破傷風の症状と治療方法及び予防対策

破傷風は重篤な感染症として知られ、適切な治療がなければ致命的となる可能性があります。この記事では症状の進行過程から最新の治療法まで医療従事者向けに詳しく解説します。あなたの診療現場で破傷風患者に遭遇したとき、どのような対応ができるでしょうか?

破傷風の症状と治療方法について

破傷風の主要ポイント
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病原体と毒素

破傷風菌(Clostridium tetani)が産生する神経毒素が原因で発症する重症感染症

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特徴的な症状

開口障害、痙笑、筋硬直、全身性痙攣、自律神経症状など徐々に重症化

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治療の三本柱

抗破傷風ヒト免疫グロブリン投与、抗菌薬療法、全身管理(呼吸・循環サポート)

破傷風の定義と感染経路

破傷風は、土壌中に広く存在する偏性嫌気性菌である破傷風菌(Clostridium tetani)が産生する強力な神経毒素によって引き起こされる急性の感染症です。この破傷風毒素は神経系に作用し、筋肉の持続的な収縮や痙攣を引き起こします。

 

破傷風菌は主に土壌や動物の糞便中に芽胞の形で存在しています。この芽胞は非常に強靭で、煮沸や乾燥、一般的な消毒薬にも耐性があり、長期間生存することができます。感染経路としては、主に以下のようなケースが考えられます:

  • 土や埃で汚染された傷口からの感染
  • 錆びた釘や針などの金属による刺し傷
  • やけどや擦り傷
  • 動物の咬傷
  • 不衛生な環境での手術や出産

特に注意すべきは、明らかな外傷歴がない場合でも発症することがあることです。これは、微小な傷から菌が侵入し、気づかないうちに増殖することがあるためです。実際、臨床現場では外傷歴が特定できない破傷風症例も報告されています。

 

破傷風の症状経過と重症度分類

破傷風の症状は感染から発症までの潜伏期間を経て現れます。潜伏期間は一般的に3日から21日とされていますが、最短で24時間、最長で数ヶ月後に発症することもあります。潜伏期間が短いほど、一般に重症化しやすい傾向があります。

 

症状は通常、以下の4つの病期に分けられます。

第1期(潜伏期:1〜7日間)

  • 全身の違和感
  • 受傷部の違和感
  • 頸部や顎の疲労感
  • 寝汗
  • 歯ぎしり

第2期(痙攣発作前期:数時間〜1週間)

  • 開口障害(最も特徴的な初期症状)
  • 「痙笑」と呼ばれる特徴的な表情(破傷風顔貌)
  • 嚥下障害
  • 構音障害
  • 咬筋・頸部筋の圧痛
  • 四肢の硬直

第3期(全身痙攣持続期:2〜3週間)

  • 全身筋の強直性痙攣
  • 後弓反張(背中が弓なりに反る)
  • バビンスキー反射
  • 呼吸困難
  • 自律神経症状(発汗過多、頻脈、血圧変動)

第4期(回復期:2〜3週間)

  • 症状の緩和
  • 筋の強直や腱反射亢進は残存

破傷風の重症度分類としては、軽症、中等症、重症に分けられます。重症度の評価には、潜伏期間の長さ、症状の進行速度、痙攣の程度、自律神経症状の有無などが考慮されます。

 

重症度 特徴 TIG推奨投与量
軽症 局所症状のみ、全身症状軽微 3,000単位
中等症 中等度の開口障害と全身症状 6,000単位
重症 重度の筋硬直、頻回の痙攣、自律神経症状 10,000単位

臨床現場での経験によると、特に高齢者では非典型的な症状で発症することがあり、初期診断が困難なケースも少なくありません。そのため、原因不明の筋硬直や開口障害を認める患者では、常に破傷風の可能性を念頭に置く必要があります。

 

破傷風の標準的治療法と薬物療法

破傷風と診断された場合、迅速かつ適切な治療が予後を大きく左右します。治療は主に以下の3つの柱から成ります。

  1. 毒素の中和: 抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG)の投与
  2. 細菌増殖の抑制: 抗菌薬療法
  3. 症状の管理: 筋弛緩薬、鎮静薬の投与、呼吸・循環管理

1. 抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG)療法

TIGは遊離状態の破傷風毒素を中和する効果があります。すでに神経組織に結合した毒素には効果がないため、できるだけ早期の投与が重要です。投与量は重症度によって異なりますが、一般的に以下の投与量が推奨されています。

  • 軽症:3,000単位(1回投与)
  • 中等症:6,000単位(1回投与)
  • 重症:10,000単位(1回投与)

TIGが入手できない場合は、静注用免疫グロブリン製剤(IVIG)の投与も代替治療として検討されます。

 

2. 抗菌薬療法

破傷風菌の増殖を抑制し、毒素産生を防ぐために抗菌薬を投与します。第一選択薬は以下の通りです。

  • ペニシリンG:200〜400万単位を4〜6時間ごとに投与(10〜14日間)
  • メトロニダゾール:500mgを6〜8時間ごとに投与(10日間)

最近の研究では、メトロニダゾールがペニシリンよりも優れた治療成績を示すという報告もあります。

 

