。
参考)KEGG DRUG: プロピオン酸
プロピオン酸誘導体 として、クロベタゾールプロピオン酸エステルやベタメタゾンジプロピオン酸エステルなどのステロイド外用薬が広く使用されています 。これらの化合物では、プロピオン酸エステル化により 皮膚透過性 と 抗炎症作用 が向上し、より効果的な治療が可能となっています 。
参考)https://www.iwakiseiyaku.co.jp/dcms_media/other/cbpoif20250528.pdf
消毒剤分野 では、プロパノールがエタノールの代替として使用され、特にイソプロパノール(2-プロパノール)は 70vol%濃度 で強力な殺菌効果を発揮します 。プロパノールの消毒効果は、細胞膜の脂質二重層を破壊し、タンパク質を変性させることにより実現されます 。
参考)公益社団法人 福岡県薬剤師会
プロピオン酸とその塩類(プロピオン酸カルシウム、プロピオン酸ナトリウム)は、食品保存料として重要な役割を果たしています 。特に パン・洋菓子類 において、夏季のカビ発生防止に効果的で、食品の保存期間を大幅に延長させます 。
参考)パン保存料プロピオン酸カルシウムは安全か? - 知識
プロピオン酸の 抗菌スペクトラム は主に好気性細菌と真菌に対して効果的で、特にRhizopus属、Penicillium属などの 食品腐敗菌 に対して強い増殖阻害を示します 。作用機序は、菌体内でのエネルギー代謝の阻害と細胞膜機能の障害によるものと考えられています。
使用基準 として、プロピオン酸類は酸性条件下で効果を発揮するため、使用食品のpHが重要な要因となります 。また、特有の臭気があるため、使用量は自然と制限され、官能的品質 を損なわない範囲での使用が求められます 。
参考)https://www.asama-chemical.co.jp/TENKAB/YUKAWA17.HTM
プロピオン酸血症(プロピオニルCoAカルボキシラーゼ欠損症)は、プロピオン酸の代謝に関わる酵素の先天的欠損により発症する稀な遺伝性代謝疾患です 。この疾患では、プロピオニルCoAがメチルマロニルCoAに変換できず、体内にプロピオン酸が蓄積します。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/7581ca06aef1fa61c5d86120db6cfc9a1caceba4
診断には 超高性能液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC-MS/MS) によるメチルマロニルCoAの定量が用いられ、酵素活性の測定が可能です 。治療は低タンパク食事療法と L-カルニチン補充 が基本となり、重症例では 肝移植 が検討される場合もあります。
プロピオン酸代謝に関連する 腸内細菌叢 の役割も注目されており、特定の細菌種がプロピオン酸を産生し、宿主のエネルギー代謝や免疫機能に影響を与えることが報告されています 。この知見は、プレバイオティクスやプロバイオティクスの開発に応用される可能性があります。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/986ac460b86989a850af0d80e54a4dd53080353e