肥厚性瘢痕の症状と治療方法について

肥厚性瘢痕の特徴や原因、様々な治療法について医療従事者向けに詳しく解説します。あなたの患者さんにはどの治療法が適切でしょうか?

肥厚性瘢痕の症状と治療方法

肥厚性瘢痕の基本情報
🔍
定義

手術や怪我の跡が赤く盛り上がり硬くなる皮膚疾患で、傷跡の範囲内にとどまるもの

⚠️
主な症状

赤み、盛り上がり、硬化、かゆみ、痛み、引きつれ感

💊
治療アプローチ

保存的治療(圧迫療法、外用療法、注射療法など)と外科的治療を組み合わせた総合的アプローチ

肥厚性瘢痕とケロイドの違いと症状の特徴

肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)は、手術創や怪我の跡が赤く盛り上がり、硬くなる皮膚疾患です。一般的に肥厚性瘢痕とケロイドは混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。肥厚性瘢痕は傷跡の範囲内にとどまるのに対し、ケロイドは傷跡の範囲を超えて周囲の正常皮膚にまで拡大します。しかし、臨床的には両者の区別が難しいケースも少なくありません。

 

肥厚性瘢痕の主な症状には以下のようなものがあります。

  • 傷跡の赤み(血管増生による)
  • 盛り上がり(コラーゲンの過剰産生)
  • 硬化感(線維化による)
  • かゆみ(炎症メディエーターの放出)
  • 痛み・圧痛(神経終末の刺激)
  • 引きつれ感(組織の拘縮)

特にピアスの穴を開けた跡やニキビの跡、帝王切開の跡などに肥厚性瘢痕やケロイドはできやすいことが知られています。これらの症状は患者のQOL(生活の質)を著しく低下させる原因となります。症状の重症度は個人差があり、軽度の赤みと軽い盛り上がりのみの場合もあれば、強い痛みやかゆみを伴い、関節の動きまで制限する重度のケースもあります。

 

肥厚性瘢痕の特徴として、時間経過とともに自然に改善していくことが多い点が挙げられます。一般的に発症から1〜5年程度で徐々に平坦化し、赤みも薄れていく傾向がありますが、ケロイドの場合は治療せずに自然軽快することは稀です。

 

肥厚性瘢痕の原因と発生リスク要因

肥厚性瘢痕の発生には、局所的要因と全身的要因の両方が関与しています。これらを理解することで、ハイリスク患者の早期特定や効果的な予防策の立案が可能になります。

 

局所的要因

  • 感染:創部の感染は炎症を遷延させ、瘢痕形成を促進します
  • 異物の残存:体内に残った異物は持続的な炎症反応を引き起こします
  • 物理的刺激:瘢痕部への継続的な刺激は症状を悪化させます
  • 創の深さ:真皮深層に達する創傷ほど肥厚性瘢痕を形成しやすくなります
  • 創部にかかる張力:皮膚の伸縮が激しい部位は発症リスクが高まります
  • 発生部位:前胸部、背部、下腹部、耳などは特にリスクが高い部位です

全身的要因

  • 「ケロイド体質」と呼ばれる個人の体質的素因
  • 人種:アジア人やアフリカ系人種はリスクが高いとされています
  • 年齢:小学校高学年〜思春期の若年層での発症率が高い傾向があります
  • ホルモンバランス:思春期や妊娠期にリスクが上昇します

特に注目すべきは年齢と部位によるリスク差です。小学校高学年から思春期の若年層は発症リスクが高く、前胸部、背部、下腹部、耳などの部位も同様です。一方、高齢者や手掌、足底、顔面、頭部、下腿などの部位では比較的発症しにくいことが知られています。

 

「ケロイド体質」はアレルギーの一種と考えられており、遺伝的要素も関与しているとされています。家族歴のある患者では特に注意が必要です。また、術後や怪我後の過度な運動も肥厚性瘢痕の発生リスクを高める要因となります。皮膚の過度な伸縮や治癒過程の遅延は、線維芽細胞の過剰な活性化を招き、コラーゲン産生を促進します。

 

肥厚性瘢痕の治療方法:保存的療法と外科的療法

肥厚性瘢痕の治療には、保存的療法と外科的療法があります。多くの場合、これらを組み合わせた総合的なアプローチが効果的です。治療法の選択は、瘢痕の部位、大きさ、症状の程度、患者の年齢などを考慮して個別に決定します。

 

