ティネル徴候と腓骨神経麻痺の診断から治療まで

腓骨神経麻痺の診断において重要な役割を果たすティネル徴候について、その原理・判定方法・臨床的意義を詳しく解説。下垂足を呈する患者の診断に必須の検査手技をマスターできますか?

ティネル徴候における腓骨神経麻痺診断

腓骨神経麻痺とティネル徴候の基本
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診断の要点

神経障害部を打診し支配領域への放散痛を確認

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臨床症状

下垂足と感覚障害が特徴的症状

予後判定

陽性の位置移動により神経再生を評価

腓骨神経麻痺の診断において、ティネル徴候は極めて重要な身体所見の一つです。この神経学的検査法は、1915年にフランス人神経外科医Jules Tinelによって報告され、現在でも末梢神経障害の診断と経過観察に広く用いられています。
参考)https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1551100166

 

ティネル徴候は、神経傷害部を叩くとその神経の支配領域に限定して電撃性の放散痛が生じる現象として定義されます。腓骨神経麻痺では、腓骨頭部(膝外側)を軽く打診することで、下腿外側から足背にかけての神経支配領域に放散痛が誘発されることが特徴的です。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E8%85%93%E9%AA%A8%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E9%BA%BB%E7%97%BA

 

この検査の原理は、末梢神経の軸索再生が髄鞘再生に先行するため、再生部では無髄の部分が形成され、機械的刺激に対して特に敏感になることにあります。正確な検査手技の習得は、適切な診断と治療方針の決定に不可欠です。

ティネル徴候による腓骨神経麻痺の病態評価

腓骨神経は膝関節の後方で坐骨神経から分岐し、腓骨頭の後ろを巻きつくように走行します。この解剖学的特徴により、腓骨頭部は神経の移動性が乏しく、骨と皮膚・皮下組織の間に神経が存在するため、外部からの圧迫により容易に麻痺が生じる部位として知られています。
参考)https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/peroneal_nerve_palsy.html

 

ティネル徴候の評価において重要なのは、陽性部位の時間的変化です。神経再生が順調に進んでいる場合、ティネル徴候は末梢に向かって移動し、その移動速度は1日あたり1~2ミリとされています。一方、徴候が1か所に止まっている場合は、神経再生が進んでいないことを示唆し、予後不良の指標となります。
参考)https://www.5225bengoshi.com/guide/detail/masterid/28

 

腓骨神経麻痺における典型的な症状として、下垂足(drop foot)が挙げられます。これは足首を挙げることができなくなる状態で、歩行時に足を引きずるような動作となり、転倒リスクが高まります。感覚障害については、下肢の外側から足の甲、足の小指を除いた足の指にかけてしびれや痛みを訴えることが特徴的です。
参考)https://kobayashi-seikei-cl.com/%E8%85%93%E9%AA%A8%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E9%BA%BB%E7%97%BA%EF%BC%88%E8%85%93%E9%AA%A8%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E3%81%AE%E5%9C%A7%E8%BF%AB%E3%83%BB%E6%90%8D%E5%82%B7%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E8%B6%B3%E3%81%AE

 

診断においては、腰部椎間板ヘルニアや坐骨神経障害との鑑別が重要であり、筋電図検査、X線検査、MRI検査、超音波検査などを必要に応じて実施します。
参考)https://clinic-yokoyama.com/blog/%E4%B8%8B%E5%9E%82%E8%B6%B3/

 

ティネル徴候検査の正確な実施方法と判定基準

ティネル徴候の検査実施にあたっては、適切な手技と判定基準の理解が不可欠です。検査では、傷害または圧迫された神経を打診した直後に局所的なビリビリ感が生じる場合にのみ陽性と判断され、持続的にビリビリ感が存在する場合などには判定に注意を要します。
腓骨神経麻痺の場合、腓骨頭部を軽く打診し、下腿外側から足背にかけての神経支配領域に放散痛が誘発されるかを確認します。重要な注意点として、以下の項目が挙げられます:
参考)https://inoruto-kyobashi.com/%E8%85%93%E9%AA%A8%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E9%BA%BB%E7%97%BA%E3%81%AE%E7%97%85%E6%85%8B%E3%81%A8%E6%B2%BB%E7%99%82%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E8%A7%A3%E8%AA%AC/

 

  • 叩いた部位が痛いのみだったり、痛みの放散部位が限定されていないものはティネル徴候と判断してはならない
  • 叩き方が強すぎると、神経断裂部位より数cm末梢にティネル徴候が存在するかのように捉えられることがある
  • 受傷後4~6週間はティネル徴候が出現しないことがある

