ナウゼリン(ドンペリドン)は、ドパミンD2受容体拮抗薬として、二つの主要な機序により薬効を発揮します 。
参考)https://aliceyakkyoku.com/blog/prescription-free_medicine/nauzerin-component-effect-side-effects/
まず、消化管運動促進作用について説明します。上部消化管において、ドパミンがD2受容体に結合するとアセチルコリンの分泌が抑制されますが、ナウゼリンがD2受容体を阻害することでアセチルコリンの分泌が増加し、結果として消化管運動が活発化します 。この作用により、食物の胃内滞留時間が短縮され、消化が促進されます 。
参考)https://sokuyaku.jp/column/domperidone-nauselin.html
次に、制吐作用のメカニズムです。延髄にある化学受容器引き金帯(CTZ)には、刺激されると嘔吐中枢に信号を送るドパミンD2受容体が存在します。ナウゼリンがこの受容体を阻害することで、嘔吐中枢への刺激伝達が遮断され、吐き気や嘔吐が抑制されます 。
興味深いことに、ナウゼリンは血液脳関門をほとんど通過しないという特徴があります 。この性質により、脳内でのドパミン受容体への影響が最小限に抑えられ、錐体外路症状のリスクが大幅に軽減されています 。これは同じドパミン受容体拮抗薬であるプリンペラン(メトクロプラミド)との重要な違いの一つです。
参考)https://www.kusurinomadoguchi.com/column/articles/nauzelin-effect
ナウゼリンの適応症は、成人と小児で異なる設定がなされています 。
参考)https://www.carenet.com/drugs/category/digestive-organ-agents/2399005F2023
成人における適応症としては、慢性胃炎、胃下垂症、胃切除後症候群などの慢性疾患に伴う消化器症状(悪心、嘔吐、食欲不振、腹部膨満、上腹部不快感、腹痛、胸やけ、あい気)があります 。また、抗悪性腫瘍剤やレボドパ投与時の消化器症状に対しても使用されます。
参考)https://h-ohp.com/column/5163/
小児の適応症は、周期性嘔吐症と上気道感染症に伴う消化器症状、および抗悪性腫瘍剤投与時の消化器症状に限定されています 。
剤形の種類も豊富で、錠剤(5mg、10mg)、OD錠(5mg、10mg)、細粒・ドライシロップ(1%)、坐薬(10mg、30mg、60mg)が用意されており、患者の状態や年齢に応じて選択可能です 。
特に小児領域では坐薬がよく使用されます。坐薬は体重に応じて1/2個、2/3個など細かく調整でき、吐き気が強く内服困難な場合にも対応可能です 。坐薬は常温保存可能で、使用前に軽く手で温めるとカットしやすくなります。
小児用量が成人より体重当たり多く設定されているのは、小児の細胞外液量の比率が高く(成人:体重の20%、新生児・幼若乳児:40%)、生体内分布容積が大きいためです 。年齢が低いほど同じ薬物濃度を得るには体重換算での用量を多く必要とするという薬物動態学的根拠に基づいています。
参考)https://medical.kyowakirin.co.jp/druginfo/qa/nau/index.html
ナウゼリンの副作用は比較的少ないとされていますが、いくつか重要な注意点があります 。
参考)https://uchikara-clinic.com/prescription/nauzelin/
一般的な副作用として、下痢(0.1〜5%未満)、口の乾き、腹痛、眠気、頭痛などが報告されています 。消化器系の副作用として、便秘、胸やけ、嘔吐、腹部膨満感なども見られることがあります 。
内分泌系の副作用では、まれに女性化乳房、乳汁分泌、月経不順が起こることがあります 。これは、ナウゼリンが脳下垂体に影響し、プロラクチンの分泌抑制が解除されるためです 。男児でも乳汁分泌が起こる可能性があります 。
参考)https://ochanomizu.yourclinic.jp/blog/%E3%81%8A%E5%AD%90%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E5%90%90%E3%81%8D%E6%B0%97%E3%82%84%E4%BE%BF%E7%A7%98%E3%81%A7%E5%9B%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%8B%EF%BC%9F%E3%81%8A
