ナリジクス酸を「なんとなく飲んでいる」だけだと、耐性菌を自分でつくって次の感染症が治らなくなります。
ナリジクス酸(Nalidixic acid)は、1962年にアメリカの科学者ジョージ・レッシャーらによって合成された、世界初のキノロン系抗菌薬です。キノロン系抗生物質の「元祖」にあたる薬であり、その後に開発されたシプロフロキサシンやレボフロキサシンといった新世代フルオロキノロン系薬の先駆けとなりました。これは意外と知られていない歴史的事実です。
ナリジクス酸は化学的にはナフチリジン骨格を持つ合成抗菌薬であり、厳密には「天然物由来の抗生物質」ではなく「合成抗菌薬」に分類されます。ただし、一般的な会話では「抗生物質」として扱われることがほとんどです。つまり分類上は抗菌薬が正確です。
日本では「ウイントマイロン」という商品名で長年使用されてきました。主な適応症は尿路感染症(膀胱炎・腎盂腎炎)、腸管感染症(細菌性腸炎など)であり、グラム陰性菌に対して強い抗菌力を発揮します。グラム陽性菌や緑膿菌にはほとんど効果がない点も重要な特徴です。
抗菌スペクトル(効果を発揮できる菌の種類の範囲)は比較的狭く、主にエシェリヒア・コリ(大腸菌)、クレブシエラ属、プロテウス属などのグラム陰性菌が対象となります。これが基本です。
ナリジクス酸の作用機序は「DNAジャイレース(トポイソメラーゼⅡ)の阻害」です。細菌が増殖するには、二重らせん構造のDNAを複製しなければなりません。このDNA複製の際に、DNAの絡まりをほどく酵素がDNAジャイレースです。
ナリジクス酸はこの酵素に結合し、その働きを止めます。酵素が止まるとDNAが複製できず、細菌は増殖できなくなって死滅します。これが「殺菌的」な作用です。
人間の細胞にも似た酵素(トポイソメラーゼⅡ)がありますが、ナリジクス酸は細菌の酵素に選択的に結合する設計になっています。そのため、適切な用量で使用すれば人体への毒性は低く抑えられます。ただし完全に無害ではありません。
フルオロキノロン系の新薬との違いも整理しておきましょう。ナリジクス酸はDNAジャイレースのみを阻害しますが、シプロフロキサシンなどの新世代薬はDNAジャイレースとトポイソメラーゼⅣの両方を阻害します。2つの標的を持つため新世代薬は耐性が生じにくく、より強力な抗菌作用を持つのです。これは重要な違いです。
この作用機序の違いが、ナリジクス酸に耐性が生じやすい最大の理由ともなっています。標的が1つしかないため、その1点に変異が起きるだけで耐性菌が誕生してしまいます。
耐性菌の問題は深刻です。ナリジクス酸は第1世代キノロン薬の中でも特に耐性菌が生じやすい薬として知られています。その理由の一つが、前述のとおり標的酵素が1種類しかない点です。
細菌のDNAジャイレースをコードするgyrA遺伝子やgyrB遺伝子に点変異が1か所入るだけで、耐性を獲得できます。変異は薬と酵素の結合部位(キノロン耐性決定領域、QRDR)に集中して起きます。さらに、この耐性はナリジクス酸に対するものだけでなく、フルオロキノロン系薬への交差耐性につながることが世界的に問題視されています。
世界保健機関(WHO)は2017年の報告書で、フルオロキノロン耐性菌を「優先的に対処すべき耐性菌」に指定しています。ナリジクス酸の不適切な使用が、より強力な薬への耐性の「入り口」になりえるのです。これは見過ごせない事実です。
患者さんが「症状がよくなったから」と途中で服用を中止することは、特に危険な行為です。薬の量が減った環境で生き残った細菌は、より耐性を獲得しやすくなります。処方された日数・用量を必ず守ることが、耐性菌をつくらないための基本中の基本です。
