未病は、東洋医学において古来より認識されてきた概念で、「病未だ成らざる」状態を指します。現代医学では、健康と病気の間にある連続的な状態として理解され、自覚症状はないものの検査数値に異常が見られる場合や、肩こり、冷え感、だるさなどの軽微な不調を感じる状態を含みます。
黄帝内経では病気になる前の「健康と病気の間」という漠然とした概念でしたが、21世紀の現代では西洋医学の検査を取り込んで理解しやすく発展させています。軽度の糖尿病や高血圧、早期のがんも未病に位置づけられ、適切な対策により健康な状態に近づけることが可能です。
未病状態では、「内因、特に情動により気血が変動した状態」として、病気の発症はないものの不快な体感が自覚できる段階にあります。この状態を早期に発見し対処することで、疾病の発症予防だけでなく、続発症や合併症の予防にもつながります。
未病対策と予防医療は似て非なる概念であり、その違いを理解することは適切な健康管理に不可欠です。予防医療は、脳卒中や心筋梗塞、パーキンソン病など個別具体的な疾患の発症を防ぐことを目的とします。一方、未病を治すアプローチは、特定の疾患に限定せず、心身全体をより健康な状態へと近づけることを表します。
予防医療は三段階に分類されます:
未病アプローチは、これらの予防段階をより包括的に捉え、人々が積極的に参加できる医療として「治未病」を実践する医療の普遍化を目指します。21世紀の医療パラダイムとして、健康・病気という二元論に基づく医療から、連続性を重視した医療への転換が期待されています。
年に一度の健康診断は、未病を早期に発見する絶好の機会です。未病は健康な状態から少しずつ病気へとシフトしている段階であるため、自覚症状がなくても検査により異常が発見されることがあります。
日本では、ユニバーサル健康診断システムが糖尿病や高血圧の一次予防に効果的であることが実証されています。29万3174人を対象とした研究では、健康診断受診者において糖尿病や高血圧の発症リスクが9.8%低下することが示されました。
未病の自覚症状は「疲れやすい」「少しだるい」「おなかの調子が悪い」「体が冷える」といった比較的軽微なものが多く、日常生活への支障が少ないため医療機関受診に至らないことが多々あります。そこで健康診断の検査数値の変化により未病状態を確認し、「去年よりも少し数値が悪くなった」といった項目に注意を払うことで、未病の段階での対策が可能になります。
未病や病気になる前からの健康的な生活習慣の維持が根本的な対策となります。日常生活における具体的な改善点として以下が挙げられます:
生活リズムの整備
運動習慣の確立
定期的な有酸素運動は一次予防において重要であり、二次予防においても検診結果の数値改善が期待できます。メディカルフィットネスでは、医療機関と連携した運動プログラムにより、より効果的な未病対策が可能です。
ストレス管理
ストレスの蓄積は未病状態の悪化要因となるため、適切な解消法の確立が必要です。定期的なリラクゼーション、趣味活動への参加、十分な休息時間の確保などが効果的です。
栄養バランスの最適化
食事における栄養バランスの改善は、基礎代謝の向上や身体に良い影響を及ぼす代謝物質の生成に寄与します。特に腸内細菌の科学的分析に基づく個別化された食事改善アプローチが注目されています。
デジタルヘルス技術の活用
未病状態の早期発見と継続的管理において、ウェアラブル端末やスマートフォンアプリケーションを活用したライフログの自動記録が重要な役割を果たします。これらの技術により、日々の健康状態の変化や不調が可視化され、未病に気づくきっかけを提供します。
慶應義塾大学では2016年からApple WatchとResearchKitを用いた循環器診療への健康データ活用研究を開始し、2021年にはApple Watchによる不整脈早期発見AIモデルを開発するなど、実用化に向けた研究が進展しています。
漢方による未病創薬の可能性
最新の研究では、メタボリックシンドロームの疾病前状態において防風通聖散という漢方薬を投与することで、遺伝子の揺らぎが収まり発病を抑制できることが発見されています。これは、未病医療・未病創薬における画期的な進歩として注目されています。
社会経済への影響
日本の健康診断システムが心血管疾患の医療費削減に効果的であることが実証されています。青森県弘前市での健康意識向上プログラム(CHAP)では、個別面談を含む包括的アプローチにより、10年間の心疾患・脳卒中発症リスクの低下と医療費削減が実現されました。
超高齢化社会を迎える日本において、医療費や介護費の増大が財政を圧迫する中、未病対策による病気や要介護状態の期間短縮は、健康寿命の延伸と医療費・介護費の支出抑制を同時に実現する重要な戦略となります。未病状態の可視化技術の発展により、個別最適化された対策や早期異常検知がより精度高く実現されることが期待されています。