アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA:Allergic Bronchopulmonary Aspergillosis)は、アスペルギルス・フミガタス(Aspergillus fumigatus)に対するアレルギー反応により引き起こされる複雑な呼吸器疾患です。本疾患は主に喘息患者に発症し、従来の喘息治療薬に対する抵抗性を示すことが特徴的で、適切な診断と治療が遅れると不可逆的な肺損傷を来すため、医療従事者にとって重要な疾患の一つです。
参考)https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/c/c-04.html
ABPAの症状は通常の喘息発作と類似していますが、いくつかの特徴的な所見があります。主症状として、持続的な咳嗽、喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒュー)、呼吸困難が認められ、これらの症状は従来の気管支拡張薬や吸入ステロイド薬に対して効果が限定的です。
参考)https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-disease/abpa/
特に注目すべき症状の特徴:
全身症状として、微熱、食欲不振、体重減少、倦怠感などが認められ、特に重症例では明らかな発熱を来すことがあります。これらの症状は炎症反応の全身への波及を示唆しており、疾患活動性の評価において重要な指標となります。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E6%80%A7%E6%B0%97%E7%AE%A1%E6%94%AF%E8%82%BA%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%B9%E7%97%87
ABPAの診断は複数の検査項目を組み合わせて行われます。血清学的検査では、アスペルギルス・フミガタスに対するIgE抗体価の上昇(通常>100 IU/mL)、IgG抗体価の上昇が認められます。また、血清総IgE値の著明な上昇(通常>1000 IU/mL)も診断の重要な手がかりとなります。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/de3837560094d51bb3c7d8a9b435573c424f8d25
画像診断の特徴:
皮膚反応検査では、アスペルギルス抗原に対する即時型皮膚反応(I型)と遅延型皮膚反応(III型)の両方が陽性となることが多く、診断の補助として有用です。喀痰検査では、好酸球の増加やアスペルギルスの菌糸・胞子の検出が診断的価値を持ちます。
興味深いことに、一部の症例では血清CEA(癌胎児性抗原)値の上昇が報告されており、炎症反応の一環として癌マーカーが上昇する可能性が示唆されています。この所見は悪性腫瘍との鑑別診断において注意が必要な点です。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/bf1975e94d5747f8d405e308cdf3c7fe755fe262
ABPAの治療は、通常の喘息治療に加えて全身性ステロイド薬の投与が基本となります。初期治療として、プレドニゾロン0.5mg/kg/日(通常20-40mg/日)を投与し、治療開始後6週間以内に呼吸器症状の改善と血清IgE値の低下を確認します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/69/3/69_164/_pdf
ステロイド薬による治療プロトコル:
ステロイド薬の長期使用に伴う副作用(骨粗鬆症、糖尿病、感染症など)に対する対策も重要で、カルシウム・ビタミンD製剤の併用、血糖管理、感染症予防などが必要です。
参考)https://kcmc.hosp.go.jp/shinryo/haishinkin.html
抗真菌薬の併用療法:
ステロイド薬単独で効果が不十分な場合、抗真菌薬の併用を検討します。主に使用される薬剤は:
抗真菌薬は他の薬剤との相互作用が多いため、特にワルファリンや免疫抑制薬との併用時は注意が必要です。また、肝機能検査や心電図モニタリングを定期的に行う必要があります。
ABPAの最も重篤な合併症は、不可逆的な肺構造の変化です。気管支拡張症は最も頻度の高い合併症で、一度発症すると元に戻ることはありません。拡張した気管支では痰が排出されにくくなり、細菌感染のリスクが高まります。
主要な合併症:
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsre/3/1/3_KJ00003354523/_article/-char/ja/
治療が遅れた症例では、これらの合併症により呼吸不全に至り、酸素療法や場合によっては肺移植が必要となることがあります。そのため、早期診断と適切な治療開始が極めて重要です。
予後予測因子として、診断時の肺機能、画像所見の程度、血清IgE値の初期値などが挙げられます。特に、中枢性気管支拡張症の存在は長期予後不良の指標とされています。
近年、難治性ABPAに対する新たな治療選択肢として、生物学的製剤による分子標的治療が注目されています。特に、IL-5やIL-4/IL-13経路を標的とした治療薬が有効性を示しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokyurinsho/3/8/3_e00075/_pdf
新規治療薬の選択肢:
これらの薬剤は、従来の治療に抵抗性を示す症例や、ステロイド薬の減量を目的とした場合に有効とされています。しかし、高額な治療費と長期安全性の確立が今後の課題です。
また、環境要因のコントロールも重要で、室内の湿度管理、カビの発生源の除去、空気清浄機の使用などが推奨されます。患者教育では、症状の悪化要因の認識、適切な薬物療法の継続、定期的な経過観察の重要性について十分な説明が必要です。
将来的には、アスペルギルス特異的なT細胞の制御や、真菌細胞壁成分に対する特異的阻害薬の開発が期待されています。また、個別化医療の観点から、遺伝子多型解析に基づく治療選択や、バイオマーカーを用いた治療効果予測の研究が進められています。
定期的な経過観察では、症状の評価、肺機能検査、胸部画像検査、血清IgE値の測定を行い、治療効果の判定と薬剤調整を行います。治療は数か月から数年、場合によっては生涯にわたって継続する必要があるため、患者との十分なコミュニケーションと治療継続への支援が重要です。