嚥下障害 症状と治療方法で誤嚥性肺炎を防ぐ

この記事では嚥下障害の症状と治療法について医療従事者向けに詳しく解説しています。症状の見分け方から、リハビリテーション方法、栄養管理、誤嚥性肺炎の予防まで幅広く網羅。あなたの患者さんの嚥下機能、どのように評価していますか?

嚥下障害の症状と治療方法

嚥下障害の基本情報
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定義

食べ物や飲み物を口から胃へ送り込む過程に問題が生じる状態

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主なリスク

誤嚥性肺炎、窒息、低栄養、脱水

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専門家連携

医師、言語聴覚士、看護師、栄養士による多職種アプローチ

嚥下障害の主な症状と見逃せない兆候

嚥下障害は単なる食事の困難さだけでなく、患者の生活の質と健康状態に重大な影響を及ぼす問題です。嚥下障害の症状を早期に発見することで、合併症のリスクを大幅に低減できます。

 

嚥下障害の症状は、食事中と食事外の両方で観察されます。食事中に見られる主な症状には以下のようなものがあります。

  • よくむせる・咳が出る
  • 飲み込みづらさやのどにつかえ感がある
  • 口の中に食べ物をためている時間が長い
  • 上を向いて飲み込もうとする異常な姿勢をとる
  • 汁物と固形物を交互に食べる習慣がある
  • 食べ物が口からこぼれる
  • 食事中に極端に疲れてしまう
  • 食べるスピードが遅くなる
  • 特定の食品(特に水分や固形物)を避ける

食事以外の場面や食後に見られる重要なサイン

  • 食後によく咳が出る
  • 痰の中に食べ物が混じっている
  • のどに食べ物が残っている感覚がある
  • 食後に声が変わる(がらがら声になる)
  • 食事量の減少
  • 発熱が繰り返される(誤嚥性肺炎の可能性)
  • 体重減少
  • 口腔内の不衛生
  • 唾液でもむせることがある

特に注意すべき兆候として、「食後の疲れが目立つ」「口の中のものをなかなか飲み込まない」「なんとなく元気がない」といった様子が見られる場合は、誤嚥性肺炎の疑いがあるため、早急に医療機関への相談が必要です。

 

嚥下障害の症状は年齢とともに増加する傾向にあり、高齢者では特に注意が必要です。また、脳卒中パーキンソン病などの神経疾患を持つ患者では、嚥下障害のリスクが高まります。

 

パーキンソン病患者の嚥下障害には特徴があります。通常の嚥下では食塊は舌により後方に送り込まれますが、パーキンソン病患者では舌の筋肉に筋緊張(固縮)が強いため、奥舌の舌背が高いままとなり、食塊を咽頭へ送り込めず前方に戻ってしまうことがあります。また、筋緊張の程度によっては、舌で食塊を持ち上げた状態のまま動作停止する場合もあります。

 

適切なアセスメントのためには、食事場面の直接観察と、患者や家族からの詳細な聞き取りが欠かせません。医療従事者は、上記の症状が単発的ではなく複数回にわたって観察される場合、嚥下機能評価を検討すべきでしょう。

 

嚥下障害の治療法とリハビリテーション方法

嚥下障害の治療法は、原因疾患や症状の重症度によって異なりますが、主に薬物療法、食事療法、そしてリハビリテーションの3つのアプローチがあります。重度の嚥下障害では外科的治療も検討されますが、特に高齢者では侵襲的な方法よりもリハビリテーションによる機能改善を目指すことが一般的です。

 

リハビリテーション方法
嚥下リハビリテーションは、間接訓練と直接訓練に大別されます。

 

  1. 間接訓練(食べ物を使わない訓練)

    間接訓練は嚥下機能の回復を目的とし、実際の食事を用いずに行う基礎的なトレーニングです。安全性が高く、嚥下障害の初期段階からスタートすることができます。

     

  • リラクゼーション:緊張した筋肉をほぐすために、首や肩の軽いストレッチや深呼吸を行います。
  • 嚥下体操:口や舌、顎の筋肉を強化するための体操です。例えば、舌を前後左右に動かしたり、口を大きく開けて「あ、い、う、え、お」と発声する練習などがあります。
  • アイスマッサージ:氷片を使って口腔内や咽頭部を刺激し、嚥下反射を高める方法です。
  • 息こらえ嚥下:息を止めた状態で唾液を飲み込む訓練で、誤嚥を防ぐ効果があります。
  • メンデルソン法:喉頭を上方に持ち上げた状態を意図的に長く保持する訓練です。
  1. 直接訓練(実際の食物を使用する訓練)