検査時は患者の体位を適切に保ち、検査者の指または神経反射ハンマーを用いて、一定の力で腓骨頭部を打診します。陽性の場合、患者は「電気が走ったような」「ビリビリした」感覚を神経支配領域に自覚します。

 

検査結果の解釈において、ティネル徴候の陽性部位が末梢に移動している場合は神経再生が順調に進んでいることを示し、治療継続の必要性と予後良好を示唆します。

腓骨神経麻痺における症状の詳細と病期分類

腓骨神経麻痺の臨床症状は、運動機能障害と感覚機能障害に大別されます。運動機能については、足関節の背屈と足趾の背屈ができなくなることが主要な症状で、これにより特徴的な下垂足を呈します。
感覚機能障害では、下腿の外側から足背ならびに第5趾を除いた足趾背側にかけて感覚が障害され、しびれたり触った感覚が鈍くなります。長期間麻痺が持続すると、足の甲において足の親指と人差し指の付け根で、感覚を感じないハート型をした部分が形成されることが特徴的です。
病期による症状の進行については、以下のような段階が認められます。
急性期(受傷直後~4週間)

  • 腓骨頭部の圧痛と腫脹
  • 軽度の足関節背屈筋力低下
  • 初期感覚障害は軽微な場合が多い
  • ティネル徴候は陰性のことが多い

亜急性期(4週間~3か月)

  • 明確な下垂足の出現
  • ティネル徴候が陽性となる
  • 感覚障害領域の拡大
  • 筋萎縮の始まり

慢性期(3か月以降)

  • 筋萎縮の進行
  • 関節拘縮の出現
  • 機能的障害の固定化
  • ティネル徴候の移動停止(予後不良例)

特に医療従事者が注意すべき点として、患者の歩行観察が重要です。腓骨神経麻痺では、歩行時に足を高く上げて足先が地面に引っかからないようにする歩行(steppage gait)が観察されます。

治療アプローチとリハビリテーションの実際

腓骨神経麻痺の治療は、原因除去と機能回復を目標とした包括的なアプローチが必要です。治療の第一段階では、圧迫されている原因を取り除くことが最も重要になります。
保存的治療として以下のような方法が用いられます。
薬物療法では、神経再生を促進する目的でビタミンB12製剤やプレガバリン、ガバペンチンなどの神経障害性疼痛治療薬が使用されます。炎症が強い場合には、ステロイド薬の短期使用も考慮されます。

 

リハビリテーションにおいては、段階的なアプローチが重要です:

  • 筋力トレーニング:圧迫による神経症状が生じていた筋に対して、少しでも筋収縮が感じられれば筋力トレーニングを開始
  • 電気刺激療法:運動に対する反応が鈍い場合には電気刺激を用いた筋力トレーニング
  • ストレッチ療法:下腿前面と後面の筋バランス調整、特にアキレス腱を中心としたストレッチ
  • 装具療法:短下肢装具(AFO)による歩行機能改善

外科的治療は、保存的治療で改善が見られない場合や、神経の完全断裂が疑われる場合に検討されます。神経移植術、神経縫合術、腱移行術などの選択肢があります。
治療効果の判定において、ティネル徴候の経時的変化は重要な指標となります。陽性部位が末梢に移動している場合は治療継続の根拠となり、位置が変化しない場合は治療方針の再検討が必要です。

予防対策と医療現場での注意点

腓骨神経麻痺の予防は、医療現場における適切な体位管理が最も重要です。特に手術時や長期臥床時の対策が不可欠となります。

 

周術期管理における予防策

  • 体位管理:側臥位時の腓骨頭部の適切な除圧
  • パッド使用:腓骨頭部への直接圧迫を避けるためのクッション材の配置
  • 定期的な体位変換:長時間同一体位の回避
  • ギプス固定時の注意:腓骨頭部の圧迫を避けた固定方法

病棟管理での注意事項
患者の下肢牽引時や車椅子使用時においても、腓骨頭部への圧迫に注意が必要です。特に意識障害患者や麻酔下の患者では、自覚症状による早期発見ができないため、予防的対策がより重要となります。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/0cc6926d8b29bd8e4eed2c9427c1417e1c3cb6e6

 

また、糖尿病患者や血管疾患を有する患者では、神経の圧迫に対する脆弱性が高まるため、特に慎重な管理が求められます。

 

早期発見のためには、定期的な神経学的評価が重要で、足関節背屈筋力のMMT(Manual Muscle Testing)やティネル徴候の確認を日常的な観察項目に含めることが推奨されます。

 

医療従事者は、腓骨神経麻痺の発症リスクが高い状況を理解し、予防的介入と早期診断・治療開始により、患者の機能予後を改善することができます。ティネル徴候は診断だけでなく、治療効果判定と予後予測にも有用な検査法として、日常臨床において積極的に活用すべき手技です。