酪酸とプロピオン酸の健康効果とメカニズム

腸内細菌が産生する酪酸とプロピオン酸は、短鎖脂肪酸として免疫調節や抗炎症作用など多様な健康効果を発揮します。これらの物質はどのような仕組みで健康をサポートするのでしょうか?

酪酸とプロピオン酸の健康効果

酪酸とプロピオン酸の主要効果
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短鎖脂肪酸として

腸内細菌が食物繊維を発酵分解して産生する代謝産物

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免疫調節作用

制御性T細胞の活性化やアレルギー症状の改善

エネルギー供給

腸管上皮細胞のエネルギー源として機能

酪酸による腸内環境改善メカニズム

酪酸は短鎖脂肪酸の中でも特に重要な役割を担っており、大腸上皮細胞で100%利用される特徴があります。この完全利用により、腸管内分泌細胞(L細胞)を活性化し、GLP-2などのペプチドの産生を促進します。その結果、大腸粘膜の水分や電解質の吸収促進、腸粘膜・上皮細胞の増殖促進などのプレバイオティクス効果を発揮します。
参考)https://www.eiyounet.nestlehealthscience.jp/sites/default/files/2022-09/C0325-01_1.pdf

 

酪酸菌は水溶性食物繊維を発酵して酪酸を産生し、この酪酸が大腸のエネルギー源として使われることで、大腸を健康な状態に保つために不可欠な働きを担います。また、酪酸は有害物質を作り出す悪玉菌の増殖を抑制し、腸内環境を整える作用も持っています。
参考)酪酸菌で短鎖脂肪酸を増やす!健康な大腸を目指そう【管理栄養士…

 

短鎖脂肪酸の分泌量が増えると、腸粘膜のバリア機能が強化され、リーキーガット症候群(腸もれ)の予防と改善につながることが知られています。
参考)Vol.25 腸内細菌が生み出す「短鎖脂肪酸」の力に注目

 

プロピオン酸の代謝調節機能

プロピオン酸は短鎖脂肪酸全体の2~3割を占め、その特徴的な機能として糖代謝への関与があります。プロピオン酸の約半分が大腸上皮細胞でエネルギー源として利用され、残りの半分は肝臓において糖新生に利用されて血糖値の調整に役立ちます。
参考)発酵性食物繊維の短鎖脂肪酸が腸活の鍵!食品や効果的な摂り方 …

 

研究では、肥満のヒトにプロピオン酸を投与すると、体重や脂肪重量の増加が有意に抑制されたという報告があります。さらに、日本人を対象とした試験では、αシクロデキストリンの摂取により産生されるプロピオン酸の増加で、持久力や運動後の疲労回復力が向上することが確認されています。
プロピオン酸には抗菌活性もあり、化粧品や食品保存料として広く使用されています。この抗菌効果は、薬剤耐性が問題となっている現代において、代替抗菌剤としての可能性も注目されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8287978/

 

短鎖脂肪酸による免疫システム調節

短鎖脂肪酸は2つの主要な経路を通じて免疫システムを調節します。一つはGタンパク質共役型受容体(GPR109A、GPR43/GPR41)を介する経路であり、もう一つはヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(HDACi)として免疫関連遺伝子の発現をエピジェネティックに調節する経路です。
参考)短鎖脂肪酸がアレルギーを抑制する作用機構を解明~アレルギーに…

 

酪酸は制御性T細胞という免疫細胞を増やす作用があり、アレルギーや炎症といった過剰な免疫反応を抑制します。これにより、気管支喘息などのアレルギー性疾患の症状改善に寄与することが確認されています。
参考)腸活のポイントは「短鎖脂肪酸」!

 

プロピオン酸についても、多発性硬化症の患者では便中や血中のプロピオン酸が少なく、プロピオン酸を投与することで症状が軽快するという研究結果が報告されています。このことから、プロピオン酸が神経系の免疫調節にも関与していることが示唆されています。
参考)「短鎖脂肪酸」が免疫システムをパワーアップ!

 

酪酸とプロピオン酸の相互作用と産生バランス

興味深いことに、腸内における酪酸とプロピオン酸の産生には相関関係が存在します。研究によると、酪酸の到達濃度が高い人ほど、プロピオン酸の到達濃度が低い傾向が認められています。これは、乳酸からの変換において、どちらの短鎖脂肪酸により多く変換されるかが個人差に依存することを示しています。
参考)https://core.ac.uk/download/pdf/211164486.pdf

 

腸内細菌による短鎖脂肪酸の産生は、マウス腸管におけるプロピオン酸や酪酸の増加が、必ずしも直接的な菌種による作用ではなく、他の腸内細菌を介した間接的な作用である可能性も示されています。このことは、腸内細菌叢全体のバランスが短鎖脂肪酸の産生に重要な役割を果たすことを示唆しています。
参考)Journal of Japanese Biochemica…

 

短鎖脂肪酸の理想的な組成比は、酢酸約60%、プロピオン酸約20%、酪酸約15%とされており、この比率を維持することが健康維持に重要とされています。

医療応用における酪酸プロピオン酸製剤の展開

酪酸とプロピオン酸は、医療分野でも活用されています。特に注目されるのが、酪酸プロピオン酸ベタメタゾン軟膏やパンデル(酪酸プロピオン酸ヒドロコルチゾン)などの外用ステロイド製剤です。
参考)医療用医薬品 : ベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステ…

 

これらの製剤では、酪酸エステルとプロピオン酸エステルの組み合わせにより、強力な抗炎症作用と血管収縮作用を発揮します。酪酸プロピオン酸ベタメタゾンは、グルココルチコイド受容体を刺激することにより抗炎症作用を示し、湿疹・皮膚炎群、アトピー性皮膚炎などの治療に使用されています。
参考)https://www.iwakiseiyaku.co.jp/dcms_media/other/vbpmykoif20241129.pdf

 

これらの製剤の特徴として、抗炎症作用と全身作用の分離度が高く、局所での治療効果を維持しながら全身への副作用を抑制できる点があります。このような特性は、短鎖脂肪酸の生理学的な作用機序を医療に応用した成功例といえるでしょう。