日本感染症学会や日本化学療法学会が公開している抗菌薬使用ガイドラインでも、ナリジクス酸の使用は近年大きく制限される方向にあります。現場では第2世代以降のフルオロキノロン薬(シプロフロキサシン、レボフロキサシンなど)への移行が進んでいます。
副作用の中で特に見落とされやすいのが「光線過敏症」です。ナリジクス酸を服用中に強い日光を浴びると、露出部の皮膚が赤くなったり水疱が生じたりする光線過敏症が起きることがあります。夏場の屋外活動中に服用する場合は日焼け止めや長袖での日光対策が必要です。これは使えそうな知識です。
中枢神経系への副作用も無視できません。頭痛・めまい・視覚障害(まぶしさ、複視など)、まれにけいれんや精神症状が報告されています。特に高齢者や腎機能が低下している患者では、薬の血中濃度が上がりやすいため注意が必要です。
主な副作用をまとめると以下のとおりです。
禁忌(絶対に使ってはいけない状況)としては、てんかんなどのけいれん性疾患患者、妊婦(特に妊娠初期・後期)、低出生体重児・新生児が挙げられます。また、小児への投与は関節軟骨への影響が懸念されるため、原則として避けるのが一般的です。禁忌は必ず確認が必要です。
腎機能低下患者では通常用量でも血中濃度が過剰になるリスクがあります。クレアチニンクリアランスを確認したうえで用量を調整するか、別薬に変更することが推奨されます。
ナリジクス酸と現在よく使われるフルオロキノロン系薬の違いを比較してみましょう。
| 項目 | ナリジクス酸(第1世代) | シプロフロキサシン(第2世代) | レボフロキサシン(第3世代) |
|---|---|---|---|
| 開発年 | 1962年 | 1987年(日本承認) | 1993年(日本承認) |
| 抗菌スペクトル | 狭い(主にグラム陰性菌) | 広い(グラム陰・陽性菌) | 広い+呼吸器病原菌にも有効 |
| 標的酵素 | DNAジャイレースのみ | DNAジャイレース+トポイソメラーゼⅣ | |
| 耐性の生じやすさ | 生じやすい | 比較的生じにくい | |
| 光線過敏症 | あり | 低頻度 | |
| 現在の主な用途 | 限定的(途上国・一部の腸管感染症) | 尿路・腸管・骨髄感染など幅広く | 呼吸器・尿路・皮膚など |
現代の感染症治療においては、ナリジクス酸が第一選択薬として使われる場面は大幅に減っています。日本国内では、尿路感染症にもレボフロキサシンやホスホマイシンが選ばれることが多くなっています。ただし途上国では安価なナリジクス酸が今も広く使われており、耐性菌の温床として国際的な問題になっています。
一方で、ナリジクス酸は感染症の「疫学的サーベイランス」の指標薬として使われることがあります。大腸菌などのナリジクス酸耐性率を測定することで、その地域のキノロン耐性の傾向を把握する目的です。これは意外な使い道です。
日本感染症学会・日本化学療法学会が合同で作成した「抗微生物薬適正使用の手引き」では、抗菌薬の選択と使用期間の適正化が強調されています。医師の指示なく抗菌薬を変更・中断することが、個人だけでなく社会全体に耐性菌という形でリスクを与えることを理解しておく必要があります。
厚生労働省:抗微生物薬適正使用の手引き(感染症の予防・治療に関する公的情報源)
医療機関を受診した際に処方された場合は、薬剤師に副作用・服用上の注意を必ず確認するようにしてください。特に光線過敏症の対策(日焼け止め・日光を避ける期間)は、処方箋と一緒に受け取る「薬剤情報提供書」に記載されています。確認することを習慣にしてください。
PMDA(医薬品医療機器総合機構):ナリジクス酸製剤の添付文書(副作用・禁忌の一次情報)