保存的療法

  1. 圧迫療法
    • テープ、スポンジ、シリコンゲルシートなどによる圧迫
    • 作用機序:組織の固定と安静、線維芽細胞増殖の抑制
    • 適応:特に早期の肥厚性瘢痕に有効
    • 注意点:数ヶ月から半年程度の継続使用が必要
  2. 外用療法
    • ステロイド含有テープや軟膏の使用
    • 作用機序:抗炎症作用による線維芽細胞増殖の抑制
    • 適応:赤みやかゆみを伴う症例
    • 注意点:ステロイドテープは瘢痕部位のみに貼付し、正常皮膚への影響を避ける
  3. シリコンジェルシート療法
    • シリコンジェルでできたシートを長期間貼付
    • 作用機序:保湿効果による瘢痕組織の柔軟化
    • 適応:肥厚性瘢痕全般、特に早期症例
    • 特徴:繰り返し使用可能で、副作用が少ない
  4. 局所注射療法
    • ステロイド(トリアムシノロン)の瘢痕内注射
    • 作用機序:強力な抗炎症効果による線維芽細胞抑制
    • 適応:保存的外用療法で効果不十分な症例
    • 注意点:硬い瘢痕への注入は疼痛を伴う場合がある
  5. 内服療法
    • トラニラスト内服(現在唯一の保険適応薬)
    • 作用機序:抗アレルギー効果による線維芽細胞増殖抑制
    • 適応:かゆみや炎症症状が強い症例
    • 特徴:赤みやかゆみの軽減効果も期待できる
  6. レーザー治療(保険適用外)。
    • 血管の数を減らすレーザーの照射
    • 作用機序:血管新生の抑制による赤み改善
    • 適応:赤みが強い症例
    • 注意点:保険適用外のため自費診療となる

外科的療法
外科的療法は以下のような症例に適応となります。

  • 傷が限局している場合
  • 瘢痕拘縮により関節の可動域制限がある場合
  • 目立つ部位に傷跡があり審美的改善を要する場合

手術では肥厚性瘢痕を部分的または全て切除して縫合します。広範囲の場合は植皮や皮弁形成などの再建手術が必要になることもあります。しかし、手術だけでは再発のリスクがあるため、術後も保存的療法を併用した継続的な管理が重要です。

 

治療では年齢によるアプローチの違いも重要です。小児(20歳未満)では皮膚が薄く薬剤の浸透性が高いため、まず弱いステロイド(フルドロキシコルチド)テープから開始し、効果不十分な場合に段階的に強いステロイドに移行します。一方、成人では皮膚が厚く、より強い張力がかかるため、初めから強いステロイド(デプロドンプロピオン酸エステル)テープを使用することが推奨されています。

 

肥厚性瘢痕の治療におけるステロイド製剤の使用法

肥厚性瘢痕の治療において、ステロイド製剤は中心的な役割を果たします。特にステロイドテープ剤は真皮網状層の炎症を特徴とする本疾患に対して、第一選択として位置づけられています。『ケロイド・肥厚性瘢痕 診断・治療指針 2018』によると、治療アルゴリズムは年齢(小児・成人)によって分けられていますが、いずれにおいてもステロイドテープ剤が第一選択として推奨されています。

 

小児(20歳未満)におけるステロイドテープ剤の使用法
小児は皮膚が薄くステロイドの浸透性が高いため、まず弱いステロイド(フルドロキシコルチド)テープ剤から開始します。これを3ヶ月間を目安に継続貼付し、効果が見られれば更に3ヶ月間継続します。効果不十分な場合は強いステロイド(デプロドンプロピオン酸エステル)テープ剤に切り替え、さらに3ヶ月間使用します。

 

成人におけるステロイドテープ剤の使用法
成人は皮膚が厚く、また瘢痕にかかる張力も強いため、初めから強いステロイドテープ剤を第一選択として使用します。3ヶ月間を目安に継続貼付し、効果があれば継続します。効果不十分な場合はステロイドの局所注射(トリアムシノロン)を併用します。

 

ステロイドテープ剤の使用期間と終了基準
ステロイドテープ剤は最低でも3ヶ月間の継続使用が必要です。弱いステロイドテープ剤であっても6ヶ月間の継続貼付で効果を実感できるケースが多いとされています。肥厚性瘢痕の治療は長期間を要し、症状の程度にもよりますが、効果が確認できれば1〜2年の継続治療が推奨されています。

 

