大動脈解離は、血管壁の3層構造(内膜・中膜・外膜)のうち、内膜に裂け目が生じることで発症します。内膜の損傷から血液が中膜内に流入し、血管の長軸方向に沿って解離が進行する病態です。
この解離により形成される新たな血液の流れ道は「解離腔」または「偽腔」と呼ばれ、この偽腔の拡大により血管が膨らんだ状態が解離性大動脈瘤です。
🔹 病態の特徴
発症機序として重要なのは、血管壁への慢性的な圧負荷です。特に高血圧による持続的な血管内圧上昇は、内膜の微細損傷を蓄積させ、解離の発症基盤を形成します。
また、血管壁の構造的脆弱性も重要な要因です。加齢による弾性線維の変性、動脈硬化による血管壁の硬化と脆弱化が、解離発症の素地を作ります。
大動脈解離の原因は多岐にわたりますが、最も重要な危険因子は高血圧です。長期間放置された高血圧は血管壁に慢性的なストレスを与え、内膜の損傷を引き起こします。
🔸 主要な危険因子
遺伝的要因も重要です。マルファン症候群は結合組織の異常により血管壁が脆弱化し、若年での解離発症リスクが高まります。嚢胞性中膜壊死などの先天性疾患も危険因子となります。
🔸 その他の要因
発症には急激な血圧上昇も関与します。重量物挙上、激しい運動、怒り、驚きなどによる血圧急上昇が引き金となることがあります。
疫学的特徴として、50~70歳代の男性に多く、冬季と午前中の発症頻度が高いことが知られています。これは血圧変動と密接に関連しています。
大動脈解離の最も特徴的な症状は、突然発症する激烈な痛みです。この痛みは「前兆なく」「突然」現れることが重要な診断ポイントです。
🔹 痛みの特徴
痛みの部位は解離の進行部位によって変化します。
📍 解離部位別の痛みの部位
痛みの移動パターンも診断の手がかりとなります。解離の進行に伴い、痛みが胸部から腹部、さらに下肢へと下向きに移動することがあります。
🔸 随伴症状
重要なのは、痛みの程度と患者の外見が必ずしも一致しないことです。激痛にもかかわらず、比較的落ち着いて見える患者もいるため、痛みの訴えを軽視してはいけません。
血圧所見では、左右の上肢で血圧差が20mmHg以上ある場合は解離を疑う重要な所見です。また、脈拍の左右差や減弱も診断の手がかりとなります。
大動脈解離の分類は治療方針決定に直結するため、正確な理解が必要です。現在最も広く用いられているのはStanford分類です。
🔹 Stanford分類
この分類の重要性は緊急度の違いにあります。A型は緊急手術の適応であり、B型は多くの場合保存療法が選択されます。
📊 Stanford A型の特徴
📊 Stanford B型の特徴
DeBakey分類もあわせて理解しておくことが重要です。
⚠️ 緊急度判断のポイント
急性期の死亡率は、A型で1時間につき1-2%ずつ上昇するとされており、迅速な診断と治療開始が生命予後を左右します。
大動脈解離の診断で最も注意すべきは、典型的な激痛を呈さない症例の存在です。これらの非典型例は診断の遅れを招きやすく、医療従事者として特に注意が必要です。
🔸 非典型的症状のパターン
1. 無痛性解離
2. 軽微な痛み
3. 腹痛主体の症例
⚠️ 見落としやすい初期症状
🔍 診断のピットフォール
1. 心電図変化による誤診
ST上昇や異常Q波が出現し、急性心筋梗塞と誤診される症例があります。特に右冠動脈起始部に解離が及んだ場合、下壁梗塞様の変化を示すことがあります。
2. 血圧正常例
解離による心タンポナーデや大量出血により、血圧が正常または低値を示す症例があります。「高血圧がないから解離ではない」という思い込みは危険です。
3. 若年者の解離
マルファン症候群やエーラス・ダンロス症候群などの結合組織疾患では、20-30代での発症もあります。年齢による先入観を持たないことが重要です。
📋 非典型例の診断アプローチ
🚨 Red Flagsサイン
医療従事者として、「典型的でない症状だから解離ではない」という除外診断ではなく、「解離の可能性を常に念頭に置く」積極的な診断姿勢が求められます。
疑った場合は躊躇なく造影CT検査を実施し、循環器専門医との連携を図ることが患者の生命予後改善につながります。特に救急外来では、胸痛以外の主訴でも大動脈解離の可能性を考慮した診療を心がけることが重要です。
日本循環器学会の急性大動脈解離診療ガイドラインでは、これらの非典型例についても詳細な記載があり、診療の際の重要な参考資料となります。