ケロイドは、皮膚の真皮層における創傷治癒過程の異常により発症する線維増殖性疾患です。正常な創傷治癒では、炎症期、増殖期、成熟期の3段階を経て組織が修復されますが、ケロイドでは炎症期が遷延し、線維芽細胞の過剰な増殖とコラーゲンの異常な蓄積が生じます。
医学的には、ケロイドは以下の2つの病態に分類されます。
真性ケロイド
この分類は治療方針の決定において極めて重要です。近年では、JSW Scar Scale(JSS)という評価基準を用いて、両者の鑑別をより客観的に行うことが可能になっています。
最新の研究では、ケロイドの組織学的特徴として「Keloidal Collagen」と呼ばれる硝子化した太い膠原線維の存在が注目されています。この膠原線維は血管周囲から発生し、ケロイド形成の初期段階から観察されることが判明しており、血管系の異常がケロイド発症に深く関与していることが示唆されています。
ケロイドの発症には、体質的要因と外的誘因が複雑に絡み合っています。最も重要な要因は「ケロイド体質」と呼ばれる遺伝的素因で、家族歴を有する患者が多いことが知られています。
体質的要因
ケロイド体質は常染色体優性遺伝の傾向を示し、特定の遺伝子多型との関連が研究されています。日本人では約10-15%がケロイド体質を有するとされ、この体質を持つ人では軽微な刺激でもケロイドが発症する可能性があります。
血管機能の異常も重要な体質的要因です。ケロイド患者では皮膚毛細血管レベルでの機能低下があり、血管基底膜の菲薄化や断片化が観察されています。これにより血管透過性が亢進し、炎症細胞の浸潤が促進されてケロイド形成につながると考えられています。
外的誘因
最も頻度の高い誘因はニキビで、全ケロイド症例の約30-40%を占めます。特に思春期から成人早期にかけてのニキビは、胸部や肩甲部にケロイドを形成しやすい傾向があります。
その他の主要な誘因。
悪化因子
ケロイドの悪化には以下の因子が関与します。
妊娠との関連では、妊娠中のエストロゲン増加により既存のケロイドが急速に拡大することがあり、妊娠を計画している女性では事前の治療が推奨されます。
ケロイドの初期症状を早期に認識することは、適切な治療介入のタイミングを逃さないために極めて重要です。
初期症状の特徴
ケロイドの最初期には、以下のような症状が観察されます。
この段階では肥厚性瘢痕との鑑別が困難な場合が多く、経過観察が必要です。
進行期の症状
数週間から数か月の経過で、以下のような特徴的な症状が出現します。
症状の日内変動と季節変動
ケロイドの症状には特徴的な変動パターンがあります。
これらの変動は、自律神経系の影響や血管透過性の変化と関連していると考えられています。
客観的評価指標
症状の客観的評価には、以下のような指標が用いられます。
これらの評価スケールを用いることで、症状の経時的変化を定量的に把握し、治療効果の判定に役立てることができます。
ケロイドの発症には明確な部位特異性があり、皮膚の張力分布や血管構築と密接に関連しています。
主要好発部位
前胸部
肩甲部・肩関節周囲
耳垂
下腹部
上腕部
稀な発症部位
以下の部位でのケロイド発症は極めて稀です。
これらの部位では皮膚の性質や血管構築が異なるため、ケロイドが形成されにくいと考えられています。
解剖学的特徴と発症機序
ケロイド好発部位の共通した解剖学的特徴。
これらの特徴は、創傷治癒過程での機械的ストレスや炎症の遷延と密接に関連しており、ケロイド形成の素地を作っていると考えられます。
近年の研究により、ケロイドの診断において血管病理学的所見が重要な鑑別ポイントとなることが明らかになっています。これは従来の臨床的診断基準に加えて、より精密な診断を可能にする新しい視点です。
血管構築異常の診断的意義
ケロイドでは特徴的な血管構築異常が観察されます。
これらの所見は、ダーモスコピーや高周波エコーを用いた非侵襲的検査でも確認可能で、臨床診断の補助として有用です。
組織学的鑑別診断
Keloidal Collagenの同定
炎症細胞浸潤パターン
血管内皮マーカーの発現
画像診断の活用
高周波エコー
ダーモスコピー
鑑別すべき疾患
血管病理学的観点から鑑別が必要な疾患。
これらの疾患では血管構築や炎症パターンが異なるため、組織学的検査による鑑別が重要です。
予後予測への応用
血管病理学的所見は治療予後の予測にも有用です。
このような新しい診断アプローチにより、より個別化された治療戦略の立案が可能になっています。
ケロイドの診断における血管病理学的知見は、今後の治療法開発においても重要な基盤となることが期待されています。特に血管新生阻害薬や血管透過性改善薬の応用など、新たな治療選択肢の可能性が示唆されており、医療従事者としてこれらの最新知見を把握しておくことが重要です。
日本医科大学形成外科の瘢痕・ケロイド研究に関する詳細情報
https://www.nms-prs.com/labo/02.html
田辺三菱製薬ヘルスケアによるケロイドの基礎知識
https://hc.mt-pharma.co.jp/hifunokoto/solution/1941