3. 創傷処置

感染源となった傷口の適切な処置も重要です。

  • 傷口の徹底的な洗浄
  • 壊死組織や異物の除去(デブリドマン)
  • 必要に応じて切開排膿

4. 筋弛緩・鎮静療法

筋硬直や痙攣に対しては以下の薬剤が用いられます。

  • ジアゼパム:5〜10mgを4〜6時間ごとに投与
  • ミダゾラム:持続静注(0.05〜0.2mg/kg/時)
  • バクロフェン:15〜25mg/日(3回分割投与)
  • ダントロレン:25〜100mg/日(分割投与)

重症例では筋弛緩薬(ベクロニウムなど)の併用も検討されます。

 

破傷風患者の集中治療管理のポイント

重症の破傷風患者は集中治療室(ICU)での管理が必要です。ICU管理において重要なポイントは以下の通りです。

1. 呼吸管理

破傷風の死亡原因として最も重要なのは呼吸不全です。以下のような対応が必要となります。

  • 早期の気道確保(気管内挿管または気管切開)
  • 人工呼吸管理
  • 定期的な喀痰吸引
  • 人工呼吸器関連肺炎の予防

呼吸管理は長期化することが多く、平均して2〜3週間の人工呼吸管理が必要になることがあります。

 

2. 循環管理

自律神経障害による循環動態の不安定性に対応するため、以下の管理が重要です。

  • 継続的な血圧・心拍数モニタリング
  • 適切な輸液管理
  • カテコラミン製剤の準備(低血圧時)
  • β遮断薬の準備(高血圧・頻脈時)
  • 必要に応じて一時的ペースメーカーの使用

特に重症例では、急激な血圧変動や不整脈、心筋障害(タコツボ型心筋症など)を合併することがあるため注意が必要です。

 

3. 鎮静・疼痛管理

破傷風患者は意識清明であるにもかかわらず、強い筋硬直や痙攣に伴う激しい痛みを経験します。適切な鎮静・疼痛管理は以下の点で重要です。

4. 栄養・代謝管理

長期の集中治療に伴い、適切な栄養管理が重要です。

  • 早期の経腸栄養開始(可能であれば)
  • 高カロリー・高タンパク質の栄養補給
  • 血糖値の厳密なコントロール
  • 電解質バランスの維持

5. 合併症予防

長期臥床に伴う合併症予防も重要な管理ポイントです。

  • 深部静脈血栓症予防
  • 褥瘡予防
  • 早期リハビリテーション介入
  • 関節拘縮予防のためのポジショニング

日本神経学会誌で報告された11例の破傷風症例の臨床的検討によると、ICU管理を要した7例のうち、人工呼吸管理期間は平均20.4日でした。また、全例で適切な治療により救命することができていますが、回復までには長期間を要しています。

破傷風の予防接種スケジュールと最新のエビデンス

破傷風は適切な予防接種によって高い確率で予防可能な疾患です。日本における標準的な予防接種スケジュールと、最新のエビデンスに基づく推奨について解説します。

 

1. 標準的な予防接種スケジュール

日本では、以下のスケジュールで破傷風トキソイドを含むワクチン接種が推奨されています。

  • 初回免疫:DPT(ジフテリア・百日咳・破傷風)三種混合ワクチンを生後3ヶ月から開始し、3〜8週間隔で3回接種
  • 追加接種:初回接種から1年後に1回
  • 学童期:DT(ジフテリア・破傷風)二種混合ワクチンを11〜12歳時に1回
  • 成人期:10年ごとの追加接種が推奨

特に注意すべきは、昭和50年前後(1975年頃)出生の方では、副反応のため予防接種が一時期中断されていた経緯があり、免疫が不十分な可能性があることです。母子手帳や医療機関での接種歴の確認が重要です。

 

2. 外傷時の破傷風予防

外傷患者における破傷風予防の指針は以下の通りです。

予防接種歴 清潔な小さい傷 汚染された傷、大きい傷
不明または3回未満 破傷風トキソイド 破傷風トキソイド + TIG
3回以上、最終接種から5年以内 不要 不要
3回以上、最終接種から5〜10年 不要 破傷風トキソイド
3回以上、最終接種から10年以上 破傷風トキソイド 破傷風トキソイド

3. 特殊なケースでの対応

高齢者

高齢者では免疫応答が低下していることがあるため、定期的な追加接種が特に重要です。65歳以上の方で10年以上接種していない場合は、追加接種を検討すべきです。

 

免疫不全患者

HIV感染者や免疫抑制治療中の患者では、通常の予防接種スケジュールに加えて、より頻回な追加接種が必要になることがあります。

 

妊婦

妊婦への破傷風トキソイド接種は安全とされており、妊娠中の接種も可能です。特に妊娠後期の接種は、新生児破傷風の予防にも有効です。

 

4. 新しい研究知見

最新の研究では、従来の10年ごとの追加接種ではなく、成人では30年に1回の追加接種で十分な免疫を維持できる可能性が示唆されています。ただし、この知見はまだ一般的な推奨には反映されていないため、現時点では10年ごとの追加接種が標準的です。

 

破傷風は適切な予防接種によって予防可能な疾患である一方で、自然感染による免疫獲得は期待できません。そのため、適切な予防接種スケジュールの遵守と、必要に応じた追加接種が重要です。医療従事者は患者の予防接種歴を確認し、適切な時期に追加接種を推奨することが求められます。

 

厚生労働省検疫所の破傷風に関する情報では、詳細な予防接種の推奨スケジュールが掲載されています。