    間接訓練である程度の回復が見られた後、実際の食べ物や飲み物を用いた訓練に移行します。

     

  • 少量からの段階的摂取:最初はゼリーなどの安全な食形態から始め、少量ずつ摂取します。
  • 姿勢調整:頸部前屈位(顎を引いた姿勢)など、誤嚥リスクを減らす姿勢で食事を行います。
  • 食形態の工夫:嚥下しやすい食形態(とろみ食やゼリー食など)から始め、徐々に通常食に近づけていきます。
  • 交互嚥下法:液体と固形物を交互に摂取することで、食塊の残留を減らす方法です。
  • 複数回嚥下法:一度の嚥下で食塊を完全に送り込めない場合に、複数回に分けて嚥下する方法です。

薬物療法
嚥下障害の原因となっている基礎疾患に対する薬物治療が行われます。例えば。

  • パーキンソン病による嚥下障害には、ドパミン作動薬が用いられます。
  • 胃食道逆流による嚥下障害には、制酸剤や消化管運動改善薬が処方されます。
  • 口腔乾燥による嚥下障害には、唾液分泌促進剤が有効な場合があります。

外科的治療
保存的治療で改善が見られない重度の嚥下障害には、外科的アプローチも検討されます。

  • 輪状咽頭筋切開術:嚥下時に食道入口部の開大不全がある場合に行われます。
  • 喉頭挙上術:喉頭挙上障害がある患者に対して行われる手術です。
  • 気管切開術:重度の誤嚥がある場合に、気道を確保する目的で行われることがあります。

嚥下障害の治療には、言語聴覚士、医師、看護師、栄養士などの多職種が連携したチームアプローチが重要です。定期的な評価と、患者の状態に合わせたプログラムの調整が必要となります。

 

日本静脈経腸栄養学会による嚥下障害患者の栄養管理に関する最新ガイドライン

嚥下障害患者の食事形態と栄養管理のポイント

嚥下障害を持つ患者の食事は、単に「食べやすくする」だけでなく、必要な栄養を確保しながら安全に摂取できるように調整する必要があります。適切な食事形態の選択と栄養管理は、誤嚥性肺炎の予防と栄養状態の維持に直結します。

 

嚥下調整食の種類と選択
日本摂食嚥下リハビリテーション学会では、嚥下調整食を以下のように分類しています。

コード 名称 特徴 適応
0j ゼリー状 均質なゼリー状、崩れにくい 嚥下反射惹起遅延、咽頭残留が多い場合
1j 均質でなめらかな状態 プリン状、ヨーグルト状 咀嚼能力が著しく低下している場合
2-1 ピューレ状 なめらかで均質、スプーンで容易に食べられる 舌による食塊形成能力が低下している場合
2-2 極キザミ食 舌で押しつぶせる程度の軟らかさ 舌の側方運動が制限されている場合
3 軟菜キザミ食 歯茎でつぶせる硬さ 咀嚼能力が部分的に残存している場合
4 軟菜食 箸で切れる程度の柔らかさ 咀嚼能力はあるが疲労しやすい場合

食事形態の選択は、嚥下機能評価(VF検査やVE検査など)の結果に基づいて行われるべきです。患者の状態に合わない食形態は、誤嚥リスクを高めるだけでなく、食事への意欲低下や栄養不足を招く恐れがあります。

 

とろみ調整と水分摂取
水分は誤嚥のリスクが高いため、適切なとろみ調整が必要です。

  • 薄いとろみ:ストローで吸える程度のとろみで、中等度の嚥下障害に適しています。
  • 中間のとろみ:フォークの背から流れ落ちる程度のとろみで、嚥下反射遅延がある場合に適しています。
  • 濃いとろみ:スプーンを傾けてもなかなか落ちない程度のとろみで、重度の嚥下障害に適しています。

