イベルメクチンは、無脊椎動物の神経・筋細胞に存在するグルタミン酸作動性塩化物イオンチャネル(GluCl)に選択的かつ高い親和性を持って結合します。この結合により、塩化物イオン(Cl⁻)に対する細胞膜の透過性が上昇し、細胞内へのCl⁻流入が促進されます。
参考)イベルメクチン - Wikipedia
結果として神経細胞や筋細胞の過分極が生じ、寄生虫は麻痺を起こして死滅に至ります。特筆すべき点は、この薬剤が神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)によって活性化される他のリガンド作動性Cl⁻チャンネルとも弱いながら相互作用することです。
参考)ストロメクトールの薬効薬理
哺乳類ではグルタミン酸作動性Cl⁻チャンネルの存在が報告されていないため、イベルメクチンは寄生虫に対して選択的に作用し、宿主である哺乳類への影響は限定的となります。この選択性が、イベルメクチンの高い安全性を支える重要な要因となっています。
参考)イベルメクチンとは?寄生虫治療の効果と知っておくべきこと -…
イベルメクチンは、腸管糞線虫症、疥癬、リンパ系フィラリア症、オンコセルカ症(河川盲目症)など、多様な寄生虫感染症に対して承認されています。疥癬治療においては、ヒゼンダニによる皮膚病変に対して高い治療効果を発揮します。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/4cbd10ad631e41125d67fe14a6f505acc433e4fd
リンパ系フィラリア症に対しては、世界保健機関(WHO)を含む多くの国で20年以上前に承認されており、mass drug administration(MDA)プログラムで広く使用されてきました。特にStrongyloides stercoralisやTrichuris trichiuraなど、他の駆虫薬では効果が限定的な寄生虫に対しても有効性が確認されています。
参考)「今こそイベルメクチンを使え」東京都医師会の尾崎治夫会長が語…
消化管内寄生線虫に対する効果も広範囲で、Haemonchus contortus、Trichostrongylus属、Cooperia属など複数の線虫種に対して、0.2mg/kgの用量で95%以上の駆虫活性を示すことが動物実験で確認されています。回虫症、鞭虫症など、様々な寄生虫の治療に使用されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/122/6/122_6_527/_pdf
健常成人にイベルメクチン6mgまたは12mgを経口投与した場合、血清中濃度はそれぞれ投与後5時間および4時間で最高値(Cmax)に達し、その値は19.9ng/mLおよび32.0ng/mLでした。12mg投与群では6mg投与群と比較してAUCおよびCmaxが平均値でそれぞれ1.3倍および1.6倍に増加しましたが、統計的有意差は認められませんでした。
参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2002/P200200036/63015300_21400AMY00237_W100_1.pdf
食事による影響も確認されており、高脂肪食摂取後にイベルメクチン30mgを経口投与した場合、AUCは空腹時の2.57倍になりました。これは食事が薬物の吸収を著しく増加させることを示しており、投与時の食事状況を考慮する必要があります。
尿中排泄については、投与後48時間まで全ての尿試料でイベルメクチンが検出限界以下であったことから、主な排泄経路は尿路系ではないことが示されています。日本人と外国人の血中濃度を比較すると、両者は同様な推移を示しますが、日本人のAUCは外国人の50~80%という結果が得られています。
イベルメクチンは駆虫作用だけでなく、抗炎症作用も有しています。免疫薬理学の研究において、腫瘍壊死因子やインターロイキン(IL)-1βなどの炎症性サイトカインの産生を阻害しながら、抗炎症性サイトカインIL-10を上方制御することが報告されています。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2016526572A/ja
酒さの治療において、イベルメクチンはカリクレイン5(KLK5)やカテリシジン遺伝子発現、タンパク分泌の抑制を通じて、炎症性サイトカインの産生を阻害します。酒さでは免疫異常や神経血管調整異常によってこれらの抗菌タンパクのレベルが上昇し、炎症が引き起こされているため、イベルメクチンの介入は症状緩和に有効です。
参考)イベルメクチン|酒さ治療薬|こばとも皮膚科|栄駅(名古屋市栄…
肺線維症モデルにおける研究では、イベルメクチン(0.6mg/kg)がNLRP3インフラマソームを抑制し、HIF-1αおよびNF-κBの発現を調節することで抗炎症効果を発揮することが示されました。このような多面的な抗炎症作用は、イベルメクチンが寄生虫治療を超えた幅広い臨床応用の可能性を持つことを示唆しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10423969/
イベルメクチンは適応症に対して医師の管理下で適切に使用される限り、一般的に安全性が高い薬剤とされています。主な副作用としては消化器系症状(吐き気、嘔吐、下痢、腹痛)、神経系症状(めまい、頭痛、傾眠)、皮膚症状(かゆみ、発疹、じんましん)、その他(倦怠感、無力症)が報告されています。
参考)イベルメクチン」の効果・副作用は?個人輸入のリスクを解説|コ…
これらの副作用は通常軽度で一時的なものがほとんどですが、寄生虫の死滅に伴って起こる反応(マゾッティ反応など)が生じる場合もあります。重大な副作用としては、中毒性表皮壊死融解症、皮膚粘膜眼症候群、肝機能障害、黄疸、血小板減少が挙げられます。
参考)https://www.tokyo.med.or.jp/wp-content/uploads/press_conference/application/pdf/20210309-5.pdf
動物実験における急性LD₅₀値は、サルで24,000μg/kg、ビーグル犬で80,000μg/kgと報告されており、ヒトでの治療用量(150~200μg/kg)と比較して極めて高い安全域を有しています。ただし、不適切な高用量使用では胃腸障害、錯乱、運動失調、低血圧、痙攣などの重篤な症状が生じる可能性があり、集中治療室での管理を要する症例も報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7853155/
<参考リンク>
疥癬治療におけるイベルメクチンの効果と投与法について詳しく記載されています。
ストロメクトールの薬効薬理 | マルホ 医療関係者向けサイト
イベルメクチンの作用機序と駆虫効果の詳細が解説されています。
腸管糞線虫症治療薬イベルメクチン(ストロメクトール)の薬理作用