レシチン・コレステロール・アシルトランスフェラーゼ(LCAT)は、血漿中で脂質代謝の中心的役割を担う酵素です。この酵素は肝臓でのみ合成される糖蛋白であり、血中ではHDLと結合して存在しています。
LCATの最も重要な機能は、レシチン(フォスファチジルコリン)の2位の脂肪酸をコレステロールの水酸基に転移させることです。この反応により遊離コレステロールがコレステリルエステルに変換され、血中コレステロールエステルの大部分がこの酵素活性に依存しています。
酵素の半減期は約2日間と短く、この特性により肝臓の合成能力をリアルタイムで反映する指標として有用です。正常人の血清LCAT活性は、男性で67.3〜108.2単位、女性で53.3〜95.5単位(nmol/ml/hr/37℃)とされています。
LCATは逆コレステロール輸送(Reverse Cholesterol Transport:RCT)において中心的な役割を果たします。この過程では、末梢組織から過剰なコレステロールが除去され、肝臓へと輸送されます。
具体的には、HDL上でのコレステロールエステル化により、疎水性のコレステリルエステルがHDL粒子の中心部に移行します。これにより、HDLは更なるコレステロールを末梢細胞から引き抜くことが可能となり、動脈硬化の予防に重要な役割を担っています。
また、コレステリルエステル転送蛋白(CETP)によって、LCAT で生成されたコレステリルエステルは他のリポ蛋白にも移動し、全身の脂質代謝バランスを調整します。この一連の過程は、cardiovascular healthの維持において極めて重要です。
LCAT活性測定は、主に2つの診断的意義を持ちます。第一に脂質代謝異常症における病態解析、第二に肝機能の評価です。
肝・胆道疾患における研究では、正常人24名のLCAT活性が80.7±20.59単位であったのに対し、肝硬変、肝癌、悪性胆道閉塞で著明な低値を示しました。特に肝硬変では40単位以下、慢性肝炎ではそれ以上の値を示し、両者の鑑別に有用であることが示されています。
LCAT活性は血清コリンエステラーゼ、アルブミン、ICG試験、ビリルビン、アルカリホスファターゼと相関し、肝細胞障害や胆道閉塞の診断に有用です。急性肝炎では回復期に入るとLCAT活性も上昇し、トランスアミナーゼと逆相関を示すという興味深い動態も報告されています。
高値を示す疾患として、原発性高リポ蛋白血症、肥満症、脂肪肝、原発性胆汁性肝硬変初期、ネフローゼ症候群があります。一方、低値疾患には家族性LCAT欠損症、魚眼病、無βリポ蛋白血症、肝硬変、劇症肝炎などが挙げられます。
家族性LCAT欠損症は、常染色体劣性遺伝疾患であり、世界で約80症例の報告がある稀少疾患です。この疾患は、LCAT遺伝子の異常により酵素活性が著しく低下または欠失することで発症します。
臨床症状は特徴的で、🔍角膜混濁が最も顕著な症状として現れます。患者さんは小さな頃から目の濁りが生じ、徐々に視界のかすみ、まぶしさ、夜間視力の低下などが進行します。車の運転にも支障をきたすことが多く、日常生活に大きな影響を与えます。
また、🩸溶血性貧血も重要な症状の一つです。赤血球膜のコレステロール増加により赤血球が脆くなり、動悸、息切れ、めまいなどの貧血症状や黄疸が出現します。さらに、🫘腎機能障害として蛋白尿が認められ、進行すると透析が必要になる場合もあります。
血液検査では、HDLコレステロールの著明な低下(25mg/dL未満)と血清コレステロールエステル比の低下が特徴的です。これらの異常により、組成の変化したリポ蛋白が組織に沈着し、様々な臓器障害を引き起こします。
LCAT欠損症に対する革新的な治療法として、遺伝子治療が注目されています。2017年、千葉大学医学部附属病院では世界初の患者自身の脂肪細胞を用いた遺伝子治療法が実施されました。
この治療法の特徴は以下の通りです。
6ヶ月間の観察で安全性が確認され、脂質代謝の改善も示唆されました。現在、再生医療・遺伝子治療用細胞医薬品としての承認を目指し、医師主導治験へと実用化に向けた研究が進められています。
また、最新の研究では、SGLT2阻害薬(グリフロジン類)、ショ糖、フラボノイドがLCATのアロステリック活性化因子として作用することが報告されており、これらの知見は糖尿病治療薬の作用機序解明や新たな治療戦略の開発につながる可能性があります。
さらに、この治療技術は他の酵素欠損症(糖尿病、血友病、ライソゾーム病など)への応用も期待されており、酵素補充療法の新たなパラダイムを提示しています。
現在の治療選択肢として、低脂肪食・低蛋白食による食事療法や血漿輸血が行われていますが、根本的な治療効果は限定的です。このため、遺伝子治療をはじめとする新規治療法の開発が急務となっています。
LCAT酵素の理解は、脂質代謝異常症の診断・治療において重要であり、特に肝機能評価や稀少疾患の管理において医療従事者が習得すべき知識といえるでしょう。