アトピー性皮膚炎は、かゆみを伴う湿疹が良くなったり悪くなったりを繰り返す慢性炎症性皮膚疾患です。皮膚の角層異常に起因する乾燥とバリア機能の低下が主な原因と考えられており、多くの患者さんはアトピー素因を持っています。
アトピー素因とは、本人または家族にアレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患の既往があり、IgE抗体を産生しやすい傾向を指します。
本稿では、医療従事者の方々に向けて、アトピー性皮膚炎の診断から治療、長期管理までを「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018」に基づき、実臨床で役立つ情報を交えながら解説します。
アトピー性皮膚炎の診療において最も重要なのは、正確な確定診断です。誤った診断方向に進まないよう、以下の3つの診断基準を満たすことを確認してください。
診断の際には、接触皮膚炎や脂漏性皮膚炎、疥癬などの「除外すべき診断」を適切に除外することも重要です。また、患者さんの病歴や治療歴、重症度を含めた総合的な評価を行いましょう。
皮疹の特徴として、急性期には紅斑、丘疹、漿液性丘疹、びらん、浸潤・肥厚などが見られ、慢性期には乾燥、鱗屑、色素沈着が観察されます。また、「苔癬化(たいせんか)」と呼ばれる皮膚の肥厚や硬化も特徴的です。
日本皮膚科学会「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018」詳細な診断基準と除外診断について記載されています
アトピー性皮膚炎の適切な管理のためには、個々の患者さんにおける発症・悪化因子を特定することが極めて重要です。主な因子は以下の通りです。
特に乳幼児では、卵、牛乳、小麦、大豆などの食物アレルゲンが皮膚症状を悪化させることがあります。食物アレルギーの関与が疑われる場合は、以下の手順で評価します。
食物アレルギーの原因物質が特定できれば、症状の悪化を防ぐことができます。ただし、検査は偽陽性も多いため、臨床症状との関連を慎重に評価することが重要です。
ダニ、ハウスダスト、ペットの毛、花粉などの環境アレルゲンもアトピー性皮膚炎を悪化させる要因となります。以下の方法で特定と対策を行います。
特にダニアレルゲンは重要で、ダニ抗原に対するIgE抗体価が高い患者さんでは、寝具の防ダニカバー使用や定期的な掃除が有効です。
以下の要因が症状を悪化させることがあります。
これらの評価には、詳細な生活習慣の聞き取りとスキンケア製品の使用状況確認が重要です。低刺激性の製品を選び、掻くことを避けるために爪を短く切るなどの対策も効果的です。
黄色ブドウ球菌は皮膚のバリア機能を低下させ、炎症を悪化させます。また、心理的ストレスは自律神経系に影響を与え、掻破行動を増加させることで症状を悪化させます。
以上の因子を系統的に評価し、個々の患者さんの悪化因子プロファイルを作成することで、より効果的な管理計画を立案することができます。
日本アレルギー学会「アレルギー疾患診療ガイドライン」アトピー性皮膚炎の発症・悪化因子の評価と対策について詳しく解説されています
アトピー性皮膚炎の治療において、外用薬は中心的な役割を果たします。適切な外用薬の選択と正確な使用方法の指導が治療成功の鍵となります。
ステロイド外用薬は抗炎症作用に優れ、アトピー性皮膚炎の基本治療薬です。効果と副作用のバランスを考慮し、以下のポイントに注意して使用します。
選択のポイント:
適切な使用量:
FTU(Finger Tip Unit)を目安に適量を塗布します。成人の場合、人差し指の先端から第一関節までの量(約0.5g)が手のひら2枚分(体表面積の約2%)に塗る適量です。
使用上の注意点:
カルシニューリン阻害薬であるタクロリムス軟膏は、特に顔面や頸部など、ステロイド外用薬の長期使用による副作用が懸念される部位に有用です。
特徴:
JAK阻害薬であるデルゴシチニブ軟膏は、サイトカインシグナル伝達を阻害することで炎症やかゆみを抑制します。
特徴:
アトピー性皮膚炎では皮膚バリア機能と保湿因子が低下しているため、保湿剤の継続的な使用が不可欠です。
主な保湿剤の種類:
適切な使用方法:
日本皮膚科学会「アトピー性皮膚炎治療ガイドライン」外用薬の詳細な使用方法について解説されています
アトピー性皮膚炎の治療アプローチは、従来のリアクティブ療法からプロアクティブ療法へと進化しています。この治療戦略は長期的な症状コントロールと再発予防に優れた効果を示しています。
リアクティブ療法。
プロアクティブ療法。
ステップ1:急性期治療
ステップ2:維持期(プロアクティブ期)
プロアクティブ療法とリアクティブ療法のどちらが優れているというわけではなく、生活スタイルや病状に適した方法で治療していくことが大切です。
日本小児アレルギー学会「小児アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2022」プロアクティブ療法についての最新の知見が解説されています
アトピー性皮膚炎は慢性疾患であり、長期的な管理が必要です。医療従事者による適切な患者指導は治療成功の重要な要素となります。
アトピー性皮膚炎の治療において、「完治」より現実的な目標設定が重要です。患者さんと共有すべき治療目標は以下の通りです。
この目標を患者さんと共有し、症状のコントロールと生活の質の維持に焦点を当てることで、治療への前向きな姿勢を促進できます。
外用薬の効果を最大化するためには、正確な使用方法の指導が不可欠です。以下のポイントを患者さんに丁寧に説明しましょう。
塗布量の目安。
部位 | 成人の必要FTU数 | 小児の必要FTU数 |
---|---|---|
顔・頸部 | 1 | 0.5 |
片腕 | 3 | 1-2 |
片脚 | 6 | 3-4 |
体幹(前面) | 6 | 3-4 |
体幹(背面) | 6 | 3-4 |
塗布タイミングと方法。
アトピー性皮膚炎の管理には、以下の生活指導が重要です。
アトピー性皮膚炎は患者さんの心理状態や社会生活に大きな影響を与えることがあります。
長期管理において重要なのは、医療従事者と患者さんとの信頼関係の構築です。定期的なフォローアップを通じて治療計画を適宜調整し、患者さんが自身の疾患を理解し前向きに管理できるよう支援することが、アトピー性皮膚炎診療の要となります。
症状が治らない場合や悪化した場合には自己判断せず、専門医の指導を受けることも患者さんに伝えましょう。快適な生活を取り戻すためには、日々のケアを大切にし、症状の軽減に努めることが重要です。