ゴナドレリン酢酸塩は、視床下部から分泌される天然のLH-RH(黄体形成ホルモン放出ホルモン)と同様の作用を示す合成ペプチドホルモンです。この薬剤の主要な薬理作用は、下垂体前葉のゴナドトロピン分泌細胞に直接作用し、LH(黄体形成ホルモン)とFSH(卵胞刺激ホルモン)の分泌を促進することにあります。
健康成人男性に100μg静脈内投与した場合、血中LH値は投与後10分より上昇を開始し、30分後に最大値(80.3±18.5mIU/mL)に達します。同様にFSH値も10分後より上昇し、30分後に最大値(19.0±11.6mIU/mL)に到達した後、徐々に減少していきます。
臨床効果については、国内21施設で実施された32例の臨床試験において、全体の有効率84.3%という優れた成績が報告されています。疾患別の有効率を見ると、ゴナドトロピン単独欠損症では100%、視床下部器質性障害では80.0%、成長ホルモン分泌不全性低身長症(ゴナドトロピン分泌不全を伴う)では72.7%となっており、特にゴナドトロピン単独欠損症に対して高い効果を示しています。
ゴナドレリン酢酸塩の適応疾患は、視床下部性性腺機能低下症に限定されており、具体的には以下の3つの疾患群が対象となります。
診断的価値においては、LH-RH負荷試験として使用される際の反応パターンが重要な指標となります。正常反応では投与後30分でLH値が30mIU/mL以上に上昇しますが、視床下部性性腺機能低下症では投与前のLH値は30mIU/mL未満と低値を示すものの、投与後は30mIU/mL以上に上昇する遅延反応または部分的反応を示します。
一方、下垂体性性腺機能低下症では投与前後ともにLH値が30mIU/mL未満と低値のまま推移し、原発性性腺機能低下症では投与前からLH値が30mIU/mL以上の高値を示し、投与後はさらに高値となる特徴的なパターンを呈します。
ゴナドレリン酢酸塩の副作用発現頻度は比較的低く、総症例数6,505例中23例(0.35%)で副作用が報告されています。主な副作用として報告されているのは、悪心14例(0.22%)、尿意7例(0.11%)、熱感5例(0.08%)などですが、これらの多くはTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)との併用時に認められたものです。
LH-RH単独投与時の副作用としては、月経早期発来3例(0.05%)が報告されており、これは薬剤の薬理作用による生理的反応と考えられます。
頻度別の副作用分類では、0.1~5%未満の頻度で以下の副作用が報告されています。
重大な副作用として注意すべきは、下垂体腺腫患者に投与した場合にまれに発生する下垂体卒中(頻度0.1%未満)です。これは頭痛、視力・視野障害を伴う重篤な合併症であり、このような症状が出現した場合には外科的治療等の適切な処置が必要となります。
ゴナドレリン酢酸塩の標準的な用法用量は、ゴナドレリン酢酸塩として通常1回10~20μgを2時間間隔で1日12回皮下投与することです。この投与法は、生理的なLH-RHの分泌パターンを模倣した間歇的投与法であり、持続的な下垂体刺激を避けることで受容体の脱感作を防ぐ重要な意味があります。
投与期間については、12週間投与を継続し、血中ゴナドトロピンあるいは性ホルモンの上昇が認められない場合は投与を中止することが推奨されています。この期間設定は、薬剤の効果判定に十分な時間を確保しつつ、無効例に対する不必要な長期投与を避けるための合理的な基準です。
投与方法に関する重要な注意点として、用法に従った投与間隔を維持しないと血中ゴナドトロピン及び性ホルモンの低下を来すことがあるため、適切に調節された自動間歇注入ポンプを用いて投与することが必須とされています。
禁忌事項として、以下の患者には投与してはいけません。
これらの禁忌は、ゴナドレリン酢酸塩の作用により性ホルモンの分泌が促進され、腫瘍の悪化あるいは顕性化を促す可能性があるためです。
ゴナドレリン酢酸塩の化学的性質は、分子式C₅₅H₇₅N₁₇O₁₃・2C₂H₄O₂、分子量1302.39の白色~微黄色の粉末で、においはないか、または僅かに酢酸臭があります。水、メタノール、酢酸に溶けやすく、エタノールにはやや溶けにくい性質を示し、吸湿性があることが特徴です。
現在市販されている製剤には、ヒポクライン注射液1.2(1管3mL中にゴナドレリン酢酸塩1.2mg含有)とヒポクライン注射液2.4(1管3mL中にゴナドレリン酢酸塩2.4mg含有)の2規格があります。両製剤ともpH4.3~5.3、浸透圧比約1(生理食塩液に対する比)の無色澄明な液として調製されています。
保存条件は室温保存で、有効期間は3年間です。ただし、開封後の安定性試験では、開放条件下で3ヵ月保存すると外観が微黄褐色~黄褐色に変色し、溶状の低下、pHの上昇、酢酸の減少及び含量の低下(残存率約97%)が認められるため、開封後は速やかに使用することが重要です。
薬価については、ヒポクライン注射液1.2が19,528円/管、ヒポクライン注射液2.4が37,021円/管となっており、いずれも処方箋医薬品として厳格な管理下で使用されています。
製剤の品質管理においては、日本薬局方「ゴナドレリン酢酸塩」の確認試験法として、紫外可視吸光度測定法、赤外吸収スペクトル測定法、酢酸エチル臭の確認試験が実施され、定量法には液体クロマトグラフィー法が採用されています。
参考情報として、KEGGデータベースでの薬物情報が詳細に記載されています。
KEGG医薬品データベース - ヒポクライン
診断用製剤としてのLH-RH注0.1mg「ニプロ」に関する詳細情報も参考になります。