ドロスピレノン・エチニルエストラジオール配合剤は、合成黄体ホルモンであるドロスピレノン3mgと合成卵胞ホルモンであるエチニルエストラジオール0.02mgを含有する月経困難症治療剤です。本剤の作用機序は、視床下部-下垂体-卵巣系への複合的な影響により実現されます。
参考)https://www.mhlw.go.jp/www1/kinkyu/iyaku_j/iyaku_j/anzenseijyouhou/310_1.pdf
ドロスピレノンは、プロゲステロン受容体(PR)に結合して、卵胞刺激ホルモン(FSH)及び黄体形成ホルモン(LH)の分泌を抑制し、排卵を抑制する作用を有します。エチニルエストラジオールも下垂体に作用することでFSH及びLHの分泌を抑制し、卵胞の発育を抑えることで排卵抑制に寄与します。この排卵抑制作用により、子宮内膜の肥厚が抑制され、プロスタグランジン類等の過剰産生を抑制することにより子宮収縮運動を抑制し、月経困難症の症状改善をもたらします。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00070521
薬物動態に関しては、血清中ドロスピレノン濃度は投与1.5時間後に最高血清中濃度(Cmax)に達し、その後二相性の消失を示します。一方、血清中エチニルエストラジオール濃度は投与1.5時間後にCmaxに達した後、速やかに消失し、投与6~48時間後には定量限界以下となるという特徴的な薬物動態パターンを示します。
参考)https://www.aska-pharma.co.jp/iryouiyaku/news/filedownload.php?name=0c2db444e6dc84a6c07d548dbbc9c39b.pdf
ドロスピレノンの最も特徴的な薬理作用は、他のプロゲスチンには見られない抗ミネラルコルチコイド作用です。この作用により、腎尿細管遠位部において、副腎皮質から分泌されるアルドステロン及びデスオキシコルチコステロン等の鉱質コルチコイド依存性のナトリウム-カリウム交換反応や水分貯留作用に拮抗します。
参考)https://www.alyssa-tablets.com/medical/about/structure/
臨床的には、この抗ミネラルコルチコイド作用により、ナトリウム及び水の利尿が促進され、血清カリウム値の上昇、尿中アルドステロン排泄量の増加が認められます。この結果、従来の経口避妊薬で問題となっていたむくみや体重増加が起こりにくくなるという大きな利点があります。実際の臨床現場では、患者が「体重増加」を心配することが多いですが、ドロスピレノンの利尿作用により、他のピルに比較してむくみ・体重増加が起こりにくいことが確認されています。
参考)https://uchikara-clinic.com/prescription/yaz/
さらに、ドロスピレノンは抗アンドロゲン作用も併せ持つため、男性ホルモンの働きを抑える作用により、皮脂の分泌を抑制し、ニキビや多毛といった症状の改善も期待できます。この複合的な作用により、従来のホルモン療法では困難であった複数の症状を同時に改善できる可能性があります。
参考)https://asitano.jp/article/662
子宮内膜症に伴う疼痛に対するドロスピレノン・エチニルエストラジオールの治療効果は、複数のメカニズムが相乗的に作用することで実現されます。主要な作用は排卵抑制による卵巣ホルモン分泌の安定化ですが、子宮内膜に対する直接的な影響も重要な要素です。
参考)https://mederi.jp/magazine/pills/pills44/
排卵が抑制されることにより、エストロゲンの周期的変動が減少し、異所性子宮内膜組織の増殖が抑制されます。さらに、プロゲスチン様作用により子宮内膜は萎縮性変化を示し、月経量の減少とともに疼痛の軽減が得られます。ヤーズフレックスなどの連続投与製剤では、最大120日間の連続投与が可能であり、その間は休薬期間を挟むことなく過ごせるため、毎月の月経による症状の悪化を回避できます。
子宮内膜症患者においては、長期投与による血管内皮機能への影響も検討されており、糖・脂質代謝に及ぼす影響についても継続的な研究が進められています。これらの知見は、長期投与時の安全性評価において重要な指標となっています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/79722f37dc73cd9741e7b26d2e950767c62987be
血栓症は、ドロスピレノン・エチニルエストラジオール配合剤において最も注意すべき重大な副作用です。厚生労働省の報告によると、2010年11月の販売開始から2014年1月まで(推定使用患者187,000婦人年)の間に、本剤との因果関係が否定できない血栓症による死亡が3例報告されています。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000147579.pdf
血栓症の初期症状として、下肢の急激な疼痛・腫脹、突然の息切れ、胸痛、激しい頭痛、四肢の脱力・麻痺、構語障害、急性視力障害等があります。これらの症状が現れた場合は直ちに投与を中止し、適切な処置を行う必要があります。医療従事者は、患者に対してこれらの症状・状態が認められた場合には直ちに医師等に相談するよう、あらかじめ説明することが重要です。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00059299.pdf
海外での疫学調査においては、ドロスピレノン・エチニルエストラジオール0.030mg製剤の服用者での静脈血栓症のリスクが、類薬(レボノルゲストレルを含有する経口避妊剤)の服用者より高かったとの報告もあり、リスク評価には特に慎重さが求められます。患者携帯カードを必ず渡し、他の診療科や医療機関を受診する際には提示するよう説明することも重要な安全対策の一つです。
近年、ドロスピレノンを含有する新たな製剤開発が活発化しており、特に血栓症リスクの低減を目的としたプロゲスチン単独製剤(POP:Progestogen-Only Pill)の開発が注目されています。あすか製薬が開発中のLF111(一般名:ドロスピレノン)は、エストロゲンを含まない国内初のプロゲスチン単独経口避妊薬として期待されています。
参考)https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=24670
POPは静脈血栓塞栓症のリスクがCOCP(Combined Oral Contraceptive Pill)より少なく、WHOのガイドラインでは、喫煙者や肥満、高血压もしくは弁膜症の女性、深部静脈血栓症もしくは肺塞栓症の既往を有する者には推奨度が高い経口避妊薬とされています。このような製剤開発により、これまでエストロゲン含有製剤の適応外であった患者群に対しても、安全性の高い治療選択肢を提供できる可能性があります。
さらに、スペインのInsud Pharmaから導入されたドロスピレノンの二相性レジメンに基づく連続投与型プロゲスチン製剤についても、月経困難症を対象とした国内臨床第1/2相試験が開始されており、より柔軟な投与法による治療効果の向上が期待されています。これらの新規製剤開発は、患者個々のニーズに応じた個別化医療の実現に向けた重要なステップと言えるでしょう。
参考)https://answers.ten-navi.com/pharmanews/29796/
厚生労働省によるドロスピレノン・エチニルエストラジオール配合剤の血栓症リスクに関する安全性情報
PMDAによるドロスピレノン・エチニルエストラジオール配合剤の安全性速報(ブルーレター)
ヤーズフレックス配合錠医薬品インタビューフォーム(薬物動態および臨床成績詳細)