ジダノシンは天然ヌクレオシドであるデオキシアデノシンの3位水酸基を水素に置換した合成ヌクレオシド誘導体です。この化学構造の特徴により、細胞内において特異的な代謝経路をたどります。
参考)http://image.packageinsert.jp/pdf.php?mode=1amp;yjcode=6250003M1029
細胞内に取り込まれたジダノシンは、以下のような段階的リン酸化を受けます。
この活性代謝物ddATPは、天然基質であるデオキシアデノシン5-三リン酸(dATP)と構造的に酷似しているため、HIV逆転写酵素によって基質として認識されやすくなります。
興味深いことに、ジダノシンの細胞内代謝速度は細胞種により異なり、T細胞系では比較的速やかに活性体に変換される一方、単球/マクロファージ系では異なる代謝パターンを示すことが報告されています。
参考)https://jsv.umin.jp/journal/v63-2pdf/virus63-2_199-208.pdf
ジダノシンの主要な作用機序は、HIV-1逆転写酵素に対する競合的阻害です。この阻害機構は以下の段階で進行します:
競合的結合段階。
活性代謝物ddATPが天然基質dATPとの競合により、逆転写酵素の活性部位に結合します。この競合は、両分子の構造類似性に基づいています。
参考)https://yakugakulab.info/%E7%AC%AC99%E5%9B%9E%E8%96%AC%E5%89%A4%E5%B8%AB%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E8%A9%A6%E9%A8%93%E3%80%80%E5%95%8F164/
DNA鎖への取り込み。
ddATPがウイルスDNA鎖に取り込まれると、3'位に水酸基を欠いているため、次のヌクレオチドとの結合が不可能になります。
鎖伸長停止。
結果的にウイルスDNA鎖の伸長が停止し、HIV-1の逆転写過程が阻害されます。
この機序により、ウイルスゲノムRNAからDNAへの逆転写が効率的に阻害され、HIVの複製サイクルが断ち切られます。特筆すべき点として、この阻害は競合的であるため、細胞内のdATP濃度が治療効果に影響を与える可能性があります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/130/2/130_2_147/_pdf
ジダノシンの抗ウイルス活性は、感染細胞の種類により大きく異なることが臨床研究で明らかになっています。
リンパ芽球性細胞における活性。
各種HIV-1感染リンパ芽球性細胞を用いた検討では、ジダノシンの50%阻害濃度(EC50値)は2.5~10µMの範囲でした。これは比較的高い濃度であり、治療に際しては十分な血中濃度の維持が必要となります。
単球/マクロファージ細胞における活性。
興味深いことに、単球/マクロファージ細胞では0.01~0.1µMという、リンパ芽球性細胞の100倍低い濃度で50%阻害効果を示します。この細胞選択性は以下の要因によると考えられています:
臨床的意義。
この選択性は、HIVが主に感染するCD4陽性T細胞や単球/マクロファージ系細胞に対して、効率的な抗ウイルス効果を発揮することを示唆しています。
長期間のジダノシン治療により、HIV逆転写酵素遺伝子に特異的な変異が生じることが知られています。これらの変異は治療効果の減弱をもたらす重要な臨床課題です。
主要な耐性変異部位。
臨床試験で確認された主な変異は以下の5箇所です:
チミジン誘導体関連変異。
特に注目すべきは、以下のチミジン誘導体による変異パターンです:
これらの変異が存在する場合、ジダノシンに対する感受性が著明に低下することが示されています。
交叉耐性の問題。
ジダノシンの耐性変異は、他のヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤に対する交叉耐性を引き起こすことがあり、治療戦略の選択において重要な考慮事項となります。
ジダノシンの作用機序は、同じヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤であるジドブジン(AZT)やラミブジンと基本原理は共通していますが、いくつかの特異的な特徴があります。
分子レベルでの相違。
ジダノシンはアデノシン誘導体であるのに対し、AZTはチミジン誘導体、ラミブジンはシチジン誘導体です。この構造的違いにより、以下の特性が生まれます。
薬理学的特異性。
ジダノシンの特異性として、プリンヌクレオチドアナログとしての以下の性質があります。
臨床応用における位置づけ。
現在のHIV治療において、ジダノシンは主に他の薬剤との併用療法で使用されます。その理由として。
が挙げられます。
医薬品添付文書におけるジダノシンの詳細な薬理作用機序と臨床データ
日本ウイルス学会による抗HIV治療薬の作用機序に関する専門的解説