とろみ剤の使用量は、水分の温度や種類(お茶、ジュースなど)によっても調整が必要です。また、市販のとろみ剤には様々な種類があり、それぞれ特性が異なるため、使用方法を理解しておくことが重要です。

 

栄養管理のポイント
嚥下調整食は一般的に栄養価が低下しやすい傾向があるため、以下の点に注意が必要です。

  1. エネルギー・タンパク質の確保
    • 嚥下調整食は水分量が多くなりがちで、エネルギー密度が低下します。
    • 油脂の追加や栄養補助食品の活用で、少量でも必要なエネルギーが摂取できるよう工夫します。
  2. 栄養素のバランス
    • 微量栄養素(ビタミン、ミネラル)の不足にも注意が必要です。
    • 可能な限り多様な食材を取り入れ、必要に応じてサプリメントでの補給を検討します。
  3. 水分摂取量の確保
    • とろみをつけた飲料だけでは必要な水分量を確保しにくい場合があります。
    • ゼリー飲料や高水分の食品を積極的に取り入れ、脱水を予防します。
  4. 食事回数と一回量の調整
    • 少量ずつ複数回に分けて提供することで、疲労を軽減できます。
    • 特に重要な栄養素を含む食品は、体力がある食事の初めに提供するなどの工夫も有効です。
  5. 食材の選択と調理法
    • 栄養価が高く、嚥下しやすい食材(豆腐、魚のすり身、卵料理など)を積極的に活用します。
    • 調理法によっても嚥下のしやすさが変わるため、蒸す、煮る、ミキサーにかけるなど適切な方法を選択します。

嚥下障害患者の栄養状態は定期的にモニタリングし、体重変化や血液検査結果などから評価することが大切です。栄養不良のサインが見られる場合は、早期に栄養サポートチーム(NST)への相談を検討すべきでしょう。

 

日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021

誤嚥性肺炎を予防するための嚥下障害ケア方法

誤嚥性肺炎は嚥下障害患者の主要な合併症であり、入院の長期化や死亡リスクの増加につながる重篤な問題です。適切なケア方法を実践することで、誤嚥性肺炎の発生リスクを大幅に低減できます。

 

口腔ケアの重要性
誤嚥性肺炎予防の第一歩は、徹底した口腔ケアです。

  • 食事前後の口腔ケアで細菌数を減らし、誤嚥した際の肺炎リスクを低減します。
  • 歯ブラシ、スポンジブラシ、舌ブラシなど、患者の状態に合った口腔ケア用具を選択します。
  • 口腔内の乾燥は細菌繁殖を促進するため、適切な保湿ケアも重要です。
  • 義歯の洗浄・管理も忘れずに行います。義歯の不適合は嚥下障害を悪化させる要因となります。

研究によると、適切な口腔ケアによって誤嚥性肺炎の発生率を約40%減少させることができるとされています。

 

適切な食事姿勢の確保
嚥下時の姿勢は誤嚥リスクに大きく影響します。

  • 基本的には30°以上の座位が理想的です。完全な臥位での食事は避けます。
  • 頸部前屈位(顎引き姿勢)をとることで、気道を保護し誤嚥を防ぎます。
  • 麻痺側がある場合は、健側に頭部をわずかに傾けると効果的です。
  • 食後30分程度は座位を保ち、逆流による誤嚥を防止します。
  • ベッド上での食事が必要な場合は、ギャッジアップと頸部の支持を適切に行います。

食事介助のテクニック
安全な食事介助には以下の点に注意します。

  • 一口量は小さめ(ティースプーン1/2~2/3程度)にします。
  • 食べ物を口に入れる前に、患者の注意を食事に向けさせます。
  • スプーンは下唇に軽く当て、舌の上に食物を乗せるようにします。
  • 患者の嚥下を確認してから次の一口を提供します。
  • 食事中の会話は最小限にし、集中できる環境を整えます。
  • 疲労のサインが見られたら休憩を挟みます。長時間の食事は避けます。

誤嚥時の対応
誤嚥が疑われる場合の即時対応も重要です。

  • 咳が出ている場合は、自然な咳嗽を促します(背中を強く叩くことは避けます)。
  • 患者を座位にし、前傾姿勢をとらせます。
  • 必要に応じて吸引器を用いて口腔内や咽頭の分泌物を除去します。
  • 呼吸困難、チアノーゼ、意識レベルの低下などが見られる場合は、緊急対応が必要です。
  • 誤嚥後の発熱、呼吸音の変化などを注意深く観察します。

