ナファレリン酢酸塩水和物(商品名:ナサニール)は、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)誘導体製剤として分類される薬剤です。本薬は初期投与時に一過性のLH・FSH分泌促進を示しますが、反復投与によりGnRH受容体数が減少(ダウンレギュレーション)し、下垂体のGnRHに対する反応性が低下してLH・FSH分泌が抑制されます。
この作用機序により、主に卵巣のエストロゲン産生・分泌が抑制され、子宮内膜症組織の退縮または子宮筋腫の縮小により治療効果を示します。臨床試験では、子宮内膜症患者273例における最終全般改善率は76.2%、子宮筋腫患者164例では78.1%という高い有効性が確認されています。
子宮内膜症に対する症状別改善率は以下の通りです。
子宮筋腫に対しては、過多月経97.1%、月経時下腹痛94.6%、月経時腰痛94.9%という極めて高い改善率を示しています。
本薬の標準的な用法・用量は、子宮内膜症および子宮筋腫に対して1回200μg(1噴霧)を1日2回、片側鼻腔に投与します。月経周期1~2日目より投与を開始し、生殖補助医療における早発排卵の防止にも同様の用量で使用されます。
薬物動態学的特性として、点鼻投与後の血中濃度推移は以下の通りです。
投与量 | Cmax (ng/mL) | Tmax (min) | 半減期 (min) | AUC (ng・min/mL) |
---|---|---|---|---|
100μg | 0.59±0.46 | 34.0±5.48 | 409.8±318.3 | 95.2±67.9 |
200μg | 0.92±0.66 | 26.7±8.16 | 245.0±47.7 | 132.3±62.8 |
400μg | 1.43±0.87 | 25.7±7.87 | 309.9±119.3 | 235.2±163.9 |
用量反応探索試験により、200μg1日2回投与が子宮内膜症および子宮筋腫に対する至適用量として確立されています。本薬は水に溶けやすく、吸湿性を有する白色~淡黄色の粉末として存在し、点鼻液として無色澄明の製剤となっています。
ナファレリン酢酸塩の使用において、医療従事者が特に注意すべき重大な副作用が複数報告されています。
うつ状態(0.1~5%未満)
エストロゲン低下作用に基づく更年期障害様のうつ状態が現れることがあります。気分の憂鬱、悲観的思考、思考力低下、不眠、食欲不振、全身倦怠感などの症状に注意が必要です。
血小板減少(0.1%未満)
鼻血、歯茎の出血、青あざの形成、出血が止まりにくいなどの症状が現れた場合は、血小板減少を疑い適切な検査を実施する必要があります。
肝機能障害(0.1~5%未満)
AST、ALT、γ-GTPの上昇を伴う肝機能障害や黄疸が発現することがあります。疲労感、全身倦怠感、食欲不振、白目や皮膚の黄変などの症状に注意してください。
不正出血(0.1~5%未満)
大量の不正出血が発現することがあり、月経時以外の性器出血として現れます。
卵巣嚢胞破裂
子宮内膜症患者において特に注意が必要で、腹部膨満感、下腹部痛(圧痛等)などの症状が認められた場合は適切な処置が必要です。
アナフィラキシー
他のGnRH誘導体製剤でアナフィラキシー(呼吸困難、熱感、全身紅潮等)の報告があるため、十分な観察が必要です。
重大な副作用以外にも、様々な副作用が報告されており、頻度別に整理すると以下の通りです。
5%以上の高頻度副作用
0.1~5%未満の副作用
消化器系では便秘、下痢、口渇、食欲減退、腹痛、悪心・嘔吐が報告されています。筋骨格系では肩こり、疼痛(四肢・肩・腰等)、血清リン上昇、関節痛が見られます。
精神神経系ではめまい、神経過敏、しびれ感、傾眠、不安、発汗、立ちくらみ、耳鳴、不眠などの多彩な症状が現れることがあります。
0.1%未満の副作用
循環器系では心悸亢進、四肢冷感、血圧上昇、鼻腔では粘膜刺激症状や鼻炎、血液系では白血球減少などが報告されています。
これらの副作用は、エストロゲン低下に伴う更年期様症状として理解することが重要で、患者への十分な説明と継続的な観察が必要です。
ナファレリン酢酸塩の長期使用において、特に注目すべきは骨密度への影響です。安全性試験では、子宮内膜症患者16例に対して200μg1日2回、24週間投与した結果、腰椎(L2-L4)の骨密度が3.25%減少することが確認されました。
興味深いことに、投与終了後24週時点では骨密度減少は2.97%まで改善し、回復傾向が認められました。一方、大腿骨頸部の骨密度には有意な変化は見られませんでした。この結果は、本薬の骨密度への影響が可逆的である可能性を示唆しており、治療終了後の骨密度回復が期待できることを意味します。
しかし、長期投与を行う際は定期的な骨密度測定を実施し、必要に応じてカルシウムやビタミンD製剤の併用を検討することが推奨されます。特に骨粗鬆症のリスクファクターを有する患者では、より慎重な経過観察が必要です。
また、雌サルを用いた動物実験では、3mg単回筋肉内投与により血中LH・FSH量の減少と正常な性周期に伴う血中プロゲステロン量増加の抑制が確認されており、下垂体機能と卵巣機能の両方が抑制されることが実証されています。
臨床現場では、これらの長期的影響を考慮し、治療期間の適切な設定と患者の生活の質(QOL)を総合的に評価した治療計画の立案が重要となります。特に若年患者では、将来の妊孕性への影響も含めた十分なインフォームドコンセントが必要です。
厚生労働省による医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議の資料
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000891508.pdf
PMDA(医薬品医療機器総合機構)の添付文書情報
https://www.info.pmda.go.jp/downfiles/guide/ph/672212_2499702Q1043_3_00G.pdf