肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)は、手術創や怪我の跡が赤く盛り上がり、硬くなる皮膚疾患です。一般的に肥厚性瘢痕とケロイドは混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。肥厚性瘢痕は傷跡の範囲内にとどまるのに対し、ケロイドは傷跡の範囲を超えて周囲の正常皮膚にまで拡大します。しかし、臨床的には両者の区別が難しいケースも少なくありません。
肥厚性瘢痕の主な症状には以下のようなものがあります。
特にピアスの穴を開けた跡やニキビの跡、帝王切開の跡などに肥厚性瘢痕やケロイドはできやすいことが知られています。これらの症状は患者のQOL(生活の質)を著しく低下させる原因となります。症状の重症度は個人差があり、軽度の赤みと軽い盛り上がりのみの場合もあれば、強い痛みやかゆみを伴い、関節の動きまで制限する重度のケースもあります。
肥厚性瘢痕の特徴として、時間経過とともに自然に改善していくことが多い点が挙げられます。一般的に発症から1〜5年程度で徐々に平坦化し、赤みも薄れていく傾向がありますが、ケロイドの場合は治療せずに自然軽快することは稀です。
肥厚性瘢痕の発生には、局所的要因と全身的要因の両方が関与しています。これらを理解することで、ハイリスク患者の早期特定や効果的な予防策の立案が可能になります。
局所的要因。
全身的要因。
特に注目すべきは年齢と部位によるリスク差です。小学校高学年から思春期の若年層は発症リスクが高く、前胸部、背部、下腹部、耳などの部位も同様です。一方、高齢者や手掌、足底、顔面、頭部、下腿などの部位では比較的発症しにくいことが知られています。
「ケロイド体質」はアレルギーの一種と考えられており、遺伝的要素も関与しているとされています。家族歴のある患者では特に注意が必要です。また、術後や怪我後の過度な運動も肥厚性瘢痕の発生リスクを高める要因となります。皮膚の過度な伸縮や治癒過程の遅延は、線維芽細胞の過剰な活性化を招き、コラーゲン産生を促進します。
肥厚性瘢痕の治療には、保存的療法と外科的療法があります。多くの場合、これらを組み合わせた総合的なアプローチが効果的です。治療法の選択は、瘢痕の部位、大きさ、症状の程度、患者の年齢などを考慮して個別に決定します。
保存的療法
外科的療法
外科的療法は以下のような症例に適応となります。
手術では肥厚性瘢痕を部分的または全て切除して縫合します。広範囲の場合は植皮や皮弁形成などの再建手術が必要になることもあります。しかし、手術だけでは再発のリスクがあるため、術後も保存的療法を併用した継続的な管理が重要です。
治療では年齢によるアプローチの違いも重要です。小児(20歳未満)では皮膚が薄く薬剤の浸透性が高いため、まず弱いステロイド(フルドロキシコルチド)テープから開始し、効果不十分な場合に段階的に強いステロイドに移行します。一方、成人では皮膚が厚く、より強い張力がかかるため、初めから強いステロイド(デプロドンプロピオン酸エステル)テープを使用することが推奨されています。
肥厚性瘢痕の治療において、ステロイド製剤は中心的な役割を果たします。特にステロイドテープ剤は真皮網状層の炎症を特徴とする本疾患に対して、第一選択として位置づけられています。『ケロイド・肥厚性瘢痕 診断・治療指針 2018』によると、治療アルゴリズムは年齢(小児・成人)によって分けられていますが、いずれにおいてもステロイドテープ剤が第一選択として推奨されています。
小児(20歳未満)におけるステロイドテープ剤の使用法。
小児は皮膚が薄くステロイドの浸透性が高いため、まず弱いステロイド(フルドロキシコルチド)テープ剤から開始します。これを3ヶ月間を目安に継続貼付し、効果が見られれば更に3ヶ月間継続します。効果不十分な場合は強いステロイド(デプロドンプロピオン酸エステル)テープ剤に切り替え、さらに3ヶ月間使用します。
成人におけるステロイドテープ剤の使用法。
成人は皮膚が厚く、また瘢痕にかかる張力も強いため、初めから強いステロイドテープ剤を第一選択として使用します。3ヶ月間を目安に継続貼付し、効果があれば継続します。効果不十分な場合はステロイドの局所注射(トリアムシノロン)を併用します。
ステロイドテープ剤の使用期間と終了基準。
ステロイドテープ剤は最低でも3ヶ月間の継続使用が必要です。弱いステロイドテープ剤であっても6ヶ月間の継続貼付で効果を実感できるケースが多いとされています。肥厚性瘢痕の治療は長期間を要し、症状の程度にもよりますが、効果が確認できれば1〜2年の継続治療が推奨されています。
終了の目安としては、病変部全体が軟化・平坦化し、触診で病変が判別できなくなるまで継続することが重要です。一部だけ硬く隆起している場合は、その部分にのみステロイドテープ剤を貼付するなど、貼付面積を徐々に狭めていく方法も有効です。
可動部位におけるステロイドテープ剤の使用法。
関節などの可動部位に生じた肥厚性瘢痕では、日常的な運動による張力が症状を悪化させる要因となります。このような場合、ステロイドテープ剤は病変部の最小限の範囲に貼付し、さらにその上から通常のテープやジェルシートを病変よりも大きく貼付して固定することで、張力を軽減する工夫が有効です。
ステロイド外用剤使用における注意点として、特にテープ剤では瘢痕を超えて貼ると正常部分の皮膚に赤みを生じ、その改善に時間を要することがあるため、テープは瘢痕内に収まるように貼付する必要があります。また、長期使用による局所的な副作用(皮膚萎縮、毛細血管拡張など)についても注意が必要です。
肥厚性瘢痕の治療は単に医学的介入だけでなく、包括的な患者ケアと長期的なフォローアップが成功の鍵となります。治療期間が長期にわたることから、患者のアドヒアランス(治療継続性)の維持が特に重要です。
患者教育とカウンセリング。
肥厚性瘢痕の治療開始時に、以下の点について患者に十分な説明を行うことが重要です。
特に若年患者やピアス後の耳介部瘢痕など見た目を気にする部位の患者では、心理的サポートも含めたアプローチが必要です。
日常生活における指導。
肥厚性瘢痕の管理において、日常生活での注意点を指導することも重要です。
長期フォローアップの重要性。
肥厚性瘢痕の治療効果は緩徐に現れるため、定期的な経過観察が必要です。一般的なフォローアップスケジュールとしては以下が推奨されます。
経過観察では、以下の点を評価します。
治療反応性の定期的評価と治療計画の修正。
肥厚性瘢痕の治療反応性には個人差が大きいため、治療効果を定期的に評価し、必要に応じて治療計画を修正することが重要です。例えば。
また、治療効果の客観的評価のために、Vancouver Scar Scale(VSS)などの評価スケールを用いることも有用です。これにより、色調、血流、柔軟性、高さなどの観点から瘢痕の状態を数値化し、経時的な変化を追跡できます。
予防的アプローチ。
ケロイド体質が明らかな患者では、将来的な手術や外傷に対する予防的アプローチも重要です。
特に繰り返し肥厚性瘢痕やケロイドを形成する患者では、手術後の早期からのステロイドテープ剤使用や圧迫療法の導入が推奨されています。
医療従事者は、肥厚性瘢痕が単なる美容的問題ではなく、患者のQOLに大きく影響する医学的問題であることを認識し、長期的かつ総合的なケアを提供することが求められます。特に慢性的な痛みやかゆみを伴う症例では、症状コントロールを優先した治療戦略が重要となります。