嚥下機能のモニタリングと評価
定期的な嚥下機能の評価は予防的アプローチとして重要です。

  • 簡易的な評価法(水飲みテスト、フードテストなど)を定期的に実施します。
  • 食事摂取量や体重の変化をモニタリングします。
  • 発熱や呼吸状態の変化など、誤嚥性肺炎の前兆を見逃さないようにします。
  • 必要に応じて嚥下造影検査(VF)や嚥下内視鏡検査(VE)を検討します。

誤嚥性肺炎の予防は、単発的な対策ではなく、包括的かつ継続的なケアの実践が重要です。特に高齢者施設や在宅ケアでは、介護者への教育や環境調整も含めた総合的なアプローチが求められます。

 

国立長寿医療研究センター 嚥下障害診療ガイドライン

嚥下障害の心理的影響と患者QOL向上の取り組み

嚥下障害は身体的な問題だけでなく、患者の心理面や社会生活にも大きな影響を及ぼします。「食べる喜び」の喪失は生活の質(QOL)を著しく低下させる要因となりますが、この側面は医療現場でしばしば見落とされがちです。

 

嚥下障害が及ぼす心理的影響
嚥下障害を持つ患者が経験する主な心理的影響には次のようなものがあります。

  • 不安と恐怖:むせることや窒息することへの恐怖は、食事時の強いストレス要因となります。
  • 羞恥心:人前で食べることができない、よだれが出るなどの症状による社会的羞恥心。
  • 抑うつ:食事の楽しみを失うことによる喪失感や無力感。
  • 孤立感:食事は社会的交流の場でもあるため、共に食事ができないことで社会的孤立を感じることがあります。
  • 自己価値の低下:自分で食べられないことによる自立性の喪失感。
  • フラストレーション:食べたいものが食べられない、食事に時間がかかるなどのストレス。

こうした心理的影響は身体症状を悪化させる悪循環を生み出すことがあります。例えば、不安や緊張は筋肉の緊張を高め、嚥下をさらに困難にすることがあります。

 

QOL向上のための取り組み
嚥下障害患者のQOL向上には、以下のようなアプローチが効果的です。

  1. 心理的サポート
    • 患者の不安や懸念に耳を傾け、心理的ケアを提供します。
    • 食事に関する成功体験を積み重ね、自信を回復させる機会を作ります。
    • 必要に応じて心理カウンセリングの利用を検討します。
  2. 食事環境の工夫
    • 食事を楽しめる環境づくり(好みの音楽、心地よい照明、リラックスできる雰囲気など)。
    • 他者と共に食事ができる工夫(家族と同じ食卓で、見た目を工夫した食事など)。
    • 食器や食具の工夫(持ちやすいカップ、こぼれにくい皿など)で自立支援を行います。
  3. 食べる意欲を高める工夫
    • 嚥下食でも見た目や香り、味を大切にした調理法を取り入れます。
    • 季節感や行事食を取り入れ、食事の楽しみを増やします。
    • 可能な範囲で食べたいものを選択できる機会を提供します。
  4. 家族・介護者の教育と支援
    • 家族や介護者に嚥下障害の理解と適切なサポート方法を指導します。
    • 介護負担の軽減策を提案し、持続可能なケアを支援します。
    • 家族と患者の良好なコミュニケーションを促進します。
  5. 代替的コミュニケーション方法の導入
    • 食事場面だけでなく、社会的交流の機会を増やす工夫をします。
    • 食事以外の楽しみや生きがいを見つける支援を行います。
    • 同じ悩みを持つ患者同士の交流の場を設けることも効果的です。

興味深い研究によれば、嚥下障害患者に対して心理的サポートを組み込んだ包括的なリハビリプログラムを実施したところ、リハビリの効果が向上しただけでなく、うつ症状の軽減や生活満足度の向上が見られたという報告があります。

 

医療従事者は、「安全に食べる」という視点だけでなく、「楽しく食べる」「生きがいを持って生活する」という視点も大切にしたケアを提供することで、嚥下障害患者の全人的なQOL向上に貢献できるでしょう。

 

日本口腔外科学会 嚥下障害診療ガイドライン