重篤な副作用として、錐体外路症状(手の震え、体のこわばりなど)があります 。頻度はまれですが、プリンペランと比較してその発現頻度は低いとされています 。
参考)https://www.fizz-di.jp/archives/1020671494.html
心血管系のリスクとして、QT延長が指摘されており、不整脈につながる可能性があります 。海外の症例対照研究では、突然死や重症心室性不整脈のリスクが対照群と比べて有意に高いことが報告されています 。特に30mg/日以上では突然死のオッズ比が11.4倍に上昇するという報告もあり、高用量での使用には十分な注意が必要です。
参考)http://ebm-jp.com/2013/02/news-447-2012-11-p08/
また、肝機能障害、黄疸、意識障害、痙攣などの重篤な副作用も頻度不明ながら報告されており、定期的な監視が重要です 。
ナウゼリンとプリンペランは、どちらもドパミンD2受容体拮抗薬ですが、重要な違いがあります 。
参考)https://pharmacista.jp/contents/skillup/academic_info/gastrointestinal/1842/
血液脳関門透過性の違いが最も重要な特徴です。ナウゼリンは血液脳関門をほとんど通過しないため、脳での副作用(錐体外路症状)を起こす心配が少ないのが特徴です 。一方、プリンペランは脳に入りやすく、手足の震えや体のこわばりなどの錐体外路症状が出やすいとされています 。
参考)https://www.yodosha.co.jp/correction/9784758109390_print.html
妊娠・授乳中の安全性では使い分けが重要です。動物実験でナウゼリンは胎児への悪影響の可能性が報告されているため、妊娠中は原則として使用を避けます 。一方、プリンペランは妊娠中のつわりに対して使用されることがあります。授乳中では、ナウゼリンの方が比較的安全に使用されています 。
参考)https://heart-clinic.jp/%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E3%83%BB%E6%8E%88%E4%B9%B3%E4%B8%AD%E3%81%AE%E8%96%AC%E5%89%A4
プロラクチンへの影響では、プリンペランの方が母乳を作るホルモンを増やす作用が強く、男児でも乳汁分泌や女児の月経不順を起こすことがあります 。
効果の面では、吐き気に対する効果にほとんど違いはないため、避けたい副作用や妊娠・授乳の状況によって使い分けるのが一般的です 。片頭痛に伴う吐き気にも両剤とも効果があるとされています。
臨床現場では、「妊娠中はプリンペラン、授乳中はナウゼリン」という原則で使い分けられることが多く、錐体外路症状を避けたい場合にはナウゼリンが選択されます 。
特殊な患者群でのナウゼリン使用には、細心の注意が必要です。
心疾患患者では、QT延長のリスクがあるため慎重な投与が求められます 。特に既存の心疾患がある患者では、心電図モニタリングの実施を検討し、他の制吐薬への変更も視野に入れる必要があります。高齢者では特に注意が必要で、海外では突然死の報告もあるため、必要最小限の用量での使用が推奨されます 。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00010661.pdf
腎機能・肝機能障害患者では、副作用が強く現れる可能性があるため、慎重な経過観察が必要です 。これらの患者では用量調節や投与間隔の延長を検討することが重要です。
薬物相互作用では、特にエリスロマイシンとの併用でナウゼリンの血中濃度が約167%増加し、QT延長のリスクが高まることが報告されています 。マクロライド系抗菌薬との併用時には十分な注意が必要です。
小児への投与では、体重に基づいた精密な用量計算が重要です。小児用量は1日1.0〜2.0mg/kg(3回/日)と設定されており 、坐薬では体重に応じて細かい調整が可能です 。新生児への投与は禁忌とされています 。
参考)https://www.skgh.jp/wp/wp-content/themes/skgh/department/pharmacy/for-pharmacist/pdf/pediatric-dose.pdf
長期投与においては、定期的な心電図検査や肝機能検査の実施を検討し、プロラクチン値の監視も重要です。特に女性患者では月経周期の変化、男性患者では女性化乳房の有無を確認する必要があります。
これらの特殊状況では、定期的な患者評価と他の治療選択肢の検討を継続的に行うことが、安全で効果的な薬物療法の実現につながります。