終了の目安としては、病変部全体が軟化・平坦化し、触診で病変が判別できなくなるまで継続することが重要です。一部だけ硬く隆起している場合は、その部分にのみステロイドテープ剤を貼付するなど、貼付面積を徐々に狭めていく方法も有効です。

 

可動部位におけるステロイドテープ剤の使用法
関節などの可動部位に生じた肥厚性瘢痕では、日常的な運動による張力が症状を悪化させる要因となります。このような場合、ステロイドテープ剤は病変部の最小限の範囲に貼付し、さらにその上から通常のテープやジェルシートを病変よりも大きく貼付して固定することで、張力を軽減する工夫が有効です。

 

ステロイド外用剤使用における注意点として、特にテープ剤では瘢痕を超えて貼ると正常部分の皮膚に赤みを生じ、その改善に時間を要することがあるため、テープは瘢痕内に収まるように貼付する必要があります。また、長期使用による局所的な副作用(皮膚萎縮、毛細血管拡張など)についても注意が必要です。

 

肥厚性瘢痕の患者ケアと長期的なフォローアップ

肥厚性瘢痕の治療は単に医学的介入だけでなく、包括的な患者ケアと長期的なフォローアップが成功の鍵となります。治療期間が長期にわたることから、患者のアドヒアランス(治療継続性)の維持が特に重要です。

 

患者教育とカウンセリング
肥厚性瘢痕の治療開始時に、以下の点について患者に十分な説明を行うことが重要です。

  • 肥厚性瘢痕の自然経過と治療に要する時間的見通し
  • 完全に元の状態に戻るわけではなく、改善を目指す治療であること
  • 治療の継続性の重要性と中断による再発リスク
  • 治療にかかる費用と保険適用の範囲(特にレーザー治療など自費診療の場合)

特に若年患者やピアス後の耳介部瘢痕など見た目を気にする部位の患者では、心理的サポートも含めたアプローチが必要です。

 

日常生活における指導
肥厚性瘢痕の管理において、日常生活での注意点を指導することも重要です。

  • 瘢痕部の過度な伸展や圧迫を避ける
  • 適切な創部の保湿(特にシリコンジェルなどの使用方法)
  • 日焼けの防止(紫外線は瘢痕の色素沈着を悪化させる)
  • 運動制限の必要性と範囲、期間
  • 清潔保持の重要性(特にステロイドテープ使用時)

長期フォローアップの重要性
肥厚性瘢痕の治療効果は緩徐に現れるため、定期的な経過観察が必要です。一般的なフォローアップスケジュールとしては以下が推奨されます。

  • 治療開始1〜3ヶ月:2〜4週間ごと
  • 治療3〜6ヶ月:1ヶ月ごと
  • 治療6ヶ月以降:1〜3ヶ月ごと

経過観察では、以下の点を評価します。

  • 瘢痕の高さ、硬さ、色調(写真記録も有効)
  • 症状(痛み、かゆみ、引きつれ感)の変化
  • 日常生活や心理面への影響
  • 治療の副作用

治療反応性の定期的評価と治療計画の修正
肥厚性瘢痕の治療反応性には個人差が大きいため、治療効果を定期的に評価し、必要に応じて治療計画を修正することが重要です。例えば。

  • ステロイドテープで効果不十分な場合は局所注射療法の追加
  • 内服療法(トラニラスト)の併用検討
  • 特に改善が乏しい場合は専門施設への紹介

また、治療効果の客観的評価のために、Vancouver Scar Scale(VSS)などの評価スケールを用いることも有用です。これにより、色調、血流、柔軟性、高さなどの観点から瘢痕の状態を数値化し、経時的な変化を追跡できます。

 

予防的アプローチ
ケロイド体質が明らかな患者では、将来的な手術や外傷に対する予防的アプローチも重要です。

  • 不要な手術や美容的処置(特にピアスなど)の回避
  • 手術が必要な場合は、術前からの計画的な瘢痕管理
  • 創傷治癒を最適化するための栄養管理や禁煙指導

特に繰り返し肥厚性瘢痕やケロイドを形成する患者では、手術後の早期からのステロイドテープ剤使用や圧迫療法の導入が推奨されています。

 

医療従事者は、肥厚性瘢痕が単なる美容的問題ではなく、患者のQOLに大きく影響する医学的問題であることを認識し、長期的かつ総合的なケアを提供することが求められます。特に慢性的な痛みやかゆみを伴う症例では、症状コントロールを優先した治療戦略が重要となります。