スクワレンとスクワランは、分子構造レベルで明確な相違点があります。スクワレンは不飽和炭化水素(C30H50)で、1分子あたり水素原子が50個含まれています。一方、スクワランは水素添加により安定化された飽和炭化水素(C30H62)で、水素原子が62個含まれており、この12個の水素原子の差が両成分の特性を大きく左右します。
スクワレンは不飽和炭化水素であるため酸化しやすく、空気に触れると容易に変性してしまいます。そのため化粧品などの外用としての使用は困難でした。この問題を解決するため、スクワレンに化学的な水素添加処理を施し、分子を安定させたものがスクワランなのです。
参考)https://www.chinoshiosya.com/news/feature/ingredient-squalane-oil/
1931年、スイス・チューリッヒ大学のカーラー教授によってスクワレンの化学構造式が明らかになり、その後化学反応のプロセスや働きが解明されました。現在では、スクワレンは主に健康食品として内服用に、スクワランは化粧品として外用に使われています。
参考)https://himitsu.wakasa.jp/contents/squalene/
人間の皮膚における皮脂膜の形成において、スクワレン・スクワランは重要な役割を担っています。健康な肌では、皮膚から分泌される皮脂と汗の成分が自然に混じり合い、乳化することで皮脂膜が形成されます。この皮脂膜は、空気中の汚れや雑菌、紫外線から肌を保護し、肌の水分が逃げないよう保持する役目を果たします。
スクワレン・スクワランは、この皮脂膜を生成するために不可欠な成分です。人体においては、内臓から骨格筋肉、リンパ節とほぼ全身に含まれていますが、特に皮膚の表面の皮脂膜に多く含まれています。しかし、20歳前後を境にその分泌量は加齢とともに急激に減少してしまいます。
スクワレン・スクワランが不足すると皮脂膜の抵抗力が低下し、肌の新陳代謝が鈍化します。その結果、紫外線の影響を受けやすくなり、肌の乾燥によるシワやシミ、たるみを引き起こす原因となります。皮脂膜を健康な状態に保つために、外からは化粧品でスクワランを、体内からはサプリメントでスクワレンを補うことが推奨されています。
スクワレンには、体内で酸素を供給する独特なメカニズムがあります。スクワレンが体内に摂取されると、体内の水(H2O)から水素(H2)を取り込み、スクワランへと変化します。この変化の過程において、スクワレンは酸素(O)を発生させる働きがあることが明らかになっています。
発生した酸素は血液によって体中を循環し、酸素が不足している細胞に到達して酸素を補給します。酸素は人体の活動において重要なエネルギー源であり、体内の酸素が不足するとエネルギーが効率的に生成できず、様々な不調を引き起こします。
体内酸素不足の症状として、顔色のくすみ、体のだるさ、代謝の低下などが挙げられます。現代人は大気汚染、ストレス、アルコールやたばこなどの影響により、体内酸素不足になりやすい環境にあります。深海という光も酸素も届かない環境で驚異的な生命力を維持する深海鮫の肝油に豊富に含まれるスクワレンは、酸素や光に代わる重要な役割を果たしていると考えられています。
化粧品成分としてのスクワランは、優れた浸透性と安定性を持つことが特徴です。スクワランは深海に生息するアイザメなどのサメ類の肝油から採取されたスクワレンを水素添加して得られる飽和炭化水素です。流動パラフィンのような油っぽさがなく、皮膚への吸収はラノリンよりもはるかに優れています。
参考)https://www.yamakei.jp/product/squalane/
肌への浸透性がよく、ベタつきのないサラッとした感触が特徴で、水分保持機能があるため、スキンケアやメイクアップ化粧品に広く配合されています。人の細胞に含まれる成分であるため安全性も高く、浸透性、湿潤性がよく、皮膚呼吸を妨げず、殺菌作用もあります。
スクワランは化学的および熱的に極めて安定で、他の油成分との相溶性も良好です。その抜群の「のび」の良さにより、化粧品原料として最高級の油性原料として位置づけられています。顔や手足はもちろん、肘やかかとなど皮脂腺が薄い部位にも効果的に使用できます。
参考)https://www.kslo.co.jp/squalane_j.html
近年では、サメ肝油由来以外にも、オリーブ油やコメヌカ油・サトウキビ糖液から得られる植物性スクワランも増えてきており、持続可能性の観点からも注目されています。
最新の研究により、スクワレンの医療分野における応用可能性が明らかになってきています。スクワレンは自然界に広く分布する天然のトリテルペンで、ステロール生合成経路の代謝中間体として重要な役割を果たしています。
特に注目されているのは、スクワレンの抗酸化特性です。その化学構造に由来する抗酸化作用により、フリーラジカルに対する捕捉活性を示すことが実験モデルで確認されています。不安定なフリーラジカルのバランスが崩れることで生じる心血管疾患の発症や進行において、スクワレンの抗酸化作用が注目されています。
さらに、スクワレン合成酵素は単にコレステロール合成に関与するだけでなく、細胞死の一種であるフェロプトーシスの制御因子としても機能することが明らかになっています。スクワレンの合成と小胞体への放出により、脂質過酸化から細胞を保護し、細胞の生存を支援する機能があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10378455/
ワクチンや薬物送達システムにおいても、スクワレンを主成分とする非経口エマルジョンが広く利用されています。スクワレンベース製品の安全性についても研究が進められており、その生体適合性や保湿特性、抗酸化活性により、皮膚科学や化粧品分野での応用が期待されています。
最新の研究では、スクワランがUVA誘発性の酸化ストレスや炎症、コラーゲン代謝の調節障害、成長シグナル経路に対して保護作用を示すことが人間皮膚線維芽細胞で確認されており、今後の医療応用への展開が注目されています。